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私の婚約者は、根暗で陰気だと言われる闇魔術師です。好き。  作者: 瀬尾優梨
私の婚約者は、清廉潔白だと言われる伯爵令息です。好き。
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8 マリカの答え

 シルヴェン伯爵邸の庭では、ちょっとした諍いが勃発していた。


「結婚!? なぜ!?」

「僕とあなたなら、最高の人生のパートナーになれると思ったからです!」

「無理無理無理無理、無理です! 私、そんな人間じゃないです!」

「僕から見たあなたは、想像力豊かで賢い素敵な女性ですけど?」


 アスラクは、「何を言っているの?」とばかりにきょとんとしている。

 彼にがっちり手を握られたまま、マリカは焦っていた。


(ど、どうしよう!? なんでこんなことになったの!?)


 伯爵令息を死なせるまいと来たはずなのに、なぜその伯爵令息から求婚されているのだろうか。


「あ、あの、アスラク様」

「はい、アスラクです!」

「こういうのは、ノリと勢いで決めるものではないと思います」


 おそらくアスラクはマリカが捜し人だと分かりテンションぶち上げ状態になり、よくも考えずに発言してしまっているのだろう。


 二つも年上の伯爵令息にこのようなことをするのは失礼と分かっているが、マリカは正論をもって彼を諭すことにした。


「アスラク様は、シルヴェン伯爵家の次期当主です。その婚姻相手となれば、もっと慎重に精査するべきなのではないですか?」

「やー、別にそんなことないですよ? 僕の姉だって、その場のノリと勢いで結婚を決めたようなものみたいですし」

「そうなのですか……?」

「あと両親も、僕が『この絵を描いた人と結婚したいです』って言っても許してくれたんですし」

「そんなことは――見せたのですか!?」


 聞き捨てならない言葉にマリカが目を見開くと、アスラクはきらっきらの笑顔で「見せましたとも!」と言った。


「僕が初恋の女性からもらった、大切な贈り物ですからね!」


 贈った覚えはない。


「あ、ご安心ください。あなたの絵は、ちゃんと額縁に入れて僕の部屋に飾っていますよ」


 飾らないでほしい。


「両親としては、僕の気持ちが一番とのことでした。あとはまあ、政敵じゃなければいいと」

「……そ、そう! それです!」


 断る口実が見えたため、マリカはずいっとアスラクに詰め寄った。


「私の実家であるハットネン男爵家は、三年前にシルヴェン伯爵家があらぬ誹謗中傷の的になったときにも率先して揶揄しておりました。そもそも我が家はビルギッタ元王女と懇意にしておりましたし、シルヴェン伯爵家からすると完全な敵と言って間違いないでしょう」


 実家のネガティブアピールをするのは滑稽かもしれないが、これなら十分な材料になるだろう。

 だがアスラクは「大丈夫です!」と真面目な顔で言った。


「両親が警戒するのは、『政敵となる家』です」

「はい……」

「ハットネン男爵家がシルヴェン伯爵家の政敵になるほどの脅威だとは、思っていないので」


 全く以て、そのとおりだった。

 ……この青年、明るくて朗らかな性格のようだが、やはり貴族としての強かさを持っているようだ。


 それもそうだとマリカが逆に賛同していると、アスラクは「それに」と、眼差しを柔らかくした。


「……僕も姉も、知っていますよ。マリカ・ハットネン嬢。あなたは三年前、父が投獄され母も倒れ孤軍奮闘していた僕たちのもとに、手紙を送ってくださいましたよね?」


 ……マリカの目尻が、じわっと熱くなった。

 覚えていて、くれたのだ。


「……私の手紙なんかでは、何にもならなかったでしょう」

「確かに物理的な助けにはならなくても、僕たちの希望の光となってくれました。僕たちのことや父の無罪を信じてくれている人は、確かに存在する。僕たちは決して、孤独ではない。……そう思わせてくれたのですから」


 アスラクがまっすぐな瞳で言うので、マリカはつい耐えきれず、目尻からぽろりと涙をこぼしてしまった。

 拭いたいのに、アスラクに手を取られたままなので流しっぱなしにしかできない。


「ね? あなたは十分、素敵な人なんです。……逆境にあろうと己の信念を強く持ち、常識の枠にとらわれない自由な発想を持つあなただから、僕はお嫁さんにしたいと思ったのです」


