9 二人の行く末
マリカから結婚の承諾をもらえたアスラクの行動は、早かった。
まず彼はマリカの手を引いて自宅に戻り、そこにいた両親と義兄である闇魔術師の男に、「こちらの女性と結婚します!」と元気よく告げた。
両親は驚いていたが、なぜか黒髪の男はげんなりした顔をするだけだった。
彼は、「……こんなことをいち早く知るために、付けていたわけじゃないんですがねぇ」とぼやいていたが、マリカにはなんのことかよく分からなかった。
闇魔術師の男は用事が済んだら帰宅するようなので、アスラクの姉には彼が伝えてくれるという。
そうして家族への報告を終えたアスラクはその足でハットネン男爵邸に行き、「お宅のお嬢さん、いただきます! あ、そっちじゃないです!」といい笑顔で言った。
アスラクが来たと聞いてヴェルナを押しつけようとしていた両親は青ざめ、しかもヴェルナが「なんであんたなの!?」「根暗なブスのくせに!」とアスラクのいる前でマリカを罵ったことで、アスラクの顔から笑顔が消えた。
その後、「マリカは外で待っていてね」とアスラクに優しく家から押し出されたため、庭で時間つぶしをした。
しばらくしてアスラクに呼ばれたので家に戻ると、両親と姉は真っ青な顔で震えながらマリカに、これまでのことの謝罪をした。
アスラクは「別に許したくなければ許さなくていいと思うよー」と言うので、「アスラク様に言われないと謝れない人たちを、許したくはない。私はアスラク様と一緒になるから、もう関わらないでほしい」とだけ告げ、家を出た。
続いてアスラクはマリカの母方の実家に行き、「マリカを養女にしてほしい」と相談を持ちかけた。
これにはマリカも納得しているし、叔父もいつかマリカを引き取りたいと思っていたようなので、快く受け入れてくれた。
祖父母も叔父もまさかマリカが伯爵令息に見初められるとは思っていなかったようだが、「幸せになってきなさい」と送り出してくれた。
アスラクによってマリカの籍はハットネン男爵家から引っこ抜かれて叔父の養女となり、間もなく男爵家は没落した。これに関してはアスラクは本当に何もしていないようで、「なるべくしてなったみたい」と言っていた。
マリカの身分はただの商家の娘になったが、汚名まみれのハットネン家の名を負うよりずっとましだ。
またシルヴェン伯爵夫妻の知人がマリカの後見人になると申し出てくれたようで、伯爵令息との結婚も問題なく迎えられることになった。
そうして嵐のような求婚劇から一年経った、マリカが十九歳になった年の春。
マリカはシルヴェン伯爵令息と結婚して、次期伯爵夫人となった。
活発で想像力豊かなマリカは伯爵家の面々からも気に入られ、特に義姉には「アスラクをもらってくれて、本当にありがとう。変だけどとても優しい子だから、よろしくね」と礼まで言われた。
彼女は自由人な弟が果たして結婚できるのかどうか気にしていたようだが、それを見たマリカの夫は「姉上だって十分、型破りなのになぁ」と、甥を抱っこしながらぼやいていた。
後にアスラクは騎士団を辞めて、引退した父の跡を継いでシルヴェン伯爵となり、清廉潔白な貴族の当主となった。
その妻となったマリカは「身分差を乗り越え、運命的な出来事によって結ばれた夫婦」として社交界で噂になるものの、平民上がりの夫人らしく慎ましく目を伏せ、黙って夫に寄り添っていることが多かった。
だが自邸に帰った二人はそれまでの堅苦しい仮面を取っ払い、ワイングラス片手に夜空を見て、「『腰痛で苦しむおじさん座』は、今日もきれいだね」「あら、あっちに『煉獄の鬼神座』があるわ」「え、どれどれ!?」なんて言葉を交わしていたという。
アスラクの恋編完結です。
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