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好かれ者  作者: rvrio
2/2

好かれる者2

 翌日、喜菜ちゃんと夜根ちゃんは本当に家へやって来た。

 朝の7時にピッタリに、家のインターホンが鳴らされて出てみれば、彼女たちがいた。

 二人ともやけに凛々しく、そして爽やかである。

 日が回るまでアニメを見ていた私には、正直眩しすぎる笑顔である。


「まさか本当に来るなんて…。」


 私は目をこすりながら、そう呟いた。

 一応、それなりに早起きをして、待機はしておいたのだ。

 偉いと思った。


「来るって言ったじゃん。約束は守るよ。だってあの未祢ちゃんと一緒に学校へ行けるんだから。これで皆にマウント取れるね。夜根。」

「そうだね。みんな驚いちゃう。あの未祢ちゃんと一緒に登校だなんて。」

「そうはならないと思うけど…。わたし、どちらかと言えば日陰者だよ?」

「…。」


 そう告げても、二人からは何も返ってこない。

 多分、私の声が小さすぎて聞こえなかったんだと思う。


「わかったよぉ。ねむいなぁ。」

「私たちと話していれば眠気も無くなるよ。それに、自分の事を日陰者なんて言っちゃダメだよ。だって、私たちはそんなこと全然思ってないんだから。」

「私は未祢ちゃんマジ好き。恋愛対象としてもいける。」


 喜菜はグッドマークを掲げて、決め顔を見せつけてくる。

 なんというか、喜菜ちゃんは顔が女性から見ても結構良いので、頬が赤くなってしまう。


「う、うれしいな。冗談でも照れちゃうよ。」

「私、未祢ちゃんなら彼女にできるよ?どう?」

「喜菜?抜け駆けは流石に不味いと思うよ。ただでさえ、“規定違反”してるのに。」

「規定違反?」


 ふと、夜根ちゃんから不思議なワードが放たれた。

 『規定違反』とは何の話だろうか。まるで、私と話すことが本来許されていないように感じた。

 だから、ついつい聞こえた言葉を反芻してしまう。


「ん?なに?どうかした?」

「いや、いま、規定がどうとかって。」

「あ~…。そんなこと言った?夜根?」

「えっと、言ってないよ?」


 私は、なんだかいやな気配を背後で感じた気がしたので、聞き間違えたことにした。

 それに二人をずっと待たせるは不味いので、直ぐにカバンを用意して玄関を出た。

 あの家に、ずっと居たくは無かったのだ。


「それにしても、私が誰かと登校する日が来るなんて夢みたい。いつも、一人だったから。」


 今まで平凡に生活してきた私だ。

 それとなく、影でもなく日溜りでもない場所で生活してきたという自負はある。

 しかしながら、俗に言う陽キャのポジションでは無かったはずだ。

 というか、こう友達と一緒に学校に行く感じを体験できるなんて。


「ほら、行こうよ。」


 喜菜に腕を引かれて、私は学校へ向かう。

 道中も、今日の授業の話、趣味の話、他愛無いネットのダンスや歌や面白い動画などを話していた。

 二人はとても面白そうで、私も本当に楽しかった。

 きっと、私の背後の“ソレ”も喜んでいたに違いない。


「ほんと、未祢ちゃんと一緒にいると時間が短く感じるよ。もう学校へ着いちゃった。」

「ねー。未祢ちゃんと一緒に話すと、どうしてこんなに楽しんだろうね。」

「ははは。」


 ローファーを靴箱に仕舞い、二人と共に教室へ向かう。

 廊下には三人の足音と会話が反響している。他のクラスもまだ人は少ないから、静かなものだ。

 自分たちの教室に入ると、既に複数の“生徒”が出席しており、彼らは私たちが部屋に入るなり驚いた声を上げる。

 

