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深海のフレア  作者: kanata
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Lusty Agete -深海-

 自分のうなされる声で目が覚めた。どのくらい眠ったろう、時間の感覚が麻痺してわからない。位置を割り出されるので、電子機器の類は手放した。体感では数分、もう少し眠れるか、動いた方がいいか……迷えば瞼が重くなり、意識が飛んでしまう。

 眠るとおかしな夢を見た。悪夢にもならない、崩れかけた人なのか化け物なのか、取り巻いて不気味な声を反響させる。ここが住処なら、勝手に存在してくれていい、こっちを見ないでくれ。俺のことは放っといてくれ。声が大きすぎて、疲れる。悪気はないんだろうけど、これじゃ疲れが取れない、困るんだ。

 また目が覚めた、そろそろ移動しないとまずい。もう体は自力じゃ動かないから、《ドロー》を使って運んでいる。同業は嗅覚が似るらしく、向こうにその気がなくとも、たまたま見回った先で自分が寝ている、なんてケースはざらだった。見逃してくれる者が半数、でなければ追跡が始まる。

 うまく睡眠が取れず、制御に不安が残るので、仲間の足止めに力を使うのはためらわれた。結局、自分が走り回るしかない。加速してしまう体は、反射神経が鈍っていて、いちいち壁にぶつけなければ止まらなかった。まあ、目が覚めるのはちょうどいい。

 暗い裏路地に、朝の気配が下りてくる。結局、夜通しか……この先はどうなる? そろそろ期日じゃなかったか。頭が回らないな……最悪、俺はどうすべきなんだ。休戦を解かれ、暴れ始めた双子と心中か? エグいな、でもあのままじゃ多分、双子の体は長く持たない。けろっとしてるから、ダメージを自覚しないまま力を使い続ける。何やったらあんなになるんだ、薬漬けじゃ済まないだろ。

 何考えてたっけ。眠いな……目覚めて捕まってたら、笑えないや。その前に、目覚めない選択をした方がいいのか。いや、死体だって回収されれば、切り刻まれるモルモットだ。でもな……力を使えないだけ、マシかもしれないな。

 なあレイン、あんたならどうする?

 彼が散ったときに覚悟した。自分も、命を張るべき時は逃さない。想いを継ごうと思っている、次にあそこへ立つのは自分だと。胸に刻んである、お陰で大抵のことは迷わなかった。彼の遺志が守ってくれる、己の意志。今はまだ息を止めるな、声がする、ルビーカフスは怖くない、これは味方だ。彼の血に宿る赤、この赤が俺を殺すのは、俺が正気を手放した時、本望だ。

 カフスは動かない。じゃあ俺は、まだ生きろということか……。

 空が白んでくるのが、うらめしかった。おかしいな、あんなに楽しかったはずなのに、寝てないせいかな……苦しいことばかり、いまは思い出す。

 もっと、話したかったな。あの眼に、もっと早く出会いたかった。俺は調教されすぎて、自分がモルモットだと、どこかで認めてしまっている。でもあいつは、モルモットなんかクソくらえと、あっさり切り捨てるんだ。面白いよなぁ。それに、ちょっとうらやましい。

 話したいことが、まだたくさん残ってた。でも、いざ目の前にすると、俺はどうでもいいことばかりを口走る。しばらく忘れてたんだ、生きるのが楽しいことだって。もう少し、あと少しだけ、一緒に居られたら、よかったのに。

 ああ……まぶしいや。

「立てるか」

 また、泣き顔を見られている。

「コーヒーの借りを返しにきた」

 吹き出す元気が自分に残っていたとは、驚く。もう大丈夫だ、助かった。危うく何かが死ぬところだった、自分はまだ、ちゃんと生きている。

「このバカ。一人で背負いすぎなんだよ」

 他人に命を握られてきた。だから他人の命を巻き込むのが、俺は怖かった。でもお前は、自分の意志だという。いつ何時も、他人へ命を預けはしない。安心する。もう突き放さなくても、いいらしい。

 まぶしくて、溺れそうになる。



 回収したラスティの衰弱は、目も当てられなかった。足腰は立たない、擦り傷と痣だらけで視界も定まらず、うつろな表情で声もなく、ただ涙だけ流れている。

 ベッドへ寝かせても、すぐに身を乗り出して、床へ吐き始めた。何も出てこない、食べていないのだ。

 この飛行船の主、ルディに慌てた様子はなく、瞳にペンライトをあて、脈を確かめたあとは、迷いのない動作で点滴の準備を始めた。

「コラ、そんな動いたら落ちるぞ。シェリー、ちょっと引っ張り上げてやれ」

 床へ落ちかかった体に手をかけ、恐る恐る引き戻して、仰向けに寝かせる。表情も生気もない瞳を見るのが辛かった。ルディが普通に話しかけるので、ある程度の認識はできているのか。

