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07

 日が落ちるころになると、レジェスは諦めてリューディアの話を聞くようになった。


『あなたは変な人ね』


 リューディアに言われて、レジェスは笑う。


 この年頃から既に彼は、周りの人を遠ざけるために――その結果として自分の心を守るために、こんな湿っぽくて嫌味ったらしい笑い方をするようになっていた。


『ククク……褒め言葉として受け取りますよ、リューディアお嬢様』

『褒めてはいないのだけれどね。……でも、あなたって闇魔術でお仕事をしているのよね? どんなお仕事をするの?』

『いわゆる汚れ仕事というやつが基本です。ただでさえ闇魔術は疎まれるのに、私はこんな見た目で性格も悪い。そんな私に回される仕事なんて、ろくなものではありませんよ』


 レジェスは、自分の見た目が劣っていることを幼少期から自覚していた。


 くしゃくしゃの黒髪は南部地域の海で採れるというワカメのようで、当時まだ闇魔術師の仲間が少なかったこともあり、魔術師団でも「闇ワカメ」と呼ばれている。


 灰色の目は周りが落ちくぼんでいるのでぎょろっとして見えるし肌の血色は悪く、食事を摂ってもなかなか太らないのであばら骨が浮くほど痩せている。


 おまけに闇属性持ちでこの陰気で根暗な性格となれば、誰もが遠巻きにしたがる。

 ……それでいい、とレジェス本人は思っている。


 だがそれを聞いたリューディアは、首をかしげた。


『それ、汚れ仕事ではないと思うわ』

『……なんですって?』

『あなたはあなたが生まれ持った闇の魔術で、自分にできることをしているのでしょう? それは汚れ仕事ではなくて、あなたにしかできない尊い仕事だと思うわ』

『尊い……仕事……?』


 陰気な笑みを浮かべるのも忘れてぱちくり瞬きするレジェスに、リューディアは続けて言う。


『それにあなたって、自分で思っているほど悪い人じゃないと思うわ。あなたは鳥を殺さなかったし、悪いことをしてもちゃんと謝ってくれたでしょう? 本当に悪い人は、そんなことしないもの』


 言葉を失ったレジェスを見つめ、リューディアは笑った。

 その笑顔は、神々しくて、美しくて――そして、レジェスにとっては眩しすぎた。


『だから、あなたは変な人だけど、普通にいい人だと思うわ。自分にできることをしようと頑張る人は、とっても素敵だもの!』












「十六歳の私は……あなたの言葉に、光を見出しました」


 そう言って、二十三歳のレジェスは皮肉な笑みを浮かべる。


「私は、貶されて当然。私の力は、疎まれて当然。私は、罵倒されて当然。……そう思っていた私の胸に、光が差し込みました。こんな世界にも、光は存在する。……そう思うことで、私は活力を得られたのです」

「そうなの……?」

「ええ。おかげで私は……これまで何度も死にたいと思いながらも、しぶとく生き延びることができました」


 だから、とレジェスは自分の胸に骨張った手のひらをあてがった。


「放っておけば戦地で野垂れ死んでいただろう私がこの年まで生きているのは、あなたのおかげ。……つまり、私が稼いだ金などは全て、あなたが受け取るべきなのです」

「話は分かったわ。でも、だからといってそれはやっぱりおかしいでしょう?」


 リューディアは真面目に突っ込むが、レジェスはククク、と笑って首を横に振った。


「いいえ、これくらいしか私があなたにできることはないのです。私に光を与えてくれたあなたに、できる形で報いたい。それは礼とかを抜きにして、私自身の心にとっての救いでもあるのです」

「……」

「ということで。報奨金をあなたに贈与する件に関して、あなたのサインさえいただければ契約成立となります」


 そう言ってずいっとレジェスが差し出してきたのは、国王の執務室で見た書類。

 そこにはだらだらと長い言葉が書かれているが――要するに「リューディアがサインしたらレジェスの報奨金が贈与される」という契約書だ。


(いえ、それはおかしいわ)


