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深海のフレア  作者: kanata
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Scape Children -悲鳴-

 夢の残骸が宙に浮いている。

 かつて子供を乗せた木馬やティーカップ、空を飛びまわった絨毯のゴンドラ、エンジンのない飛行機とロケットが、入り乱れて空一面を漂っていた。さながらひっくり返したオモチャ箱だが、あれらは紛れもなく凶器だ。体つきは大人でも、顔つきの幼い能力者たちが六人、思い思いのオモチャへ腰かけ、不自然に陽気な声を上げている。

「最近、片づけられない奴が増えたな」

 相方のラスティ・アガートは、空駆けるホバークラフトをシェリーに預け、身ひとつで中空へ降り立った。彼の能力《ドロー》で浮力をかけている、連中が使っているのと同じからくりである。

「カフスが無いってことは、未開発の二世だろ。それにしちゃ力が強すぎないか」

「物を動かすのは簡単でも、ああして留めておくのはイメージしにくい。かなりの上級スキルだよ、ウチにスカウトしたいくらいさ」

 扱い方を教えた奴がいる、ラスティも暗に言っていた。捕えても次から次へと湧いてくる、根っこを暴いて引き抜かなければ、この攻防は終わりそうにない。

「六人か……」

 ため息まじりにシルバーカフスを外す、初めて目の当たりにした光景に、シェリーは息を飲んだ。後方へ展開するホバーは六台、仲間は半円を描いて待機し、事が済んだら手錠をかける段取りになっている。

「預けとく。流れ弾が飛んだら頼むな、相棒」

 触れた手はあたたかく、転がり落ちたカフスは冷たかった。こんな時でも、彼はシェリーのために笑いかける。これのどこが相棒なんだ、矢面に立つのはお前ひとりじゃないか。

 確かに、シェリーの能力《コントロール》は後方支援に向いていた。能力者の力が物体へ留まる、それを打ち消して、無かったことにできる。あのオモチャに使えば浮力は消えるが、自由落下を止めるには、別の仲間が《ドロー》で引き継ぐ必要があった。

 背中が遠くなる、彼はいつも人を遠ざける。笑顔で煙に巻いて、あっという間に届かない場所へ行き、自分には何一つ触れられなかった。

「やあ、俺を呼んだって聞いてるけど、会うのは初めてだよな。どちら様?」

 腕の通信機についている、拡声スピーカーをマイク代わりに、ラスティは話しかけた。連中の背後いる存在を放置できない、強固な意志がビリビリと鼓膜を震わせる。こんなラスティを見るのも初めてだ、彼はきっと……。

「へえー、マジで来るんだな。俺たち、成人式やってんの」

「一緒に盛り上がろうぜ、ハスキー」

 あっち側の人間が使う、彼の呼称に耳も慣れてきた。声のハスキーじゃない、犬の方。共に行動するとよくわかる、彼はまともな名前で呼ばれやしない。銀髪、クラッシャー、ハスキー、広告塔、ウチのエース、例の彼。

 やはりラスティ自身は意に介さなかった。シェリーひとりを置き去りにして。

「いいけど、何を祝うんだ? 君らは犯罪歴がつく。力を持つのに自制できない、そういうレッテルが貼られるんだ。この先、どこへ行っても付きまとう」

「犯罪ー? 廃墟で遊んでるだけだろぉ」

「被害者いんのかよ、被害者。連れてこいよ、被害者ー」

 深く、息をつくのを、スピーカーは拾った。ラスティが黙ったので、つられて連中も口をつぐむ。この場の誰もがおそらく、彼の動向を注視していた。荒い手つきで髪に手を入れる、掻き上げて乱れていく、風にざわめき始めた、銀色の。

「わかった。遊んでやるから全力で来い、ただし相手は俺一人だ。全員で一斉に、潰す気でかかって来い。でないと俺が、本気で君らを潰しにかかる。準備はいいか? 3、2、1」

 迷う余地など与えられなかった。あらゆる浮遊物が一直線に、彼のもとへと集結する。人影が塞がれた瞬間、すべてはピタリと動きを止めた。時が止まったかと錯覚する。動き出したガラクタは、整然と地上へ降りていき、駐車場の跡地に積み上げられた。

 《コントロール》を持たない彼は、より強い力で《ドロー》を上書きしている。あのゲームを書き換えたように、連中の力を上からねじ伏せた。もし強さが拮抗していたら、見世物では収まらない大惨事が起きている。

「……お前らはいま、何を考えた?」

 まだ終わっていない、スピーカーは起動したままだ。返事を求めているのでなく、彼は考える時間を取っていた。

「俺が止められる保証はあったか。失敗したら、その先は考えたか」

 シェリーは全身に、びっしり冷や汗をかいていた。もっと穏便なやり方はあったはずだ、でも彼がこれを選んだ理由を、尊重したいと強く感じている。自分も二世だ、自暴自棄になる連中の、心情は手に取るように分かってしまう。

