Sweet Family -始動-
まだ薄暗い、明け方の児童公園。ラスティが呼び出した双子の姿は、白さのあまり発光して見えた。青みの強い瞳には、奥行きをまったく感じない。人のぬくもりを削ぎ落された、冷ややかな美しさが容赦なくシェリーの胸をえぐった。
「その目、コンタクトなのか?」
おもむろにラスティが口を開く。そこらで迷子に声をかける感じの、素朴な問いかけに双子が顔を見合わせた。ここには自分と相方、双子だけがいる。代わりに、ルディの手を借りて音声中継されており、飛行船のメンバーや、自警団の希望者が聞けるようにはしてあった。
「これは外れない。ものを見るための機械だ」
「あとね、力も上手に使えるの。すごいでしょ」
一人は女の子か、声を聞くまで分からなかった。突き抜けた風貌はそっくり同じで、二人とも性別を感じさせない雰囲気がある。
「痛みはないのか」
「違和感はあった、どうしてそんなことを聞く?」
「ただの興味だよ。嫌なら黙っていればいい」
双子と話をさせてくれたら投降する、ラスティは個人名義で声明を出した。目覚めた相方とは、時間をかけて話し合ってある。彼が助けたいのは自警団より、双子の方だと分かったので、そして自分も強く同意したので、この計画はシェリー自身が発案した。ただし投降については、最後まで揉めている。相方が譲らないので、半ば押し切られる形で今日を迎えた。自警団を抜け、主張がクリアになったのは歓迎だが、自分を矢面に立たせる癖は、なかなか抜けてくれない。
女の子は、ブランコが気になって仕方ないらしく、ひとり会話を離れ、座って足をぶらつかせた。揺れる動きに、嬉々とした表情を浮かべる。
「押してやろうか?」
ラスティの近づく気配に、男の子は緊張を強めた。それに気づいている相方は、ポケットの何か取り出し、男の子の視界へかざして見せる。
「ここでは力が使えないから、安心していい。試しに動かしてみて」
放物線を描いて、キラキラした菓子包みが飛んでいった。ごく普通に体へ当たり、男の子はあわててキャッチする。この公園一帯は、予め《コントロール》がかけてあった。《ドロー》と押し負ける心配がないのは、相方の力で実験済みである。ただし対象が広がると、あっという間にバテるので、人や物の少ない、狭い区画を選んであった。
「子供扱いするなよ」
ムキになって投げ返すのが、かえって子供っぽくて微笑ましい。歳は十代前半か、男の子は大人びていて、女の子は逆に、歳より幼い言動が目立った。ほんの数分のやりとりで、冷たい人形のイメージは一変している。
話がしたい、と相方は言うので、事情を探るためだと理解したが、勘違いだった。伝えようとしたのだ、これを聞く不特定多数の人間に。『双子』という怪物は存在せず、その虚像は周りにいる大人たちが、勝手に作り上げたものだ、と。
「甘いのが好きなのは俺だよ。子供で悪かったな」
「リズも甘いの好き! クリームソーダ、すっごくおいしいよ」
「そういや研究所にあったな……あれを食べると、しばらくご機嫌になれる」
「そう! ご機嫌なの!」
女の子の方が、嗅覚は鋭い。ラスティに敵意がないのを見抜いていて、近づかれても頓着しなかった。気持ちを言葉に変換するのが、やや苦手なタイプだろう、相手の言葉に乗っかろうとする傾向がある。
「この鎖をしっかりと握って。こうやって遊ぶんだ」
手のひらで女の子の手を包み、握ったのを確認すると、背中をふんわり前に押した。甲高い声を上げて、女の子は笑っている。もう一回、と何度もせがまれ、応える相方も楽しそうに見えた。
「じゃあ今度は、自分で動かしてみようか。違う違う、そっちの力は要らない。足を前に伸ばして、そう。帰ってくる時は、足を下げる。うまいうまい、その調子」
男の子が、隣のブランコに跨っていた。真似をしながらすぐ覚えて、二つのブランコはやがて軽やかに空中で交差する。
「どっちが高く上がるか競争しよう、リズ!」
「うん、いいよ!」
ブランコも知らなかった双子は、クリームソーダのほかに、おいしいものを知っているだろうか。外の世界に出たのは、もしかして、これが初めてなのかもしれない。
外の世界……。相方はいつ、ブランコを覚えたんだろうな。
「二人に、ありがとうって伝えたかった」
競争の決着がついた頃、相方はひときわ大きく声を張る。
「なんの話だ」
「人が居なくなるのを待って、力を使っていたろ。お陰で誰も死なずに済んだ」
