Earthquake -亀裂-
シェリーの親父さんが、食事会の招待状を送ってよこした。言うに事欠いて、とシェリーが呆れたので、どうやらおいしいものは期待できそうにない。誘われたのは俺たち二人だが、届いたのは自警団経由で、情報部隊宛てになっていた。これはいろんな意味がある、まず俺たちの協力者を把握しているという、牽制。非公開の情報部隊をいつでも晒せるぞ、という脅し。招待までの履歴を残して問題ない、という余裕の誇示と、むしろこのイベントを公然と利用してやる、という優位性のアピール。
シェリーの心情は複雑だ。俺をこれ以上、あの人の前へ晒したくない気持ちが強く、反面、行って胸倉へつかみかかりたいという、激しい憤りも抱えている。いま一歩、相棒が冷静になってくれれば、こちらも反撃の糸口を探せるのだが、それが酷なのは十分に理解していた。あの人の言動について、俺がどうでもいいと思えるのは、赤の他人だからだ。
断っても始まらないので、俺たちは大理石に囲まれた豪奢なお部屋で、長いテーブルの最奥に座っているあの人を、こうして眺めていた。二人分のカトラリーは確かに、用意されてはいる。ただし、招待の主はすでにデザートを食べ終えた様子で、紅茶の用意をしていた配膳係を、ハエか何かのごとく追い払った。あれは、配膳のいっさいをストップしろ、という雑な合図だろうな。
「それで、話の続きの前に、ちょっとした余興があるのだが」
前回と繋がっている話しっぷりが、何ともユニーク。頭の中、ずっとこのこと考えてたとしたら、かなり暇だよな。
「あんたとは趣味が合わない。気が進まないな」
「それは残念だ。そこの白ネズミには、いつもデータを提供させている。たまには、おすそ分けでもしてやろうかと、気を回したのだが」
白ネズミは可愛いな、いままでついた仇名で一番いい。どれもしっくり来なかったんだよ、イメージをお仕着せられる感じでさ。この人、俺のことよく見てるからなあ。
「どうする、シェリー?」
気の済むようにしてくれていい、そのために来たんだから。シェリーが退場の意思を示さなかったので、話は続く流れになった。
「そこへ座れ。まずは力の説明からだ、言わずと知れた《ドロー》はこうして物を動かす」
シェリーの顔の前で、ステーキナイフが浮いている。確かに悪趣味、やるならデザートナイフか、コーヒースプーンくらいが可愛い。
「開発したのか?」
そっか、シェリーは二世だもんな。遺伝なんだから、親父さんの力はもともと《コントロール》。都合よく上乗せできちゃうもんなのか、それは初耳。
「話の途中だ、これを今から《ドロー》で壁に刺す。シェリー、お前は刺さる直前に《コントロール》で止めてみろ。穴は開けたくないからな」
向こうに引き寄せられたナイフは、ちゃんと壁の手前、あの人の足元へ転がった。それを立って拾い上げると、目の前にかざしながら歩いてくる。
「このナイフは進路の途中で止まった。誤解されがちだが、《コントロール》は無に帰す能力ではない。ONとOFFをスイッチさせることで、ここに宿った力を操れる。例えば好きな方向へ向け、《コントロール》をONに」
……これは想定しなかった。嫌な展開だな。
「いま彼が動けなかった理由は二つ。一つは物理的な理由。《コントロール》をナイフに使ったのはミスリードで、実際には、彼の《ドロー》を至近距離から封じていた。ナイフが刺さったのは単に、私が投げた手の力だ。……もう一つは心理的な理由。彼は私を、お前の父だと思っている。ゆえに警戒心が薄れ、身をかわす反応はどうしても遅れる」
右肩に突き刺さったナイフより、シェリーの内面に刺さった刃の方が、はるかに深刻だった。おまけに接近されて、気安く肩へ手を乗せられたって、動けやしない。理由は説明してくれるだろう、ありがたくて涙が出るね。
「《ドロー》と《コントロール》組み合わせるとこうなる。彼は内側に《コントロール》をかけられ、能力は使えない。外側に《ドロー》をかけられ、椅子から立ち上がることもできない。動くなシェリー、このカフスを引きちぎれば、彼は死ぬ」
おいおい、その気もないくせに。そりゃあ片耳やられたら、仕様だからそうなる。メンテを欠かさないのはそのためだ。いざとなったら両耳ちぎってみるか? いや、それで助かったら欠陥品だ、却下。
まいったな、シェリーが火山みたいになってる。この人、感情を逆なでするのだけは、昔っからうまいんだよ。ルディもこっち連れてくりゃよかった……招待されたの、二人だったしな。あ、そこから罠なのか、笑える。
ルディの《リード》は、距離的にドコまで行けんだろ。おーいルディ、突入は巻きで! シェリーがやばくて、俺ちょっと動けない!