 望んでやってるわけじゃない。本当は、悲鳴を上げているんだ、力の限りに。

「何を覚悟して、俺があそこに立ってたか、教えてやるよ。あの真ん中で、俺は弾けて血しぶきになる、砕けたガラクタは飛び散って、誰かの目をえぐり、腹を射抜き、喉を裂く。それを見てお前らはようやく、こんなつもりじゃなかった、と泣く。本当に泣きたいのは、お前らじゃない。……分かるな?」

 流れ弾が飛んだら、頼む。ラスティは保証の代わりに、保険をかけていた。シェリーへ全幅の信頼を寄せ、カフスを預けるふりして、背中を預かってくれ、と告げたのだ。

 分かりにくいんだよ、この野郎。

「……ハスキー。俺たちは、どこで生きたらいい」

 薄ら笑いが消えている。全員が、ひたむきな目でラスティと向き合っていた。出会わなかったんだ、これまで。自分たちの必死な想いを、全力で受けとめてくれる人間に。

「それを探すのが、これからの仕事だ。成人、したんだろ。後ろには、迷った子供がたくさんついてくる。行き先はお前らが、真剣に探してやれよ。迷いもしない奴に、任せてはおけないだろ」

 連行される六人は、手錠の麻酔も必要なかった。ホバーへ乗せられるのを、ホッと見送っていると、至近距離から声をかけられる。

「悪い、シェリー。代わってくれないか」

 彼は険しい顔をして、シェリーの席へ割り込んだ。運転させろという意味か、隣へスライドするや、ホバーは急発進する。何のアトラクションかと、勘違いする速さでぶっちぎり、後発したにも関わらず、一番に発着所へ着いてしまった。

 ふらふらと離れていく。ホバーが発着しない、洗浄スペースへ行きたいらしい。半ばで壁に手をついて、堪えきれずに床へ崩れ落ちた。まだシェリーの手に残る、銀色のカフス。握りなおして、彼の歩いた道をたどりながら、うずくまるその場所へ向かった。

 ゆっくりと抱き起こし、壁に背をあててやる。血の気は引いていて、体温も低かった。目の焦点もおかしい、意識はあるのだろうか。

「放っといて、いい……」

 呂律の回らない口で、辛うじてしゃべった。

「いつもこうなのか。医務室へ行こう、運ぶから」

 返事を待たずに担ぎ上げる。ぐったりしていたが、肩をつかんだ指に力が入り、爪を立てていた。

「ん、どうした?」

「部屋に、行きたい……頼む……」

 迷ったが、シェリーの部屋へ担ぎ入れ、ベッドに転がす。目を閉じて意識はない、荒かった呼吸は安定し、眠っただけのようだった。分からないことが多すぎる。あの切迫した訴えは、医務室を避けたのだろう、ほかの当てを探さなくてはならない。

「マスター、居ますか」

 人の気配がどこにもなく、踵を返したシェリーに、鉢合わせたのは当人だった。このタイミングから考えて、どこかの時点で気づいて向かっている。怪しいのはカフスを外した時だ、あれは計測用だとラスティも言った。

「容体は?」

「見た目には眠っています。少し、血の気が戻ってきました」

「数値は安定した。カフスを戻したのは君だな、助かった」

 カウンターの椅子で待たされる。何をどう聞こうか、整理はつかなかった。本人へ聞くべきなのか、この男しか答えられない話も、あるのか。

「持っていってやれ。目が覚めたら、食べさせていい」

 白いビニール袋に入った、どこにでも売っている類のプリン。上蓋はきっちりシールされていた。つい、男の顔を眺めてしまう。

「ただの栄養補給だ。君には、どこまで話すか考えあぐねている」

 以前より威圧感は和らいでいた。機密かどうかより、彼の身を案じての慎重さだと伝わってきて、いまのシェリーには頼もしい。ラスティを通して筒抜けの情報を、いちいち男が隠しても意味はなく、守りたいのは、本人が話したがらない部分だと思えた。

「医務室で、何かあったんですか」

「心当たりはないな。本人にもよく分からんそうだ、幼少の記憶が不鮮明でね。ネックが医務室とも限らない。似たような場所、置いてあるもの、音やにおい、そこにいた人間、フラッシュバックする時期……。心当たりはないが、ありすぎると言っていい。そういう意味では、君が隣に居てくれるのは、心強くもあるんだが」

 部屋へ行きたい、懇願する弱々しい声が、まだ耳にこびりついている。自分が泣きそうになった、どうしてこんなに、ひとりで追い込まれなきゃならない。あいつは他人の声を全力で受けとめる、あいつの声は、どこへ解き放ったらいい。

