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私の婚約者は、根暗で陰気だと言われる闇魔術師です。好き。  作者: 瀬尾優梨
私の婚約者は、清廉潔白だと言われる伯爵令息です。好き。
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7 その絵にビビッときたから

「……お久しぶりでございます、アスラク・シルヴェン様。私はハットネン男爵家の次女である、マリカと申します」

「……えっ、ご令嬢?」


 さしものアスラクも、驚いたようだ。

 まさかこんな地味なワンピースで化粧っ気もない小娘が男爵令嬢だったなんて、予想もしていなかったのだろう。


 だが彼は「それは大変失礼しました!」とお辞儀をして、自分の胸元のタイの乱れをさっと直した。


「ようこそお越しくださいました、ハットネン男爵令嬢。……あれ? お久しぶり、というのは?」

「……」


 どう答えようかマリカが迷っていると、アスラクは「もしかして」と杏色の目を瞬かせた。


「……僕が名前も知らない令嬢を捜していると聞いて、お越しになったのですか?」

「はい。その令嬢に会えなくてアスラク様が体調を崩されていると、聞いたもので……」

「え? ああ、それなら大丈夫。というか僕、体調なんて崩していませんからね」

「そうなのですか?」


 そんな気はしていたが問うと、アスラクは笑顔でうなずいた。


「確かになかなか見つからないのは気懸かりでしたが、だからといって倒れるほど僕はヤワじゃないです。令嬢の方が僕との再会を望んでいない可能性も十分あるのだから、見つからないのならもう仕方がないと受け入れるつもりでした。……ただこの前、騎士団での訓練中にちょっとドジをしてしまい医務室に運ばれたので、もしかすると誰かが勝手に原因と結果を結びつけたのかもしれませんね」


 ……そういうことだったのか。


(じゃあ捜し人が現れなくても、アスラク様がはかなくなられることはない、と……)


 なるほど、と理解したマリカは、きりっと顔を上げた。


「ありがとうございました、アスラク様。では、私はここで……」

「待って待って!? まだあなたの用件を聞いていませんよ!?」

「もう用事は終わりました!」


 なんてこった、とばかりに声を上げるアスラクだったが、マリカは必死に言い返して後じさった。


 マリカが今日、無礼を承知でここに来たのは、アスラクを死なせるわけにはいかないからだ。

 彼に死なれる前にあの日のことを教えなければ、と思ってやってきたので、アスラクが健康そのものならば任務完了である。


 急ぎ門の方に向かおうとするマリカだったが、アスラクは驚くべき早さで回り込んでマリカの前に立ち塞がった。


「すみません! こういうのは失礼だって分かっていますが、ちょっと止まってくださいね!」

「しかし……!」

「僕から一つだけ質問するので、それに正直に答えてください。……あのガーデンパーティーの日に、あなたが描いていたのは何の絵ですか?」


 ……もう、彼は全て分かっているのではないか。

 泣きたくなりながら、マリカは唇を引き結んだ。


 ここでマリカが「きれいなお花の絵です」と言えば、アスラクは自分を帰してくれるだろうか。

 ……いや、「正直に」答えるように言ったのだから、嘘だとばれたら伯爵令息に対して無礼な振る舞いになる。


 もう十分無礼な振る舞いをしているという自覚はあるが、これ以上の恥は重ねられない。

 それに――


(私、もっとこの方の瞳を見ていたい)


 マリカの絵を見てはしゃいでいた、アスラク。

 あの瞳の輝きを、あの声を、また拝めるのなら――


「……果樹の下の地面に男性が埋まっている絵です」

「……ああっ!」


 マリカが震えながら真実を告げると、アスラクはぱあっと満面の笑みになってマリカの両手をがっしり握った。


「やっぱり、あなたがあのときのお嬢さんだったのですね!」

「……申し訳ございません。お見苦しいものを描いて……」

「いやいや、あのときも言ったと思うけれど、僕はあなたの描くおっさんの絵にいたく感動したのです!」


 マリカを逃がすまいと手を握るアスラクの目は、きらきら輝いている。

 ……それははからずもマリカがもう一度見たいと思っていたもので、つい息を呑んで見惚れてしまった。


「僕って実は、おもしろいものが大好きなんですよ。でもこれでも伯爵家の跡継ぎですし、多くの人にとって僕の趣味は幼稚に思われるようなものだと分かっています。だから人前では隠していたのですけれど……あなたのあの絵にはビビっときました!」

「ビビッと、ですか」

「そう! さすがの僕でも、果樹の下におっさんが埋まっているなんて思いもしませんでした! そんな柔軟で自由な発想ができるなんて、あなたはとても素敵な女性です!」

「すっ……私が、ですか?」

「そう!」

「……私、何の役にも立たない、悪評まみれの男爵家の娘ですよ」

「えっ、それと果樹おっさんのセンスは関係ありますか?」


 多分、ない。


 マリカが言いよどんでいると、アスラクはとてもいい笑顔になった。


「いやぁ、まさか一ヶ月も経ってから再会できるなんて! 今日は午後から仕事を休んでいて、よかったですよ!」

「そうですか……」

「ということで、マリカ・ハットネン嬢」

「は、はい」

「結婚しましょう!」

「……え?」


 かー、とどこかの空で、カラスが鳴いた。

似たもの姉弟

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