さらわれた花嫁 04
どうしてこうなった。
俺は許される事なら、今すぐ頭を抱えてその場に蹲りたかった。
だが降り注ぐ雨のなか、片手に武器もう片手で人ひとりを肩に抱えながら走っていてはそれも望むべくもない。
「あ、あのーすみません。やっぱり実は人違いなんじゃないかなーって思うんですけど、えへへー」
「ちょっと黙ってろ」
肩に担いだ尻から小物っぽい情けない声が聞こえてくる。
実際のところコレが本当に件の聖女とやらなのかは微妙極まりないが、ユピテルの情報と見た目は一致している。
それに今は悠長に確認している暇などない。
今も後方からは屈強な騎士たちがこちらを捕らえるべく鬼の如き表情でこちらを追ってきている。
本来であればもう少し穏便に事を進めるつもりだった。
聖女の護衛をするにしても影からこっそりと助力すれば良いと思っていた。
それが一瞬ですべてぶち壊しになったのはユピテルの所為だ。
切っ掛けは彼女からあらかたの情報を聞き終え、いざ出発という時に掛けられた一言だ。
『あ、ついでだしサービスであーしが聖女ちゃんの近くに送ってあげるよん』
イクス達やアンサズの事を放置していたのは気になったが、グリント大迷宮から聖法国のあるビムロスまでは確か馬を使っても移動するだけで三日以上は掛かる。
今から三日間、聖女を護衛するのが目的なのだから、それでは物理的に任務達成は不可能だ。
ユピテルの提案は前提条件として至極当然の提案だっただろう。
『そうか、それじゃあ頼む』
ただ、どうしてあの時の俺は深く考えもせずに頷いてしまったのか。
相手はあのユピテルだというのに。
『それじゃあ、あーしのお願い。頑張って叶えてね、ヴィルっち♪』
嫌な予感がした時には既に手遅れだった。
彼女の持つ超常の力で俺は一瞬にして、このビムロスまで転移していた。
そう、聖女が乗っていると思しき馬車、そしてそれを護衛している騎士達の目の前に、だ。
正確にはそこから更に二十歩ほど上空の地点に俺は飛ばされていた。
当然、重力の法理に従い自由落下した俺はそのまま大橋の上に派手な音を立てて着地。
突然空から自分達の目の前に黒尽くめの男が降って湧いた騎士達は大いに慌てた事だろう。
俺も死ぬほど慌てた。
騎士達はまず間違いなく聖女の護衛だろう。
ならば目的は一緒の筈だ。さぁ手を取り合って共に聖女を守ろうじゃないか。
そんな風に笑顔で提案すれば良かったのだろうか。
だが現実はあまりにも厳しい。
不審者に掛けられる誰何の声。こちらを取り押さえるべく臨戦態勢に移る騎士達。
ここで捕まれば良くて拘束の上で監禁、悪ければそのまま処刑コースもあり得るだろう。
そうなってしまえばクエスト失敗は確実だ。
無抵抗で捕まるわけにはいかない。
ならば突き付けられた選択は逃走か戦闘の二択だった。
判断の為の時間は一瞬だった。だから深く考えることなく俺は戦闘を選んだ。
彼等が聖女の護衛だというなら、俺より強ければ戦力としては問題ないだろう。そう考えたのだ。
自分でもちょっと短絡的な判断だとは思うのだが慌てていたのだから仕方ない。
実際、護衛の騎士達は全員がかなりの手練れだった。
〈グラオム〉で判断する限り『宵の明星』メンバーと比べれば僅かに実力は劣るが、一般的に見ればかなりの実力者達だろう。
直近に控える6人だけでも同時に相手取るのはあまりにも厳しい。
時間を掛けて更に人数が増えれば猶更だ。
だが結論だけを言えば、戦闘はお互いに慮外の事態もあってすぐに決着する事となった。
騎士達にとってはあまりにも運が無かった。ただ死人が出なかった事だけが幸いだっただろう。
「それにしても、アレは何だったんだ……? 俺たち以外にも誰か居たのか?」
あの時起きた一連の事象に首を傾げるが、それを事細かに調べている時間は無い。
いま大事なのは順調に物事が運び過ぎた結果、自分が聖女の誘拐犯となっていることだろう。
思わず溜息が零れてしまう。
「本当に、どうしてこうなったんだ」
「それはこっちのセリフなんですけどッ!?」
尻からの抗議は無視することにした。




