白き蔵壁に椿の赤、映ゆる時
「爺さん、ちょっと聞きてェんだが」
街道ですれ違った爺さんは一人旅のようだった。ここから俺の歩いて来た旅籠のある町まで、軽く三里はあるだろう。
「ヘェ?」
爺さんが被っている笠の下にもちもちの干し柿みてェな顔を覗かせた。
「女を探してるんだ。この先ですれ違わなかったかい? 縹色の着物を着た、真っ白な顔に真っ赤な紅を挿した、赤い椿のかんざしをつけた美しい女だ」
「さあ……? 何しろ爺なもんで、おなごになんて、気をつけて見てないからねぇ……」
「見たら覚えてるはずなんだ。それほどの女だ」
「お侍さんのいい女かい?」
「そんなんじゃねェ」
俺は本当のことを言った。
「そいつを追ってるんだ」
俺の殺気を感じ取ったのか、爺さんは一言「失礼するよ」と残し、俺の後ろへ歩いて行った。
確かに椿の女はこの先の地獄谷へ向かった筈だ。あの女が身を隠すとするなら馴染みのあるそこだろう。
あの女は斬らねばならぬ。
あの女は妖魔だ。
他の誰にも斬れぬのなら、この俺、魔風妖十郎が斬るしかない。俺の必殺剣『月光十字斬』ならば、いかにあやつが手強くとも通じぬ筈はなかろう。
ふと、殺気を感じた。
振り向くと間一髪だった。さっきの爺さんが身体中から触手を現して、飛びかかって来ていた。俺は剣を抜くまでもなく、手刀を十字に切った。
「むがばえぇぇえ!」
俺の秘技『手刀あやかし斬り』を受け、爺さんの身体から奇妙な断末魔が上がる。口からではなく、腹のあたりから。
「フッ。大丈夫かい? 爺さん」
あやかしの剥がれた爺さんの身体を起こしてやると、何が起こったのかわからないのか、爺さんはキョトキョトと周りを見回した。その向こうに、今まで取り憑いていたタコみてェな赤黒い化け物が倒れている。
「あ、あれは……?」
「あやかしだ。アンタに取り憑いていたようだな」
「ありがとうございます。是非、お名前を……」
「黒の着流しに、十字を背負い、腰につけるは長剣『月光』。魔を滅ぼす闇、魔風妖十郎とは俺のことよ。覚えておきな」
それだけ言い置いて颯爽と別れるこの俺を、爺さんは後ろから拝みながら、言った。
「ちゅ、中二病……」