 リューディアはぐっと顎を引き、きっぱりと言った。


「いただけないわ」

「そこをなんとか。この哀れな闇魔術師への慈悲とでも考えてくだされば」

「私はあなたのことを哀れだとは一切思っていないから、その脅し文句は無意味よ。……そのお金はあなたが頑張って得たものなのだから、あなたが自由に使うべきでしょう」

「その、私が自由に使った結果、あなたに譲ることになるのです」

「意味が分からないわ」


 リューディアとレジェスの言い合いが平行線上だからか、それまで黙っていた男性官僚が「あのう」と遠慮がちに声を掛けた。


「我々としましては、報奨金の贈与に関して全く問題はございませんので、早めに解決していただきたいのですが」

「ククク……官僚殿もこうおっしゃっていますよ」

「で、でも、まるであなたの厚意を売ったような気持ちになるし……」


 そこで、はた、とリューディアは目を瞬かせた。


 レジェスは、若い頃のお礼としてリューディアに金を渡したがっている。

 リューディアは、そういった理由だけではもらえないと思っている。


 ……リューディアは少し目を細めて、レジェスを観察してみた。

 黒いくしゃくしゃの髪に、あまり健康的とは言えない肌の色。目の周りがくぼんでいるので、大きな目がぎょろっとしている。


 リューディアに見つめられるレジェスも最初のうちは、いつものニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 が、あまりにもリューディアが長時間、しかも無言で見てくるからか、灰色の目が戸惑いを表すように泳ぎ始めた。


(この人……悪人ぶっているだけで、実際はそれほどでもないのよね)


 本人は自分の見目や能力をかなり気にしているようだが、リューディアとしては「世の中にはそういう人もいるわよね」という程度。

 悪人ぶってはいるが詰めが甘そうなところがあるし、金を強引に押しつけたがっている点を除けば話す言葉の内容もまっとうだ。


「……レジェス・ケトラ。いくつか質問してもいいかしら」

「ククク……私ごときに答えられればよいのですが」

「正直な気持ちで言ってくれればいいわ。……あなたは、何か問題が発生した場合には自分で解決するようにしている?」

「まさか。私は群れるのは嫌いですが、かといって一匹狼であったがために連絡不足で失敗するなんて耐えられません。物事の効率化のためにも、報告連絡相談はまめにしますよ。……ククク、こんな見た目ではありますけれどね」

「なるほど。それじゃあ、私と日常的なお喋りをしろ、と言われたら嫌?」

「日常的な? ……まあ、他の有象無象との雑談なんて時間の無駄ですが、あなたなら、まあ、話を聞いてもいいでしょう」

「私がもしとんでもない失敗をしたら、あなたは私を笑う?」

「ククク……ええ、ええ、思う存分笑って差し上げましょう。ですがそれで後が面倒になっても嫌ですからね、事後処理を手伝うくらいはしてあげてもいいですね」


 レジェスは面白がるように言ってから、ふと首をかしげた。


「……それで? これらの問答に一体何の意味があるのですか?」

「……」


 リューディアは、じっと考え込んだ。


 レジェスは、平民だ。

 後ろ盾はないがその分面倒な親戚などはないし、彼一人で十分稼げるだけの力もある。


 かなり偏屈ではあるが人との最低限のコミュニケーションは取れるようだし……リューディアには優しさの欠片を見せてくれる。


(……十分すぎるくらいだわ)


 うん、と大きく頷いたリューディアは、顔を上げた。


「分かったわ。では、レジェス・ケトラ」

「なんでしょうか?」

「私と結婚してくれませんか?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・レジェスにとっての光になる言葉を発したリューディア [一言] 闇魔法の使い手というだけでひとい扱いを受けていたレジェス、彼の本質を見抜いたリューディア。 このシーン、泣けます。
[良い点] うわああああああ!!!すっっっきです!!!すんごい急ハンドルをきられた!!!楽しくてここまで流れるように読んでしまったんですけどめちゃくちゃ楽しいです!!!
[良い点] 不気味なふるまいのレジェスの過去や金をあげると言った理由などが明かされて行くのが楽しみです。
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