「ああ、主にやられてるのは視界と三半規管だ。意外に頭は回ってる」

 シェリーの表情をくっきりと読み取って、ルディは答えを用意した。これは……《リード》能力を持っている。途端にルディがうなづいた。

「悪いが、表層の意識は読ませてもらう。奥までは手を突っ込まんから、安心しろ。なに、勘のいい奴とさして変わらんよ、慣れると会話がラクだぜ」

 抵抗はない、自分は手放しで彼を信用している。相方は、人に気安くラスティとは呼ばせなかった。本当に信用した人間以外を弾いている、今ではそう解釈している。この騒動、もし彼が群れの中で過ごしていたら、あの毒に屈していたかもしれない。あるいは自分のように、味方に足をすくわれたかも。

 そういう橋を渡り続けたラスティの、信じた相手を疑う方が難しかった。

「こいつはカフスを外した時の力加減、体の反応と抱き合わせで覚えてる。本来、こういう薬は嫌がるんだが」

 首のあたりに注射器を構え、ルディは相方を見下ろす。

「非常時だ、いいな?」

 ほんのかすかに、首が動いた。ルディは《リード》で読むのだろう、反応を待たずに処置が済んでいる。

「今のは?」

「麻酔だ、かなり強めのな。神経が高ぶって眠れない。どう見ても体は限界だろ、力づくで眠らせないと弱る」

「……が……と……」

「いいから大人しく寝ろ。読めるの知ってるだろ」

 ルディがやさしい手つきで、くしゃくしゃの銀髪を整える。《リード》を日常で使う者は少ない、彼はラスティを安心させるために、公然と読むのかもしれない。想いをなかなか言葉にできない相方だし、周りにおかしな奴が入ってきても、すぐにつまみ出せる。

 寝息が聞こえるのを待って、ルディは隣室へシェリーを誘った。

「今朝、双子の射殺許可が下りた。まだ発令はされていない。能力者も所詮は人間だ、社会が殺すと決めればひとたまりもない。今日までよく持った方だ」

「死人が出ていないせいか」

「そうだ。一人でも取りこぼせば、双子もゴロツキもあっさりひねられる。わかっててあいつも必死なんだ。とはいえ、今回は事が大きくなり過ぎた。どういう顛末でも、議論は残るだろうな」

 簡素なキッチンで、ルディはコーヒーを淹れ始める。その間ずっと無言で、考えを整理している気配があった。他人の意識を読んで暮らしていれば、頭を流れる情報量も多くなる。人より交通整理が煩雑なのかもしれなかった。

「昔にな、一触即発だったことがある。刺激が強すぎて、公には晒されなかったが、自警団の連中はみんな知ってる。事を収めたのがこの男、レイン・クロス。今から会いに行く《記録者》の息子にあたる」

 淹れたてのコーヒーの隣へ、セピア色の写真が放られる。演出が整いすぎていて、現実味のない光景だった。写真の三人にもしばらくピンとこない。

「これ、ルディなのか……この横って、もしかして」

「そうだ。この時期は髪を染めてた、スクールで浮きまくるだろ。そのテラスの隅っこな、溜まり場で行くと大抵ふたりが居る。猫舌をからかうのがお約束で、キティって仇名がついてた。可愛い時期もあったもんだ」

 子猫。いまの相方には似合わないが、この写真ならしっくり来る。照れた表情で、カメラから目線を外していた。

「自警団にはレインが先に、一年遅れでラスティが入った。意外だったよ、どう見ても社交的とは言い難いだろ。事件のあった日は、ラスティが非番でな。すべてをあとから知った。ホバーについてる録画装置、あれで自分の死に様を録画したんだ。今日の日を忘れるな、人の死がどういうものか覚えておけ。……奴の、痛烈なメッセージだな」

 ものすごく既視感がある。遊園地で語っていた、あれはどこまでが事実なんだ。無茶をやったのに、仲間が好意的でおかしいと思った。あの好意は、レインという人間に向けられたものだ。

「ケガ人は出たのか」

「いいや、死者が一人きり。それで全員が戦意を喪失した」

 まんま再現じゃないか。繋がってくる、相方が休みなく走り回る理由。あとからじゃ何もできない、防げるものは防ぎたい、非番なんか要らない、もう二度と失くしたくない。忘れるなと言われたから、いつまでも鮮明に覚えている。楽しかったテラスの記憶は、血しぶきに塗りかえられた。

 だからルビーカフスをつけても、平然と笑っていられる。記憶の中で巻き戻しては繰り返す、大事な友人の生々しい真実に比べたら、カフスの起動などは絵空事でしかない。

「奴の背を必死に追いかけた、その方がラクな時期は確かにあったろう。ただな……そろそろ、体が悲鳴を上げてる。あちこちすり減って、副作用の出方も激しくなった。止めてやりたいのは山々なんだが……」

 鬱積した負の感情に押し流されず、ラスティ・アガートという人格を保つための、大切な拠り所なのだとしたら。いきなり引っこ抜かれては、すべてが崩壊してしまう。

「そこへきてあの双子だ。他人と自分の垣根が、分からなくなる奴じゃない。だからってな、何も感じないほど擦れてもいないんだ。そういう弱さは嫌いじゃない、俺はな」

 ルディはキッチンで煙草をふかす。子供のように扱っていても、彼は彼で、友人としてラスティが好きなのだと、飾らない言葉から切実に伝わってきた。

「あの単独行動の鬼が、珍しく連れ回してるって聞いてな。入団早々で悪いが、ウチに引き抜かせてもらった」

「引き抜き?」

「なんだ、聞いてなかったのか。自警団・特殊情報部隊、公開されてないが公認組織だ。といっても、自治権はウチが押さえてる。まあ要するに、お偉いさんへ媚びへつらうのが嫌んなった連中の、溜まり場ってとこだな」