もともと、取引する気は毛頭なかった。危ない取引の瞬間、敵対勢力に現場を押さえてもらえば、あとはあっちが喜んで失脚させる。しっかし、食事会って響きに乗せられたよ……ワクワク実験室とか、そんなのにして欲しかった。
あー、肩が気持ち悪いな。指でステップ踏むの、ピアノじゃないんだから止めてくれない? ぞわぞわする、腹立ってきた。シェリーをオモチャにしやがって……覚えてろよ。
「いよいよ大詰めだ。傷口はカフスに近い。ナイフを動かし、痛覚を強く刺激すると」
……これって……。
「ルビーカフスの誤作動だ。双子の一人には、これを応用して体内でカフスを発動させる実験をし、結果も上々だった。将来的には、外の人間の判断により、それこそ指先一つで暴走を止められるようになる」
「狂ってる……」
「まだ実験は途中だ。彼の手にナイフを握らせる。そうか、息が苦しいな。いま私の喉を裂けば、お前は自由だぞ。シェリーが見ている、ほんの少し手は動く、どうする?」
……うるさい……黙れ……。
……こんなもの……要らな……。
「実験は成功だ。この先、どんな要求をされようと、彼はもう抗えない。お前というカフスが働くからだ。実によくやった、息子よ。ここまで大人しくさせたのは、お前が初めてじゃないか」
「そこまでだ、ウォルフラム・フラッド。事情を聞かせてもらおう。連行しろ」
「ラスティ、おいラスティ!」
息が……でき……。
「駄目だ、カフスが止まらない」
「きっかけとなった痛みを、薬で抑える。君は呼び続けろ、意識がなくなるとアウトだ」
「ラスティ、聞こえるかラスティ? なあ頼むから、こんなことで……」
……シェリー……。
マスター……どうやって、息をしたら。
「きついな、吐く息から出そう。耳で聞いて、少しずつでいい、そう、繰り返す……まだ苦しいな、もう少しで楽になる。そのまま……ゆっくり、力を抜いて……あとは、整えよう」
頭がぼんやりする。肩の傷に、誰かが包帯を巻いている。シェリーを目で探す、あんなに声がしたのに、こんなに人は居るのに……どこにも見当たらない。
「済まなかった、私の読みが甘かった」
「……シェリーは」
かすれて、声がうまく出なかった。
「さあ、この辺りには。そろそろ失礼するよ」
違うんだ、手当てが必要なのは俺より、シェリーなんだよ。どこ行った? なんで誰も気にしない? シェリーが居なかったら、この計画は成り立ってない。功労者なのに。
「おい、何をフラフラしてる」
ルディに受けとめられた、どうも転びかけたらしい。突入、早めてくれてよかった。うっかり死にかけたよ。それよりシェリーが居ない。おかしいだろ、あんなに心配してたのに。
「わかったから、落ち着け。一緒に探してやる」
だけどシェリーは、どこを探しても見つからなくて──。
*
様子が気になって、ラスティの思念へ探りを入れていた。あいつは何だかんだ、常に読まれる前提で居てくれるので、いきなりダイブしてもリスクが小さい。感情の波はあっても、敵意とか殺意とか、危ないものを表層に散らかさないので、安心して潜っていけた。
今日も通常運転だ、と途中までは笑っていたが、急に雲行きが怪しくなる。まさかの救援要請が入って、別働隊には至急、連絡を取りつけておいた。そこが引き際だったんだが、つい潜り続けてしまう。お陰で、こっちまで臨死体験をかっ食らう羽目になった。メンタルの影響ってのは馬鹿にならない、動悸や息切れくらいなら、容易く再現しちまう。さすがに息こそ止まらないものの、全身にびっしり嫌な汗をかいた。
