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深海のフレア  作者: kanata
3/10

Coffee Break -破壊-

 思えば、都合の良すぎる朝だった。

 自分は非番で、相方はメンテナンスを終えて戻った矢先、コーヒーを飲みに行けばマスターが淹れてくれ、カフェテリアには爽やかな陽ざしが満ちて、堅焼きのパンで挟んだサンドイッチは香ばしく、添えられた甘い焼き菓子に、相方はいたく感激し、平らげて気持ちよさそうに眠りこける……。

 入団前は、もっと殺伐とした世界を思い描いていた。相方は昼夜を問わず呼び出され、仲間は相変わらず、一歩引いて見守っている。でも、誰かの叫びに応えたくて、ひた走るのは彼自身の強い意志だし、仲間は進路を塞がぬよう、あちこちで気を配ってくれていた。セオリーを外れた悶着があっても、しれっと消された報告書が回ってくる。独自の情報網を駆使し、彼と話した逮捕者の近況を、わざわざ届けてくれる者もいた。

 心地よい眠りは妨げられたが、相方は渡されたメモを手に、どこか嬉しそうにしている。

「わかったのは、ドクターって呼称だけか」

「みんな顔は覚えてても、データが引っかからないらしい。まあでも、施術した人間とは限らないよね。ドクターなんていかにもな名前、かえって胡散臭い」

「白衣も胡散臭いな、あそこで着るのは下っ端の助手だけだ」

 そんな日常は、耳をつんざく警報音に破られた。二周目の館内放送を聞き流す頃には、相方もすっかり目が覚め、背筋を伸ばしている。避難勧告、事態の収拾、可能な限りの出動と情報収集。対象は銀色の髪、幼い双子。

「双子の銀髪か……。心当たりは?」

「これだろ。頭をいじる過程で、色素が根こそぎ持ってかれる」

 くるくると指で弄びながら、相方は涼しい顔で笑った。嫌な返事だ、こいつを二人相手にするイメージしか浮かばない。そもそも一人だって、敵に回したくはなかった。

「みんな怖いだろうね、俺も行かないとな。シェリーはどうする?」

「非番だから寝る。とでも言うと思うか」

 笑い合う。彼が余裕を作る時は、危ない橋を渡ると相場が決まっていた。双子が想像通りなら、まともに相対できるのは彼一人。それでも二対一になる、敵意はどれだけあるのか。子供というのがまた嫌だ、つい過去のラスティと重ねてしまう。本人だって何か感じている、だから余裕を取り繕った。

「じゃあシェリー、十分後」

「ああ」

 ともかく彼は忙しくなる、仲間まで庇っていたら身が持たない。安全確保はこちらの仕事だ、別動隊に避難の指揮を執ってもらおう。場合によっては時間稼ぎも視野に……。

「ごめん、やっぱ十五分で」

「わかった」

 足された五分の意味を、その時はよく考えなかった。



 あれは予行演習だった、一件を知る誰もが考えたに違いない。双子は二か所へそれぞれ現れ、ガラクタを宙に浮かせて待っていた。といっても規模がデカい、橋が丸ごと持ってかれたり、パーキングが車ごとかっさらわれたり、車庫の電車やプールのスライダー、空にスタジアムができていたのは笑った。

 捌きながら徐々に見えてくる。目視でわかる無人の施設を狙っていること、双子の興味が反映されること、後始末をぶん投げるのが目的で、邪魔するが遊びの一環であること。その証拠に、未だケガ人すら一人も出していなかった。

 こうなると現場は疲弊してくる。外野を鎮めるための出動になり、中身は空っぽでも、出動時間だけが倍々に増えた。とはいえ、放置して深刻な騒ぎになれば、能力者の存在自体が脅かされる。体力と睡眠時間を削られ、そこまでして駆けつけなくとも、という思いに苛まれながら、時々ちょっかいを出す双子にホバーをクラッシュされる毎日では、膿んでしまって仕方なかった。

 ラスティは単独行動になり、通信も報告だけが全員宛てへ流される。彼が片割れの始末をする間、シェリーはもう片方の現場へ回された。なにせ手が足りないのだ、文句を言っても始まらない。

「よう、相棒。ちゃんと寝てるか」

 発着所で待っていた懐かしい姿に、胸を突かれて足が止まった。彼がホバーを使うのは、人が飛ぶと目立つからであり、今更、数の足りないホバーをあてにはしない。わざわざ会いに来たのだ、露骨にわかる演出をかましておいて、彼は涼しい顔でシェリーの言葉を待っていた。

「寝てはいる。コーヒー、付き合えるか」

「いいね、誘われるのは新鮮だ」

 お前それ……。駄目だな、どうも思考が悲観的になる。

 カフェテリアの閑散っぷりが、いまとなっては清々しかった。人疲れしていたのかもしれない、どこへ行ってもピリピリしている。夜もなかなか寝付けずに、つい残務整理をやってしまった。あれから何日経つのか、数える気も起きない。

「今日は俺のおごりね」

 一度やってみたかった、とドヤ顔で彼は笑った。そうか、いつも群れから外れている、彼の強みはここにある。相手の狙いが、ラスティの消耗なのは一目瞭然で、こいつさえ居なければ、という無言の圧に、シェリー自身もあてられていた。人は残酷だ、普段は厄介ごとを、こいつならと押しつけるのに、都合が悪くなったら、今度はこいつのせいなのか。

