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私の婚約者は、根暗で陰気だと言われる闇魔術師です。好き。  作者: 瀬尾優梨
私の婚約者は、清廉潔白だと言われる伯爵令息です。好き。
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6 伯爵令息の危機?②

黒い人(二十六歳・一児の父)の友情出演

 今更その事実に気づいたマリカは肩を落とし、きびすを返そうとしたが――


「わっ!?」

「……これは失礼」


 何かにぶつかってしまった。

 どうやら自分の後ろに、誰かがいたようだ。声からして、年配の男性だろうか。


「いえ、私こそ失礼――」


 慌てて後退して相手の顔を見ようとしたマリカは、ぎょっとした。


 マリカがぶつかったのは、上から下まで黒ずくめの男性だった。

 黒いもさもさした髪に、ぎょろっとした灰色の目。黒いコートを着たその姿はかなり長身だが痩せており、顔も土気色なので幽鬼か何かに思われた。だが、ひび割れた声にしてはそこまで年老いてはいないようだ。


「……」

「……」

「……あの、すみません。ぶつかりました」

「お気になさらず。……あなた、ここに用事があったんですか?」

「え? ……はい」

「誰に用事ですか?」

「その、アスラク・シルヴェン様に……」

「……なるほど」


 男はぎょろっとした目でマリカをじろじろ見てからその脇を通り過ぎ、門の方に行ってしまった。


 明らかに怪しい身なりの男だが、彼が何かを言うと門番たちはすぐに開門していた。そして男は振り返り、マリカに向かって手招きした。


「来なさい、今なら入れます」

「えっ? しかし私は……」

「入らないなら閉めます」

「い、行きます!」


 男は今にも門を閉めそうだったので、このチャンスを逃すまいとマリカは男について急ぎ門をくぐった。

 門番たちはちらっとマリカを見たが、「……まあ、レジェス様がいいのなら」とぼやいて、見逃してくれた。


 男はさっさと玄関の方に歩いて行くので、マリカは彼の後を必死に追いながら声を掛ける。


「あの! 入れてくださり、ありがとうございました!」

「私は何もしておりません。というかあなた、アスラク殿に何の用なのですか」


 こちらを見ることなく男に問われたので、マリカは内心驚いていた。


 どう見ても貴族には見えない男だが、彼はあっさり門の中に入ったし伯爵令息のことを「アスラク殿」と気さくに呼んでいる。


(この方は? ……あれ、そういえばこのコートは確か、王国魔術師団の制服……?)


 魔術の才能を持って生まれる者たちは魔術師を名乗ることができるが、ハットネン男爵家にも母の実家にも、魔術師は一人もいない。当然マリカも魔力を持たないし、それは義母や義姉も同じだった。


 だから魔術関連には疎いのだが、それでも男のコートに描かれた紋章には見覚えがあった。あれは王国魔術師団員の証しで、しかも黒ということは闇魔術師。


(……あっ! もしかして――)


「あなたは、リュ――」

「私の質問に答えなさい。……まあ、もしあなたがアスラク殿に危害を加えるつもりだとしても、無駄ですがね」

「えっ」


「あなたは、リューディア様のご夫君ですか」と、思い出した情報を確かめようとしたマリカだったが、男にじっと見つめられたため固まってしまう。


「あなたが悪さをしようと企めばその瞬間、私があなたに施した闇魔術が発動します。……ククク。さて、どのような効果が発動するのか……」

「……あれー? 義兄(あに)上じゃないですか!」


 男が笑いながらマリカを脅していると、明るい声が聞こえてきた。この声には、聞き覚えがある。


 男の長身で遮られて隠れて見えないが、玄関の方から誰かがやってくる足音がした。


「お久しぶりです! 姉上は元気ですか?」

「……お久しぶりです、アスラク殿。私は今、あなたに会いに来たという小娘と話をしているのですが」

「えっ、僕に用事?」


 振り返った男が応じると、ひょっこりと金髪の青年が顔を覗かせた。


 ――どくん、とマリカの心臓が高鳴る。


 金髪に杏色の目。間違いなく、アスラク・シルヴェンだ。

 が……。


(……思ったよりも元気そう?)


 噂では捜し人に会えないショックで体調を崩しているとのことだったが、黒髪の男と並ぶ彼は至って元気そうだ。


 アスラクに見つめられたマリカがついさっと視線を落とすと、近くで黒髪の男がため息をつく音が聞こえた。


「はぁ……用事があるなら、さっさと言いなさい。あと、アスラク殿。私はリューディアに言われてものを取りに来たのです」

「あ、そうなんですね。リッくんは元気ですか?」

「とても元気で、あなたが押しつけてきたわけの分からない道具を解体して遊んでおります。将来はきっと、素晴らしい研究者になるでしょう」

「それはよかったです! あ、こちらの方は僕に用事があるっぽいですし、義兄上は中へどうぞ」

「……そうします」


 男はそれだけ言うと、マリカには一瞥もくれずにさっさと屋敷に入ってしまった。

 アスラクはそんな男の背中をなぜかきらきらした目で見てから、マリカの方に視線を向けた。


「それで、ええと……お嬢さん? 僕に用事って、何かな?」

「……あ、あの、このような格好で申し訳ございません! いきなり押しかけて、その……」

「大丈夫、僕はそういうのあんまり気にしないから、もっと気を楽にして!」


 ね、とアスラクに優しく言われて、マリカは恐る恐る顔を上げた。


(……きれいな、目)


 そうしてまず、アスラクの瞳に目を奪われた。


 夕焼け時の日光を浴びるアスラクの目は、輝いていた。

 清廉潔白でクールな孤高の令息、のような呼ばれ方をしているが、今の彼は年相応――よりむしろ若干幼ささえ感じられる、生き生きとした目をしていた。


 こんなみすぼらしい格好で、しかもいきなり押しかけてきたマリカを叱ったり追い払ったりせずにちゃんと話を聞こうとしてくれる姿に、マリカは――胸が、震えた。

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