ラスティは眠っている。迷子の小犬みたいな目で、しばらくシェリーを探し回っていたが、顔色が悪いので強引に連れ帰った。案の定、寝室へ行く前に崩れ落ちている。マスターのフリをしてるオッサンから、連絡は入っていた。二、三日預かってくれるそうだ。貢献度を思えば当然だが、一応の礼は伝えておく。
シェリーの立場はきつかった。会話のデータをもらったが、あれは俺でも、合わせる顔がないと考える。ラスティには親の記憶がなく、そのへんの機微は分からんだろう。オッサンは取引が無かった代わりに、自白の出た双子の件をやり玉にあげ、ウォルフラムを追い落とすつもりだ。あの音声データは、少なくともシンクタンク中に知れ渡る。シェリーは、あれが再生されるたびに傷をえぐらえる。
なんだか、似たような奴を知ってるな。レインの録画を頭の中で、再生しては傷をえぐってた子猫のキティ。今はあまりやらなくなった。あの最中だけは、ダイブすると痛い目に合う。一言でいうと、血なまぐさい。トマトジュース片手に、スプラッタ映画でも見たくなる不健康さだ。
「親父か。いま忙しいって言ったろ」
シンクタンクの動向を監視してたか。関わるなと言いながらも、抜け目ないな。
『どこまで行ける』
「トップの交代は間違いない、勢力図も入れ替わる。ウォルフラム派がどの程度残るかは、正直わからん。こっちは政治のために動いてないからな」
『本人は?』
「息子次第だが、いま立場が微妙でな。ウチのお姫様の容態も芳しくない、それどころじゃないってのが本音だ」
『例の銀髪か。双子の件はいただけなかった。力を使い果たした二人分の、後始末だ。自警団は、メンバーは優秀でも指揮系統に難がある。あれは分散して対応すべきだった。能力者はとかく蓄積疲労に弱い。回復力を上回る力の行使は、避けねば身がもたん』
「俺に言うなよ……。どうにか出来るなら、空に上がっちゃいねえよ」
『自警団も、上の連中は利権まみれだからな。シンクタンクとさほど変わらん。情報は言い値通りで買ってやる、それで当分は凌げ』
「へえ、そろそろ潰したい頃かと思ってたよ」
『無駄な投資は嫌いだ、畳むにしても結果は出せ。……あんなむごいものは、もう作らせるな。人としての沽券に関わる。膿を出しきれるなら、多少の無茶は目をつぶる』
親父にしては、感傷的な物言いをする。世間の風潮も、そっちに傾きつつあるのかもしれない。だとしたら能力者にとっては、救いのある話だ。自分は好きで開発を受けたが、生まれついての者や、選択の自由がなかった能力者も数知れない。それであっても、異物として世間からは弾かれ、常に迫害と隣り合わせの暮らしを強いられる。
『ルードルフ』
「なんだよ、改まって」
『感傷を持つなとは言わん、だが流されるな。流れに留まっても、いずれ足をすくわれる。そこから抜け出す強さを持て。手を差し伸べるなら、まずは己の足場を築くことだ』
吹き出した、今日の親父はらしくない。妙にほだされてるな。何かあったか、誰かと会ったか……引っかかるぞ。氷の中から出てきた、炎。
「シェリー・フラッドは見込みありそうか? 話したんだろ」
『悪くないが、シンクタンク向きではないな。むしろウチが欲しい、事が済んだら正式にオファーを出そう』
あのオッサン、面倒なのと引き合わせやがって……。
「俺は関わらないぞ。お姫様に殺されそうだ」
『すぐにとは言わんよ、そこまで野暮じゃない』
なるほどな……『行き先』を、気にしてやってんのか。
ちょっと見直したぜ、親父。
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