②
エルダはまず、オースティンが出没する中庭に張り込んで、ハンカチを落としての出会いを成功させた。
朝の散歩で偶然を装って近づき、オースティンの亡くなった母親の好きだった花を見つけて、これが一番好きなのと答える。
みんなが雑草だって言うけど、この花は私によく似ているの、踏まれても元気に花を咲かせるから、というヒロインの言葉を完コピして披露し、オースティンの心を掴む。
その後の、図書館でのお勉強、階段の踏み外し、ダンスパーティー、町でのお買い物、星空鑑賞と、全てのイベントで正解の選択肢を選び、完璧に攻略した。
はずだった……
ヒロイン登場を控えて、そろそろいいだろうと思った頃、学園の噴水前で待ち合わせた。
そこで、ついに君に出会えてよかったという台詞が飛び出した。
はい、勝った。
これで攻略完了だと、鼻息荒く好きだと告白したエルダに待っていたのは、顔が好みじゃないと言われてフラれるという結末だった。
「確かにヒロインと外見は違うけど、それってそんなに大事? まぁ……確かに、大事……か。もしくは、生理的な問題? もうーーなんなの!!」
父親との関係で悩むオースティンのために、攻略のためでもあるが、エルダは親身になって、一緒に悩みながら励まし続けた。
自分以外にオースティンと近い距離の令嬢などいない。
それなのに、フラれるなんて、あんまりだと思った。
この十年は何だったのだと、だんだんムカついてきたエルダは、足音を立てながらズンズンと歩いた。
エルダが勝手に努力したことだが、オースティンのために生きてきた十年が、音を立てて崩れてしまった。
「悔しい……私は素敵な恋がしたかった……それなのに……それなのに……」
ここでピタリと足を止めたエルダは、目の前の建物を見た。
今は人気がないが、あの角を曲がったら、誰かいるかもしれない。
もう何がなんでも、誰かと付き合わなければ、気が済まない。
エルダはヤケになっていた。
あの角を曲がって最初に会った男性に、付き合って欲しいと告白する。
それで了承してくれたら、その男性と絶対に付き合ってやる。
どんなワルでも、おじいちゃん先生でもどんどこい!
エルダは歯を食いしばって歩き出した。
一歩、一歩、足を運び、ちょうど角を曲がった時、向こうから来た人と肩がぶつかってしまった。
「ああ、ごめんなさい。大丈夫でしたか?」
優しそうな声が聞こえて、エルダの視界には、男子生徒の制服が映った。
エルダは息を吸い込んで腹に力を入れた。
「私、エルダ・グレイスと申します」
「え、……あ、はい」
「好きです! 付き合ってください!!」
急に告白されて驚いたのだろう。
息を呑むような音が聞こえて、沈黙が辺りを包んだ。
ここでエルダは我に返った。
ヤケになって知らない人に告白するなんて、頭がどうかしていた。
「ごめんなさい! 忘れてください!」
頭を下げたエルダは、全速力でその場から駆け出した。
男子生徒から、あっと声が聞こえた気がするが、止まってなどいられなかった。
何もかも上手くいっていたはずなのに、それは全部幻だった。
せっかく転生できたのに、何もかも水の泡だ。
ゲームの知識など意味がなかった。
もう自分の人生は終わってしまった。
エルダは自分の悲劇で頭がいっぱいで、結局誰に告白したのか、分からないまま、最悪の日を終えた。
※※※
鏡に映る自分を見ながら、エルダはため息をついた。
鏡の中には、目鼻立ちがはっきりくっきりしていて、キリッとした眉のとにかく気の強そうな美人が映っていた。
鮮やかな赤い髪に、エメラルドの瞳は、宝石のようだと称されている。
前世でもこの世界でも、美的感覚は同じで、エルダは美人の部類に入っている。
しかし、メイクは必要ないくらい、とにかく濃い顔なので、まじまじと見ると、これが原因かもしれないとエルダは再び息を吐いた。
よく考えれば、ゆるふわ全開の可愛いヒロインちゃんとは、正反対だ。
どうしても好きになれないのは、この濃さだったのかと頭に手を当てた。
「ちょっとー、せっかく最新の美容クリームを持ってきてあげたのに、さっきから何回ため息をつくわけ?」
鏡の中に、ぬっと入り込んできたのは、ラブマジック学園に入学する前に学んでいた、女学校からの友人、伯爵令嬢のティアラだ。
同じ年で、美容に興味があり、意気投合して仲良くするようになった。
学校帰りや、休日に、お互いの家を行き来して、美容やお洒落、恋バナに花を咲かせる、エルダにとっては親友だ。
ティアラは艶のある黒髪のストレートで、青い空のような目をしている。
エルダとはまた違って、クールな雰囲気の美人だ。
ティアラの家は貿易商を営んでいて、最新の美容品をいつも手に入れては、エルダにプレゼントしてくれた。
今日も、いいものが手に入ったと言って、遊びに来てくれたのに、フラれて落ち込んでいたエルダは、ため息ばかりついていた。