「おい。嘘だろ!なにやってんだよ!」

「えー!なんで、美祢ちゃんと一緒に投稿してきたの⁉規定違反じゃん‼」

「規定違反?」


 また、『規定違反』だ。

 今度は聞き間違いではないはずだ。

 けれども、クラスメイトである鈴神さんは何でもないという仕草で訂正をする。


「あ!いや、何でもないよ!未祢ちゃん!ちょっと、二人が羨ましくて…。ねぇ。これどういうことなの?」


 鈴神さんは慌てたように、両手を上げる。

 だが、幾分かの不満を感じているのは間違いないようだ。

 私は、どうしてだろうか。その様子が、私の気持ちを高揚させた。

 まるで、お姫様になった様に感じたからだ。


「はいはい。ストープ。私たちは、未祢ちゃんからお誘いを受けたの。だからセーフ。」

「それは…セーフだな。」


 荒川さんも理解したように頷いている。

 少しだけいつもと違う雰囲気に私はドキドキした。

 昨日、喜菜ちゃんと夜根ちゃんと話してから、世界が変わったようだ。

 どこか皆からの視線が熱いものを感じるのだ。

 流石に授業中はいつも通りで、何か変わったようなことは起きなかったが、それでも何かが違う。

 先生もいつも通りだったけれども。


「それでね。DVされてることを知った主人公が、部屋に匿ってくれて、全然仲良くなかったんだけど、それを切っ掛けにお互いを知って——。」

「うわぁ、おも。でも、良いわぁそれ。」


 いつものように、それとなく集まった皆と昼食を摂っている。そこには喜菜ちゃんと夜根ちゃんも混じっていた。

 二人は会話には参加せず、私の方を見てはアイコンタクトで笑う。

 そんなことせずに、二人は私と違うのだから、会話に入ればよいのになぁと思ったが、私も黙ってお弁当を食べた。

 昼食を摂り終えて、自席で次の授業の準備をしていると、喜菜ちゃんが私の元へやって来た。


「ねぇ。今日は未祢ちゃんの家に行って良い?」

「今日ですか。」


 家に友達が来るなど、初めての体験だ。

 だが、家に来ても何かできることはあるだろうか。

 ゲームは無いことは無いけど、盛り上がるゲームは無い気がする。

 というより、今日の部活動はどうするのだろうか。


「あの、今日も部活がありますよね?」

「今日はサボる。」

「えぇ…良いのですか?」

「部活より、未祢ちゃん家で遊ぶ方が楽しいもん。」

「そうかなぁ。」

「ね。だから、お願い!一緒にお喋りしようよ~。」


 喜菜ちゃんが両手で手を合わせて頼みこんでくる。

 こう強く頼まれたら、断れない。


「私は別にいいけど。」

「ありがとう!今日は素敵な一日になるよ!」

(素敵な一日?もう後半戦な気がするけど。)


 喜菜ちゃんはどこか大げさな気がする。


「えっと、だったら、夜根ちゃんも誘う?」

「いや、今日は部活で忙しいからそっとしとこ。」

「そうですか。」

「うん。そうなんだ。」


 私は、特に気にもせず喜菜ちゃんが言ったことを受け入れた。

喜菜ちゃんが言ったことは、時間と共に忘れていった。

 そして、時間が過ぎて下校時刻になると、喜菜ちゃんはいつも違い下駄箱で待っていた。

 いつもは、夜根ちゃんと部活帰りに教室に来ているはずだからである。


「未祢ちゃん!こっちこっち!さぁ!帰ろうか!」

「テンションが高いなぁ。」


 私はノリノリな喜菜ちゃんと下校した。

 帰りも楽しい会話が出来たため、直ぐに家の前まで辿り着いた。

だが私の家へ着くと、玄関の前には誰かの姿があった。それは夜根ちゃんであった。


「未祢ちゃん。私も好きだよ。好き。お友達とかじゃなくて、愛しているし、愛して欲しいと思ってる。」

「あれ、え?夜根ちゃん。」


 なんでここに夜根ちゃんがいるのだろう?

 その衝撃が強すぎて、私は彼女の言葉が聞こえなかった。


「はぁ?そんなの私だって思ってるけど?ていうか、夜根。部活はどうしたの?」

「部活なんて、どうでも良いよ。それよりも、喜菜。これは重大な規定違反よ。なに、未祢ちゃんとイチャイチャしてんのよ。好かれてもいないのに無理やり近づいて、迷惑とか考えれないの?」

