①
「悪いが、君とは付き合えない」
「なっ……」
なんですってーーー!
頭の中に、自分の叫び声がこだまして、エルダは大きな口を開けたまま固まってしまった。
嘘だ、信じられない。
ありえない!
だって、君と出会えてよかったの台詞を、さっきその口から聞いたばかりだ。
この台詞は、告白イベント成功のためのフラグで、これが出たら必ずハッピーエンドルートに入る、絶対そうだったはず。
「あ……あの、オースティン様、どうして……ですか? 私と出会えてよかったと……」
これは何かのバグかもしれない。
何もかも、完璧にクリアしてきたはずの自分が、なぜフラれなければいけないのか、エルダには理解できなかった。
「それは、友人としての話だ」
「ゆ……友人」
「気が合うとは思ったが、どうしても……」
「どうしても?」
「君の顔が好みではない」
雷に打たれたような衝撃を受けて、エルダはフラリと倒れそうになった。
しかし、目の前にいる推し、オースティン王子は困った顔をするだけで助けてはくれない。
信じられない。
オースティンと恋愛をするために、作戦を練って、努力を重ねてきた。
それなのに……
納得なんてできるはずがない!
顔が好きになれないなんて!!
「やだ……」
「エルダ嬢……」
「やだやだやだーーー」
頭を抱えたエルダは、オースティンが申し訳なさそうに差し出した手を振り払って走り出した。
「嘘だー! 絶対嘘だ! こうなったら、誰でもいいから告白して、付き合ってやる!!」
自分でもありえないことを叫んでいるのは分かっていたが、エルダはフラれたパニックで完全におかしくなっていた。
エルダは六歳の時、転んだ拍子に、ここが前世で遊んでいた恋愛攻略ゲーム、“ラブと愛の境界線“の世界だと気がついた。
自分の名前は、エルダ・グレイス。
侯爵家の令嬢で、誰もが羨む完璧な美女だが、主人公の恋愛をことごとく邪魔する悪女キャラ、つまり悪役令嬢だった。
そのことに気がついた時、頭にたんこぶができていたが、思わず手を叩いて喜んでしまった。
前世では、臆病な性格で、誰かに恋することもできずに、恋愛ゲームに没頭する青春時代を送った。
前の人生が終わったのかは記憶にないが、とにかくやり込んだゲームの世界に転生したのはラッキーだった。
このままいけば、攻略対象者の中で、一推しだった、オースティンに会える。
メイド達が唖然とする中、エルダは一人で歓喜して、庭を走り回ったほどだった。
ゲームの舞台は、貴族の令息や令嬢が通う、ラブマジック学園。
ヒロインであるレティシアは、田舎から出てきた男爵令嬢で、他の生徒より半年遅れて入学する。
誰もが守ってあげたくなる可愛い容姿と、明るくて子供のように天真爛漫、愛くるしい笑顔で、瞬く間に誰ものハートを奪ってしまう。
よくある名前のヒロイン、よくある西洋風異世界の恋愛ゲームだった。
イベントをこなしながら、ヒロインはイケメン攻略者の好感度を上げる。
好感度が高まると告白イベントに進み、成功したらハッピーエンドとなる。
騎士や、宰相、魔塔主の息子といった、個性豊かなイケメン達がいたが、グッズまで集めて大好きだったのは、国の第二王子オースティンだった。
ヒロインではなく、悪役令嬢に転生してしまったが、なにも設定通り、悪女になる必要などない。
エルダは侯爵家の一人娘で、両親は忙しくて留守がちだが、娘のやることに口を出すタイプではなく、好きなようにさせてくれる。
貴族の令嬢としての、リッチで優雅な暮らしを満喫して、推しと恋愛ができたら、これほど最高なことはない。
そう、大事なことは、ヒロインが入学するまで、半年ある、ということなのだ。
つまり、その半年で、ヒロインが攻略するはずだったオースティンを自分のモノにする。
攻略方法、会話の選択肢、全て頭に入っていた。
エルダは手を高く上げて、絶対にオースティンを攻略してみせると心に誓った。
それから十年、エルダはオースティン攻略のために、努力を惜しまなかった。
まだ幼いうちから、あらゆる美容品を試して、外見を磨き抜いた。
将来を見据えて、貴族の女性として恥じないような知識と教養を身につけて、国の伝統を学ぶ一方、新しい流行も取り入れた。
おかげで、ラブマジック学園入学の際は、成績優秀の特別生として席を設けてもらったほどだ。
頭の上から足の先まで、完璧に作り上げたエルダは、入学後、すぐにオースティンの攻略を開始した。