 船長、とドアの向こうで声がかかり、ルディは煙草をもみ消した。

「さあて、行くか。記録者の握ってる情報はおそらくヘヴィだぞ。なんせ今の今まで、歴史の闇から一歩も出ようとしなかった。隠れるには理由がある、お前さんも心しとけ」

 そうか、ここは第二の自警団か……。悪くない、自治権があるのは魅力的だった。あの男の手も届かない、好きに利用される可能性は少ない。双子の対策だって、相方一人に背負わせずに済む。気になっていたドクターの存在も調べられる。

 あいつが疲れたら休ませてやれる、ここには煩わしい通報が来ない。話だって、時間をかけて聞いてやれる。いつも瞳の底に沈めてしまう、あいつのギリギリの想いにも、いずれ手が届くかもしれない。

 ここだったら隣に居られる。聞きたいことも話したいことも、確かめたいことも山ほどあった。どうしても伝えたい想いが、溜まりに溜まって、早くどうにかしないと胸がパンクしそうだ。

 俺はお前に会うために、この世界へ生まれてきた。



 シェリーが、隣でうたた寝をしている。黒いサラサラの髪が、首の動きに合わせて揺れる。眺めていると不思議な気持ちになる。もう、簡単には会えないと思っていた。

 最初は、ちょっと怖かった。視線を感じて、カフェテリアで待っていたら、来たはいいけどすごい剣幕で、俺が何したよ、ってカチンときて。黙って見つめ返してやったら、固まっちゃって、なんだか可愛かったから、苛めるのはやめにした。

 テラスの席、久しぶりに座ったな。全然、景色が変わってなくてビックリした。あとイスが重すぎるのと、氷みたいに冷たくて、どうせなら、もっとあったかい時期がよかったよ。

 なに話したかは、あんま覚えてないや。相棒なんて付けられたことなくて、いろいろ考えちゃってさ。いやまあ、便宜上は過去も居たよ、そういうルールだからあそこ。けど相手は委縮しちゃって、俺もやりにくかったんで、俺と組む日は非番っていう裏ルールができあがった、交代制のね。それが「一人と組め」って今更言うんだから、訳ありだとは思うよ。

 フタ開けてみたら、すっげえ嫌そうだし、逃げられてもいいと思って、ヤバい話を全部聞かせてやったんだけど。なんでか、終わったらいい雰囲気になっててさ。あの日はほんと謎、シェリーって変わってる。そこが面白いんだけどね。

 一緒に食べたサンドイッチ、おいしかったなあ。シミュレーターもよく壊したっけ、シェリーが謎ルートでコインを仕入れてくるんだよ。新人なのに凄い、俺よりずっと器用に立ち回る。だんだん、どっちが新人か分からなくなってきた。

「おはよう、シェリー」

 やっと目を覚ましてくれた。俺はたぶん、ゾウ並みの麻酔で爆睡してたのに、なんでシェリーがそこで寝てるか、聞きたかったんだよね。

「起きてたのか。顔色はよくなったな」

「大丈夫、別に病気じゃないし」

 こんなの、いつもの事だから気にしなくていいよ。シェリーって、俺より気にするの。心配性なんだなあ、人は見た目によらないよね。図太そうなのに、繊細。

「シェリーまで抜けちゃったんだな、自警団。せっかく入ったのに」

「どうして抜けたか、教えてやろうか」

 いくら待っても教えてくれなかった、ニヤニヤしているだけで。

「先にお前が話せ。俺は交渉材料を、みすみす手放したりしない」

「何を話せばいいの。抜けた理由は、見たらわかるだろ」

「そうだな……いまは、何を考えてる?」

 広すぎてよく分からないよ、その質問。こんなとりとめない頭の中を、いったいどれだけかかって、説明したらいいんだ。まとめよう、短くしよう。早く続きが聞きたい。

「楽しいことばかり、考えてる。シェリーと居ると、それしか思い出せないんだ」

 目を丸くして、シェリーがしげしげと俺を見ている。何か変なこと言ったかな。もっと具体的な方がよかった? でも、みんな知ってる話だよね。

「幸せな頭ン中だな」

 そう、それ! 俺はいま、幸せだなと思ってた。ああ、すっきりした。なんでそんなに笑うんだよ、笑いすぎだろ。

「早く教えてよ。どうして抜けたの」

 ひとしきり笑ったシェリーが、急に真面目な顔になった。え、何だろう緊張する。起き上がった方いいかな、でも麻酔が残って、だるいんだよな。このままでいい?

「お前の隣が、まだ空いてたから」

 …………ずるいよ、それ。

「泣いた時の色、綺麗だよな」

「空いてる……。だってシェリーが、居なかった」


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