【2】
ぼんやりと目を開けると暗闇の中にいた。
耳を澄ますと今にも消え入りそうな泣き声が聞える。
声が聞える方へ歩みよると女の子の後ろ姿が見えた。
「あなた、どうしたの?」
私が声をかけると膝を抱えてうつむいていたが顔を上げたようだ。
「…助けてあげられない」
か細い声で目の前の子が答える。
「何度やっても助けてあげられない…どうして」
顔を覆って崩れ落ちる。
その姿が痛々しかったから。思わず…
「誰を?」
「…え…」
「誰を助けたいの?」
はじかれたように振り向いたが、もやがかかったように顔が認識できない。
「あなたが…■■■■■■■■■■■?」
「ごめんなさい。よく聞き取れないのだけど?」
「■■■■を助けて…」
まわりがぼやける。彼女の姿も声も遠くに聞える。
「かなしみにくれてい…たら、ささえてあげて。ないていたら、…そばに」
「ええ。約束する」
「あな…たの■…■にいるか…ら」
そして何も見えなくなった。目が開いていられなくなる。
また、遠くの方から声が聞えてきた。
「あ、めがさめたみたい!」
「ほんとですか-? お嬢様」
聞き慣れない声に驚いて起き上がると頭に衝撃が走る。
「!?」
「きゃ!」
「…っ!?」
頭をこすりながら廻りを見渡すと小さな女の子とおでこをさすっている西洋の女中姿の少女が目に入る。
「あ。すみません」
「いえ。お嬢様、私はジェフ殿にご連絡してきますね」
「おねがいね。ザラ」
女中姿の少女はドアから出て行く。
私は、ふかふかのベッドに寝ていたようだ。
確か、倒れていたような?
「ふふ。きぶんはいかが?」
「大分よくなりました。介抱いただきありがとうございます」
「いえ、さきにたすけてもらったのはわたしのほうだから」
女の子は、勢いよく首をふった。
よくよく見るととても可愛い顔をしている。アンティークの人形が着ているような多めにフリルのついた服にも負けていない。
透き通るような黄金色の髪は壁画の天使を思わせる。
「なにかしら?」
「お姫様のように…そのとても可愛らしいと思いまして。」
「え!?」
「その通り! お嬢様は地上に舞い降りた可愛らしさの化身!!」
大きな声とともにドアから初老の紳士が入ってくる。
「どんな女神もお嬢様の前では霞ー」
「はい、ジェフ殿は、ちょっと落ち着いてくださいね。お嬢様、お医者様をお連れしました」
「ありがとう。ザラ。せんせい。クレアをみてあげて」
白衣のおじいさんは検診を始めた。簡単な症状確認に目に光を当てられ、聴診器で心音を確認する。
ここで初めて自分の体型を認識した。
もしかして小さくなっているのではないかと。いやおばあちゃんになって小さくなっていたけどこれは、かなり小学生というか、幼稚園児じゃない?
「少し発達不良なところもありますが、おおむね健康でしょう」
「せんせい、ありがとう」
「では、お大事に」
「ありがとうございます」
出ている医者に頭を下げる。
症状も問題ないなら家に帰ろう。
そういえば、自分の家ってどこだっけ?
わたしは、徘徊でもしていたのかな? うっすらと帰れる気もするし誰かが待っているような気もする。
だけどそれは、伴侶であったおじいさんと暮らしていた家じゃなくて…。
「何から何までありがとうございます。お医者様にも見せていただいて…これで失礼させていただきます」
ベッドから立ち上がり礼をする。
「ちょっとまって、クレア」
「はい?」
「きょうはありがとう。とてもたすかったわ。それと、わたしはイライザというの。」
「はい、こちらこそ助けていただいてありがとうございます。イライザさん」
「あのね…おねがいがあるの」
女の子は、いったん下を向いてから顔を上げる。
「わたしのはなしあいてになってくれない?」
「はい?」
「わたし、まわりのおないどしくらいのこがいなくて」
すいません。かなり年上です。いたたまれない。
「ともだちができなくて」
わたしも…年齢を重ねるにつれ友人が減っていったわね。みんな先に逝ってしまって。
「みぶんとかもあるとおもうけど…」
いえ…身分も何も、普通のおばあちゃんです。今の体ではどこの誰かもうっすらとわかるようなかわらないような。
そんな必死な顔で、わたしでいいのだろうかね? この世界がわからないけど。
「…あなたが、良ければ」
「あなたがいいな。あのとき、あなたいがいだれもたすけてくれなかった」
「偶然ですよ」
「うん…それでも。よろしくね」
「はい」
こうして、数年ぶりに新しいお友達ができた。
とても小さく、とても愛おしくなるこの子とわたしともう一人。
これから、いろんな出来事を重ねていくのだ。