「…うざ。こうでもしないと…こうでもしないと、近づけないから仕方ないじゃない。それより、夜根も規定違反してるんじゃない?いいの?」

「あーイライラする。マジで殴るよ?いい加減にしないと、友達を心配してきてあげたって言うのに、なに?馬鹿なんじゃないの?」

「は?きも。私をダシにしないでよ。ていうか、なんなの?やる気?」


 喜菜ちゃんと夜根ちゃんが取っ組み合いを始めてしまい、お互いの髪の毛や制服を引っ張り合っている。

 彼女たちの理性は完全に怒りに飲まれてしまっているようで、力に遠慮が無い。

 既に皮膚が赤くなったり、血が付いている箇所もある。

 このままでは不味い。


「あ、あの‼取り合えず、家で何か飲もうよ‼わたし、おもてなしするから!」

「…」


 二人は未祢の声を聞いた瞬間、ピタリと静止した。

 お互いの腕を降ろし、従順に喧嘩を止めたのである。


「ごめん。ちょっと、かっとなっちゃって。」

「ごめんね。わたし、どうかしてたわ。」


 私は二人が大人しくなったことに驚きつつも、今のうちに家に上げてしまおうと考えた。

 道端で喧嘩をされては、近所の目に留まってしまう。


「いいよ。二人共いろいろとありそうだから。取り合えず、私の部屋でお話ししよ。」


 家の鍵を開けて、扉を開ける。

 相変わらず、埃臭い家だ。臭がられても嫌なので、さっさと部屋に案内しよう。


「お邪魔します。」

「部屋は二階だから。ついてきて。」

「はい。」


 すっかり暗くなった二人を、部屋に招いた。そこまでは、良いものの。二人は黙り込んでしまっている。

 お茶を用意しようにも、二人きりにさせるとまた暴れ出しそうで、離れることも出来ない。


「えっと、お茶を用意しようと思うんだけど。私一人だけじゃ、色々と時間がかかりそうだから、二人も手伝って貰っていいかな?」

「いいですよ。美祢ちゃんの言うことなら何でも聞きます。」

「私も、何でも言ってよ。」

「じゃあ、ついて来て。」


 二人を連れて、一階に降りる。

 キッチン以外は使わないから、通路や居間は掃除をしていない。

 だから、やや積もった埃を見られてしまうが仕方がないだろう。


「あ、ポッドお湯ないや…。ごめん。湧くまで待ってね。」


 ポッドに水を入れて、沸騰をするのを待っている。

 いつも使わないため、これは少し時間がかかりそうだ。

 コップにはココアが入って、後はお湯を入れるだけだというのにもどかしい。


「その…二人は仲が良かったよね?私は二人が親友であることを知っているつもりだったんだけど。」


 時間稼ぎにちょっとだけ話してみようかな。


「まぁ、そうだね。親友だよ。」

「えぇ、親友だから、逆に譲れないものもあると言いますか。」

「その、私は仲が良い二人が好きだな。喧嘩は良くないよ。」


 喜菜ちゃんと夜根ちゃんはお互いに顔を合わせると、手を繋いだ。


「仲は良いよ。ただ、さっきは頭がおかしくなってただけ。」

「そうです。私たち二人とも仲良しです。喧嘩するほど仲が良いって言うじゃないですか。」

「そうそう。そういう感じが良いよ。」


 私は腕を組んで、頷いて見せる。

 彼女たちはいま、“アレ”の影響でおかしくなっている。だからこそ、二人の関係を壊したらいけない。

 上手く私の立ち位置を利用して、二人の関係を壊さないようにしなければ。


 ピュ~~~!


 ポットのお湯が沸いた。

 私は三人分のココアを入れ、あと適当なお菓子をお盆に追加して部屋へ運ぶ。

 階段は薄暗く、日が沈みかけているのが分かる。

 もうすぐに夜になる。


「あの、飲んだら帰る?」

「もう帰れないよ。もう、手遅れだよ。」

「今日は一緒にいても良いかな。私たち、ずっと傍にいても良いかな?」


 一人部屋にしてはやや広い部屋で、私たちは会話をすることなく座っている。

 絨毯に腰を下ろすという感覚に神経が研ぎ澄まされる。絨毯の毛の柔らかさが改めて分かる。

 私は足を延ばして、黒色の膝まである靴下を見ている。

 その左右には白色でよく使われているのだろう。灰色に変色している部分がある靴下と、くるぶしまでしかない黒色の靴下が見える。


 部屋の電気はついていない。

 月の明かりがカーテンではない何かに遮られて影が出来ているだけだ。


「ええっと…。」


 部屋では、両脇に喜菜ちゃんと夜根ちゃんがくっついている。

 彼女たちは私の腕と自分の腕で絡めて、胸を押し付けてくる。胸の体温と素早い鼓動が伝わってくる。

 彼女たちは私の顔を見つめており、その眼はしっかりと生気を帯びている。

 けれども、彼女たちは何かに囚われたように私の耳に口を近づけて、私にしか聞こえない声量で言葉を吐き続けている。


「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。」

「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。」


 狂気じみた、感情の連鎖が鼓膜を震わせている。

 しかも、それは一方だけでなく、両方から挟まれる様に、押しつぶされる様に吐かれている。

 正直、私はその現象がとても心地よくて、有頂天になってしまっていたと思う。

 けれども、二人に起きていることは明らかに正常ではないので、落ち着かせないといけない。

 私は二人に笑顔を向けて、少し離れて貰おうと思う。


「あ、ありがとう。でも、ちょっと、重いって言うか。怖いなぁ。好かれるのは嬉しいんだけど、これはちょっと極端って言うか、なんというか。あはは。」

「…。」


 なおも、二人は離れず、それよりも腕が力強く閉められる。

 手を握られて、彼女たちの手汗がじめっと付着してくる。


「…私たち、本当に好きだよ。本当に…。だから、本当に、悔しいよ。」

「え?」


 彼女たちの目から涙が出ている。

 その顔は歪んでおり、怒り…ではない嫉妬のような感情を感じた。


「アイツ…私たちより、好きって、言ってるよ。」


 そのことで、私は全てを察してしまった。


「…知ってるよ。」


                            好かれ者 END

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