 意に介さないでくれるのが、せめてもの救いだった。

「外しっぱなしか」

「うん、まあね」

 そりゃそうだろう、双子に競り負けたらあとがなくなる、事態の収拾は誰にもつけられない。濁した言葉の先に、触れる勇気は出てこなかった。部屋へ帰っていないのは知っている。

「意外と調子はいい。夜に呼び出されなくなったろ? お陰でぐっすり眠れる。あいつら案外、空気は読んでくれるのな」

 呼び出したがっているのは、道に迷った連中だ。行き場を失い、途方に暮れて、ありったけの想いを胸に秘め、彼に会う日を待っている。潰れられては困るのだ、騒ぎを知れば真っ先に自粛ぐらいする。

「何か、俺にできることはあるか」

 どうやら自分も迷子だった。連中でさえ自粛するのに、我ながらタチが悪い。でも、こうしているだけで、ひどく救われた。

「大丈夫、もうやってる」

 そういえば会いに来たんだったな。こいつにも、同じような想いがあると、思っていいのだろうか。道に迷ったようには見えない。どちらかというと、一人どこかへ突き進んでいた。

「ありがとう、シェリー。お陰で踏ん切りがついた」

 ブルーグレーの瞳には、翳りがない。だけど胸騒ぎがする。きれい過ぎるんだ、この期に及んでそれはない。お前の感情は……どこへ行ったんだ?

「ラスティ。お前、何するつもりだ」

「初めて名前で呼んだね」

 あいつらと一緒にするな。もう何度も呼んでる、口に出さなかったのは、照れくさかったんだ。話をはぐらかすな、ちゃんと答えろよラスティ。

「時間だ」

 それきり彼とは連絡がつかなくなった。


*


 宿舎に軟禁されて三日経つ。気の狂いそうな三日だった。

 双子が声明を出している、『飼い犬を貸してくれれば休戦に応じる』と。自警団の答えを待たずに、ラスティ・アガートは行方をくらました。いまや総出で追いかけっこ、自分は逃亡に加担したとされ、いっさいの動きを封じられている。

 電車を積み上げて喜ぶ子供の、出した声明がこれか。貸してというのも気にくわない、まるで無傷で返す口ぶりだ。カフスもつけない子供を野放しにする輩が、被験体のダメージに関心があるとは、到底思えなかった。

 消えたラスティの思惑を、現場の者は理解している。彼があちらに渡れば最後、こちらは抵抗の手段をいっさい失う。どうにかごまかしている間に、休戦のルートを探れ。そう託されたのだが、理解できない馬鹿も居て、彼が本気で逃げやしないかと、シェリーを人質代わりに確保した。

 お陰でこのザマである、ラスティは味方に追われて三日経ち、もうすぐ与えられた猶予が尽きる。バカバカしい、こんな茶番であいつを消耗させて、打開策の一つも出せずに、期日だからと全力で追いかけっこか。たった一人にいつまで背負わせる、このままじゃ敵より味方に潰されるぞ。

 腕の通信機が光らなければ、冗談抜きで気が狂っていた。

『ラスティの、パートナーだな』

 ノイズはひどいが問題ない。すぐに誰かは思い当たった。シェリーの知る人間に、彼を名前で呼ぶ者は居ない、あのマスターでさえ。

 やっと垂れ下がった蜘蛛の糸、絶対に、ここで言葉は間違えられない。

「助けて欲しい。あいつのところに行かなきゃならない」

『……いい返事だな。名前は?』

「シェリー・フラッド」

『身ぐるみ置いてけ、シェリー。いまは追跡されると面倒だ。私服は持ってるな』

「了解。ほかには」

『いったん外に出たら、そこには戻れないぞ』

「俺が戻りたいのは、ここじゃない」

『ハハ、上等だ。窓は開けとけよ』

 通信が途切れ、ふいに泣きたくなった。まだ早い、まだやることがある。身支度を済ませ、通信機もベッドへ放り出した。身体が軽くなり、ついでに気分もすっきりしている。

 いまの自警団は好きじゃなかった。文句があっても誰も動かない。人手が足りなきゃ入れられる、卒業予定の奴だって使える。交渉もぜんぶ言いなりだが、こっちも条件つけてやり返せばいい。相手はモルモット好きの研究バカだ、金や機材で釣ってみたのか、ラスティのデータだって、小出しにすれば餌にできる。揺さぶって反応見ながら、落としどころを探るために、あいつは体を張ったんだ。無策で本体なんか渡してみろ、相手は満足するから、交渉自体が成立しなくなる。

 もういい、ここに未練はない。あの日、お前が会いに来たのも、そうなんだよな。帰れないのを知っていた。街を破壊する双子の銀髪を隠すため、自警団に追われる銀髪は、代わりに大仰なスポットライトを浴び、最後まで客寄せパンダをやりきって、これでもう表舞台には戻れない。

 別れ際に何も言わなかった。ずっと葛藤を抱えていて、いつか弾かれると予期していたなら、お前の中で気持ちの整理はついている。だけど出会って間もない相棒に、それを伝える手段も、時間も、見つからなかったとしたら。

 知らない俺を、ただ巻き込むわけにはいかなかった。勘ぐられないよう、だけど別れは済ませられるよう、いつもみたいに笑って、きれいに感情は殺して。

 話せなかった。だから、甘えにきた。

 ああ、やっと追いついた……遅くなってごめんな、ラスティ。あと少しで手が届く、頼むからもう少しだけ、待っててくれるか。

 どうかお願いだから、間に合ってくれ。


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