「濁したのは父のことですね。私に思惑は分かりません。はっきり言えるのは、これ以上あいつを追い込む何かがあるなら、それが父であろうと私は潰す」

 男がコーヒーを淹れ始めた。ぼんやりと工程を眺めながら、この人は最初から喫茶店のマスターなら、もっと穏やかな顔で生きたかもしれない、と夢想する。

「飲んでいくといい。部屋は休まらないだろう」

「貴方のコーヒーは好きです、価値観がひっくり返った」

 ふっと小さく笑ったが、すぐに消えてしまう。案外、仮の姿ではなく、好きでやっているのかもしれなかった。

「あいつの体に、何が起きてるんですか」

「我々にも未知の領域なんだが、消耗しているのは確かだ。カフスを外した時が危ない、あれで一応作用はしていて、本人はものさし代わりに使っている。ルビーカフスが感知するのは、本人の理性だけなんだよ。いくら冷静でも、体がオーバーヒートしかねない」

「止められないんですか、カフスを外すのを」

「君はどう思う」

 医務室におびえるほどの思いをさせ、望みもしない力を与え、後戻りできない状態へ追いやって、その力を使うな、と。……言えるはずがない、彼は誰に強いられるでもなく、己の強い意志でカフスを外している。

「目を覚ましそうだ、念のため戻ってやってくれ。君の受信機は、遠隔で細工しておく。私との連絡と、もう一人。いずれあちらの方から、コンタクトがあるだろう」

 プリンを引っ提げて部屋に入ると、彼はベッドで体を起こし、身じろぎもせず窓の外を眺めていた。

「何も見えないだろ、塀が近すぎて」

 硬直していた表情が崩れ、いまにも泣きそうに顔がゆがみ、目を閉じてそれを押しとどめる。彼は大きく息を吐いて、脇にあるサイドテーブルへ視線を移した。

「ずっと考えてた、何を言えばいいか」

「別に必要ないだろ。プリンもらってきた」

 わざとサイドテーブルに置く。彼がシェリーを直視できない理由は、よく分からなかった。血色の戻った顔と、滑舌のいい声に安堵したシェリーは、他のことが心底どうでもよくなっている。

「食べないのか、プリン」

「何も聞かないのか」

「面倒くさいな、話したければ話せよ」

 笑ってしまって、ごまかすためにプリン袋へ手を突っ込んだ。あれだけ威勢のよかったあいつと、これは同一人物なのか? 渡されたプリンを両手に戸惑う顔は、まるっきり三歳児だった。

「一つはシェリーのだよ、これ」

「なんでだよ。栄養補給って言ってたぞ」

「甘いの好きなんだよ、俺が。一人じゃ気まずくて食べれないだろ」

 なんで赤くなって、ついでに少し怒ってるんだ。駄目だ、シェリーはあきらめて声をあげた。何に笑っているんだか、それさえどうでもいい。声に出して笑うのも、いつぶりか覚えていなかった。

「わかった、食べる食べる。意外と細かいこと気にすんだな」

 甘ったるい。ややぬるくなっている分、甘さが容赦なく口を占拠した。わざわざ好き好んで食べはしないが、隣で幸せそうに顔のほころぶ、相方を拝めるのなら結論として悪くない。

「ごめん。話せなかった。急にひっくり返ったら、シェリーが困るって分かってたのに。どうにかしてくれる、って甘えてた」

 ラスティは無理に笑わなかった。手を伸ばせば触れられる、試してみたくなって、銀色の髪へ指を入れてみる。ほどけて伸びた綿菓子だ、空気に溶けるくらい軽かった。

「猫舌で猫っ毛か、前世は猫だな。いつも置いてかれるだろ、俺は居る意味あんのかな、ってずっと思ってた」

「それは……」

「わかってるよ。お前には加減が難しいのも、周りを傷つけたくないのも、俺に背中を預けてくれたのも。全部わかってる。俺のわがままなんだ。背中じゃなく顔が見たい、遠くじゃなく、手の届く場所に居たい。甘えるな、って誰が言った? 逆だよ、俺は隣で支えたかった」

 瞳の海に、きれいな雫が溜まってあふれ、とめどなく流れ始めた。見とれてしまって、カフスの存在に気づくのが遅れる。理性をなくしちゃいけない相手に、こんなこと打ち明けるべきじゃなかった。

「悪い。カフスは大丈夫なのか」

「うん……大丈夫、ビックリして……」

 まあ大丈夫なら、いいか。手持ち無沙汰なので、じっくり観察させてもらった。彼の瞳の色は好きだ、覗くとそこにあるのに、同じ景色には二度と出会えない。持て余す気持ちは吸い込まれ、シェリーには余裕が生まれて、代わりに海の底へ手を伸ばしたくなった。

 暗い。冷たい。息が続くか分からない、深淵であっても。いったん魅入られた者は、どこまでも潜りたくなる。確かめずにいられなくなる。生きていて、初めて感じた強い衝動だった。冷え切った自分の体にも、まだ熱は残っていたのだと、心が踊りそうになる。

 降りしきる透明な雨は、熱をほどよく冷ましてくれた。部屋中があたたかい、こんなにくつろげる場所がこの世にあるのだと、今日まで知らなかった気がする。


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