「シルバー、人が死ぬなんて、怖くて気持ち悪いよ」
そのコードネームは、記録者に託された情報で確認していた。当時、開発中だった銀髪の子供を指している。いわゆる隠語で、部外者に聞かれても、シルバーカフスと誤認しやすく、存在を隠すにはうってつけだった。相方にはまだ、記録者の情報を渡しきれていない。それでも察した様子で、呼ばれた名前を聞き返しはしなかった。
「怖いよな、俺も嫌いだ。一度見ると忘れられない」
「シルバーは、見たの?」
「うん、昔にな。それで制御がうまくいかなくなって、この赤いカフスをつけた。今はもう大丈夫だ」
「どうしてカフスを外さないの? ドクターは外してくれるよ」
「これは一度つけると外れないんだ、その目と同じだよ」
カフスの機密情報を、あろうことか電波へ乗っけている。不謹慎にも笑えてきた、これは相方なりの宣戦布告だ。金輪際、お前らの曲芸パンダはやらん。お偉いさんにはそう伝わる、気味のいい話だった。
「目と同じ……。じゃあ、かわいそう」
「どうして?」
「普通の方がいい。リズもスクールに行きたかった」
「おいリズ。そんなに話したら、あとで叱られるぞ」
ブランコを降りた男の子の、足がもつれた。ふらふらとそのまま、地面にへたりこんでいる。これは……相方の症状と、似てはいるが……。
「ドクター、聞こえてるな。二人の身柄をこちらで預かる。代わりに、俺があんたのところへ行ってやる。これは取引だ。飲めないなら、ひと暴れしたい気分なんだが、どうする?」
鼓膜をジリジリと焼く、この声を聞くのは二度目である。取引までは予定通りだが、相方にスイッチが入るのは計算外だった。無茶をしなければいいのだが。
『彼の身柄はお渡しします。あなたは彼女を連れてこちらへ』
男の子の体から、くぐもった他人の声がする。どこかに埋め込まれているんだ、虫唾が走る。人の体を何だと思っていやがる。
「ほんっと胸糞悪いな。じゃあ一つ、質問だ。……俺の血を、どこで手に入れた?」
打ち合わせにない質問だった。
『よくわかりましたね』
「わかるも何も……いや、いい。ルディ、すぐにこの子を研究所へ、至急で頼む。それとシェリー、予定変更だ。行って確かめたいことがある」
そんな気がしていたよ。当初の予定では、双子の身柄が確保できてしまえば、彼は投降寸前で、いかようにも逃げ出せる算段だった。あちらには用済みであろう、双子の片割れに粘着されたのも、要因の一つではあるのだが。
「どうやって抜け出す気だ、ラスティ」
「たぶん、大丈夫だ。それより頼みがある。俺のメンテナンス記録、調べてくれないか。ちょっと厄介だと思う」
「そういうことか……。確かに厄介だな」
自分も薄々、分かってはいた。えげつない開発でラスティを生み、双子を作り、巷にあの若者たちを放って、ラスティを『飼い犬』と呼ぶ人物と、このお役所じみた声の主は明らかにギャップがある。
シェリーは一人、知っていた。トップシークレットの檻で囲い、相方を犬呼ばわりできる、厄介で頭のいかれた人物を。
「悪いな。嫌なこと頼んでるって、自覚はある」
「いや、適任だ。俺でもそうする」
笑って返事をすると、相方もホッとした顔で笑う。敵地へ送るんだ、このくらいの餞別は安かった。お前の知りたい情報は、俺が絶対に引きずり出す。
代わりにお前は、無事に帰ってこい。……絶対にだ。
*
今日は、リズとサンドイッチを作る約束がある。頼むと、男は何から何まできれいに材料を揃えてくれた。毎朝、きっかり同じ時間に来て、冷蔵庫へ食材を詰める。自分とリズの検査をする、ごく簡単な健康チェックだ。あとはデスクでコーヒーを飲み、何かしている。そんなのは、何もしていないのと一緒だ。
「シルバー、リズは何を手伝う?」
「じゃあこれ、おいしそうに挟んでおいて」
今度、マスターにお礼を言わないとな。あそこで食べていなければ、自分で作ろうなんて発想は出てこなかった。リズは食いしん坊なので、話が合う。兄はラピスという名だそうだ。調子が悪くて、治療をしていると伝えた。だから今のところリズは元気だ。
「作るって楽しい! もっと作ろうよ、甘いの作りたい!」
「甘いのかあ……作り方、俺も知らないや。知り合いに上手な人がいるから、教わりに行こうか」
「教わる! やったあ」