 そう言ってアスラクはマリカの手を離し、右手の人差し指で頬を流れる涙をそっと拭ってくれた。


「それに僕、こうやってやりとりをしている間にもますます、あなたのことが好きになっていったんです」

「えっ……なぜ、ですか?」

「そうですね……さっきあなたは僕に、ノリで求婚するなみたいなことをおっしゃいましたよね?」


 アスラクは涙で頬にくっついていたマリカの髪をそっと払いのけ、にっこりと笑った。


「僕って母や姉によく言われるんですが、黙っていれば格好いいのにしゃべると残念になるみたいなんですよねぇ。立てば騎士様笑えば貴公子、口を開けば十歳児、ってね!」

「は、はぁ」

「だから社交界とかでもなるべく黙って、遠くを見て暇つぶしをしたりするしかなかったんです」

「暇つぶし……」

「この前は夜会の途中で抜け出して星空を見ながら、『漆黒の堕天使座』を探していました。僕のオリジナル星座です」


 ……悔しいがマリカにもその気持ちはなんとなく分かったし、『漆黒の堕天使座』がどれなのか非常に気になる。


「でもあなたと話をしていると僕は自然体でいられるし、もし僕が変なことをしそうになってもあなたなら、ちゃんと叱ってくれるだろうなぁって思ったんです」

「わ、私なんかがアスラク様を叱るなんて……」

「でもさっき叱ってくれたでしょう?」

「それは……」

「さっき言った『ビビッときた』ってのは、このことなんです。あの絵を通して、あなたの人となりが分かった。あなたと一緒なら、僕はずっと笑っていられるし、伯爵としても頑張っていける。……そう思ったんです」


 アスラクは照れたように笑って、頭を掻いた。


「……まあ、僕の一方通行の恋だとは分かっています。それに僕だってあなたを困らせたいわけではないのだから、無理は言えません。ただ……せめて僕たちがそれぞれ伴侶を見つけるまでは、こうしてあなたと冥府の三頭犬とかについて語る仲でありたいと思っています。その許可さえもらえたら、僕は十分幸せですよ」


 ……非常に悔しいが、冥府の三頭犬が何なのか、まことに気になる。


 だがまずは、言わないといけないことがある。


「……一方通行では、ありませんよ」

「えっ」


 息を呑むアスラクの手にそっと触れ、マリカは微笑んだ。


「私も……きっと、あなたのことが好きです。私の描いた絵をあんなに目を輝かせて見て、褒めてくれて……また会いたいと思ってくれて、本当に嬉しかったのです。そして叶うことならもう一度、あなたの目が輝くところを見たい、と思っていました」


 ひょっとするとこの感情は、アスラクが自分に向けるものとは全く重さが異なるかもしれない。

 だが少なくとも、マリカはアスラクのことを嫌うどころか、好ましく思っている。

 彼の素顔を、もっと見せてほしいと思っている。


「その……だ、だから、ですね」

「う、うん」

「……果樹おっさんの絵を描くくらいしか能のない私ですが……実はこれでも、頭の中ではいろいろ奇抜な空想をしているのです」

「お、おおっ!?」

「それから、あなたが探した漆黒の堕天使座がどれなのかを知りたいし……私が以前見つけた、『中にものが全然入りそうにない壺座』もご紹介したい」

「何だって……!?」

「こんな私でよければ、結婚してください」

「結婚しよう!」


 アスラクは感極まった様子で叫ぶと、ぱっと両腕を広げ――たところで我に返ったようで、照れくさそうに笑った。


「っと……いくら嬉しいからって、いきなり抱きしめたりしたらいけないですね。マリカ嬢、抱きしめてもいいですか……?」

「は、はい。嬉しいです」

「僕もですっ!」


 言うが早いか、アスラクはマリカをぎゅっと抱きしめた。

 大柄な彼が飛びつく勢いでハグしてきたので痛みが生じることも覚悟していたのだが、その抱擁は勢いが嘘のように優しかった。


(……私、この方となら一緒に歩いていけるわ)


「……ありがとうございます、アスラク様」

「こちらこそ、ありがとうございます! 一緒に幸せになりましょうね!」

「はい……!」


 二人は夕暮れ時の庭で、くすくす笑った。


 ……そんな二人は気づかなかったが、マリカの背中にくっついていた小さなものがぽろっと落ちた。

 それは黒い小さなゼリー状のもので、それはぴょっこぴょっこと跳ねて移動して、物陰の方に消えていってしまったのだった。













「……そういえば、アスラク様。あの絵についてですが」

「果樹おっさんの絵のこと?」

「はい。それ、すぐに処分してください」

「ええっ!? 永久保存版のつもりなのに……」

「あんなのが飾られているなんて、恥ずかしくて……」

「……じゃあ額縁から外して、僕だけが見られるようにするのならいいですか?」

「……そうしてください」

「やった! よかったらまた新作、描いてくださいね!」

「……その、気が向けば」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 漆黒の堕天使座と中にものが全然入りそうにない壺座が、気になり過ぎる…w
[良い点] いろいろツボに来て大好きです!
[一言] 〉中にものが全然入りそうにない壺座 やだ好きです。
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