ルディから連絡が来た。発令前に、射殺の件はかき消えたそうだ。それだけでもう、動いた甲斐はあった。皆は知らなすぎる。俺たちみたいな、ぶっ壊れ性能のモルモットが、他人にケガ一つ負わせない自制をするのに、どれだけ苦労しているか。
この子たちの精神は安定している。俺の小さい頃とは大違いだ。部屋中のガラスを破裂させることもなければ、不機嫌に他人へ当たり散らすこともない。穏やかに話ができて、冷静に力も使えて、人を傷つけない気配りができる。殺す理由も、殺される理由も、どこにも見当たらなかった。
「早く食べよう、シルバー」
「ああ、うん。食べようか」
男は自分たちのやりとりを、ぼんやりと眺めるようになった。目が合って笑いかけると、薄くはにかむ。最初は、目を合わせようともしなかった。
「一緒にどうですか?」
首を振った。まあ、そうだろうな。この男は、俺とリズとラピスが人間だ、と実感すればするほど、仕事がしにくくなる。
「ねえリズ、このドクターは何人目?」
「んーーーと、四人目!」
そういうカラクリだった。本当は早く、帰って相棒を安心させたいんだが、その前に俺は、この男を落とそうと思っている。正直、過去を蒸し返すつもりはなかったんだ。だから記録者の話が出ても、そんなに興味はそそられなかった。シェリーとルディが思うより、わりとどうでもいいって感覚がある。けど。
今も『当時と同じこと』が繰り返されているなら、話は全く変わってくる。
「おやすみなさい、シルバー」
「おやすみ、また明日」
リズを部屋まで送って、キッチンでインスタントのコーヒーを作った。もうあの男は帰り支度を始める時刻で、今日も何事もなかった、と気を緩めていることだろう。
「帰る前にコーヒー、つきあってください」
男のデスクへ勝手に置いて、あまり圧をかけすぎない、でもよく見える位置に座った。相手の返事は何だっていい、タイムカードを切る時間まで、どうせ帰れないのだ。
「疑問に答えましょうか。俺の血をあの子たちに投与したこと、バレるはずがないのに、って慌てましたね。あそこだけ素に戻ってましたよ。誰も教えてくれないでしょう?」
動きの止まっていた男が、コートを椅子の背に下ろした。うん、素直でいいね。俺はあんたを懐柔しに来たんだよ。これ見よがしにリズと楽しく過ごして、あんたの気を引いて、つかず離れずの距離を保って。俺が遊んでるだけだと、本気で思ってた?
「血を分けた者同士、共鳴するんです。あなたはプラスの作用しか、聞かされていない。安定するとか、何とか……理由は考えました? 一応、科学者ですよね。答えは単純で、リアルタイムに俺の影響を受ける。俺はこの力に慣れてて、初心者よりは安定しています。今はね。でも俺に何かあったら、どうします?」
ほとんど嘘だ、この男はもともと、心に罪悪感を飼っていた。それを目いっぱい膨らませておいて、急に目の前で、俺があることないこと吹きまくる。するとどうなるか。吹いた中から罪悪感を勝手に拾って、自分で自分を追い込み始める。あとは転がり落ちていく、坂の下まで。
「俺のルビーカフスが人を殺すのは、立場上、知っていますね。想像つきますか。俺がヘマやらかして、カフスに殺される時、リアルに影響を受ける人間が居たら、どうなるのか。現にあの子が倒れた時、動揺でカフスは起動しかかった。鎮まったからいいものの、今ごろ遺体が三体並んでいたかも」
本当は、あの子のショックを体が拾って、カフスは起動しかかった。つまり感知をするのは俺だけ、相互関係のある共鳴じゃない。でもこの男にとっては、知りうることのみが、真実だった。交代制の下っ端クラスは、研究所じゃ雑用係みたいなもの、いいだけこき使われて、大事なことは何一つ知らされない。
男は完全に凍りついていた。よく考えないで、こんな仕事を引き受けるからだ。同情はしない、クビにされたって、仕事は次があるだろ。未来のない俺たちとは、わけが違う。
「今まで見守ってくれたあなたなら、分かるはずだ。俺もあの子たちも、こんなイカれた体で、命なんて長くはもたない。ただ残りの時間を、普通に生きられれば満足なんだ。あまり苛めないでもらえると、嬉しい」
空気を緩めると、男は落ち着いた動作で、コーヒーを口に運んだ。苦いコーヒーだろうな、そこは同情するよ。明日からもう、この男は現れないだろう。
「最後に一つだけ、教えてください」
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