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私の婚約者は、根暗で陰気だと言われる闇魔術師です。好き。  作者: 瀬尾優梨
私の婚約者は、清廉潔白だと言われる伯爵令息です。好き。
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1 不遇な男爵令嬢①

いつも闇ワカメのお話を読んでくださり、ありがとうございます。

ここからは、リューディアの弟であるアスラクの恋のお話になります。全9話です。

最初は相手の女の子のおうちの話があり暗いところもありますが、アスラクが登場してからはなんとかなります。

 マリカ・ハットネンは、ハットネン男爵家の次女である。だが、元々彼女は男爵夫妻の長女として生まれた。


 マリカが八歳のときに、母が病没した。

 喪が明けるか明けないかという頃に、父がマリカの知らない女性と女の子を屋敷に連れて帰った。


「マリカ、今日からおまえの母と姉となる人たちだ。ご挨拶なさい」


 父にそう言われた黒いワンピース姿のマリカは、母が作ってくれたうさぎのぬいぐるみを抱えたまま呆然と、玄関に立つ三人を見ていた。


 父は、再婚相手を連れてきた。

 母よりもかなり若いと見える女性はたおやかな雰囲気で、彼女に手を取られた女の子は母親譲りのはっとするような美貌を持っていた。


「ハンネレは、私の古い友人だ。ヴェルナはその娘で、マリカの一つ上だから姉になる。仲よくするように」


 父はそう言うが、母が死んで間もないというのに相談もなしに義母と義姉ができるなんて、幼いマリカには受け入れがたかった。


 だが、当主である父が「再婚する」と決めたのだから、マリカには反対できなかった。










 義母のハンネレと義姉のヴェルナは、どちらもなかなか手強い女性だった。


 ハンネレは「わたくしのような者が、旦那様に拾っていただけるなんて……」と遠慮がちで慎ましい感じではあったが、母の部屋をさっさと自分用に作り変えて父にドレスを何着もねだっている。


 ヴェルナは「私はこれまで平民として暮らしてきたから、マリカのいいお姉さんになれるか分からないわ」と最初こそ低姿勢だったが、やがて「姉」として振る舞うコツに気づいたようだった。


 ハンネレもヴェルナも人心掌握術に長けていたと気づいたのは、マリカが十二歳になった頃のことだった。

 だが、「きっと屋敷の皆は、私の味方でいてくれる」と信じ、義母や義姉が屋敷に慣れるまで自分は引っ込んでいよう、と思っていたマリカが気づいたときには既に、屋敷は義母と義姉のものになっていた。


 父は義母に甘く、その義母にそっくりな義姉のことも溺愛した。

 マリカが少しでもおねだりをしようとすると、「ヴェルナはこれまで寂しい思いをしてきたのだから、お姉様に譲ってあげなさい」と、優しく――だが有無を言わせぬ響きで、姉を優先させた。


 義母は若い頃に夫に捨てられ、娘と一緒に慎ましく生活していたところを父に見初められたという。

 まるで物語に出てくるような素敵な恋物語のようだが、マリカは十五歳になる頃には、この恋物語の真実に気づいていた――否、ヴェルナがあっさり真実を口にしたのだ。


「私は、お父様とお母様の本当の子どもなのよ。お父様は元々、お母様と恋仲だったの。でも酒場の娘だったお母様では男爵家に嫁げないから、泣く泣く適当な商家の娘を男爵夫人にした。そうして生まれたのが、あなたよ」


 姉妹だけのお茶の時間にヴェルナはなんてことなさそうな表情で言い、マリカを凍り付かせた。


「だからお父様は邪魔――あら、口が滑ったわ。まあとにかく障害もなくなったことだし、お母様と私を迎えに来てくださったの。素敵な話でしょう?」

「……そんな」


 カップを下ろしたマリカが震える声でつぶやくが、ヴェルナはにっこりと笑った。


「本当よ。……私の顔はお母様似で、髪とはお父様似なの。お父様もよく、言ってくださるわ。マリカと違ってヴェルナは自分にそっくりだから、いっそう可愛らしいと」


 確かに、マリカは母に生き写しだとよく言われている。

 赤みがかった茶色の直毛や青色の目、顔立ちはどれも母の若い頃と同じらしく、母方の祖父母からはたいそう可愛がってもらっていた。


 一方のヴェルナは父と同じ銀色の巻き毛に、深緑色の目を持っている。目尻がつり上がっているところや小さな唇は義母譲りで――マリカよりずっと、父の面影が濃い見目を持っていた。


(もしかしたら、とは思っていたけれど……)


 マリカとて、馬鹿ではない。

 母に対しては素っ気なかった父が義母や義姉にはめっぽう弱いことにも、父と義姉の髪と目の色が同じであることにも、気づいていた。

 そして屋敷の使用人たちの噂話から、父と義母が二十年近い仲であることも知っていた。


 ……だが、きっと気のせいだ、と自分に言い聞かせていた。


 太陽のように明るくておしゃべりだったマリカの母こそがハットネン男爵夫人で、ハンネレはあくまでもその後釜になったよそ者である。ハンネレの元夫が父にそっくりだっただけで、父とヴェルナに血縁関係はない。


 だから、何も不安に思うことはない――そう、信じたかったのだ。


 だが、違った。

 ヴェルナは、父が母と結婚するよりも前にハンネレとの間に作った子どもだった。

 邪魔な母が消えたから、父は意気揚々とハンネレとヴェルナ……本当に愛する家族を迎えに行ったのだ。


 ヴェルナは唇を噛んで黙るマリカを満足そうに見つめ、「いいこと、マリカ?」と人差し指を立てて身を乗り出してきた。

 ――ぞっと、背筋が凍り付いた。


「私たちは、本当の姉妹だったの。そうして私たちはこうして、巡り会うことができた。……これはきっと、神様の思し召しよ。だから私たちは協力して、ハットネン男爵家を支えていかないといけないの」

「思し召し……?」

「そう。あなたももう十五歳なのだから、そろそろいい話が来るかもしれないわね」


 ヴェルナは機嫌よく言い、紅茶を口に含んだ。


(神様の、思し召し? お母様が高熱で苦しんだ末に亡くなって、すぐにお父様がヴェルナたちを引き取ったのも――神様がそのように、お命じになったからだとでもいうの……!?)


 母を侮辱された怒りで椅子から身を乗り出しそうになったが、なんとか堪える。


 ……ヴェルナは、マリカのことをよく分かっている。


 彼女はこの六年間で、「いいこと、マリカ?」と神妙な顔でマリカに迫ることで、マリカや周りの者たちを操る術を身に付けた。


 彼女はまるで「我が儘で不出来な妹を優しく諭す、愛情深い姉」であるかのように振る舞う。屋敷の中だけでなく、人前でもパーティー会場でも、ことあるごとに「いいこと、マリカ?」とささやいてきた。


 ヴェルナは、頭がいい。彼女はマリカが反論できないと分かった上で、迫ってくる。

 案の定マリカが黙ると、それを見ていた周りの者たちは「さすが、ヴェルナ嬢」「厳しくも優しい姉君ですね」と義姉を褒める。


 最初の頃は社交界でも腫れ物に触れるような扱いをされていた義母と義姉はこの数年で、皆の信頼を得るに至った。

 ――マリカを踏み台にすることによって。


 最初の頃はいちいち反抗していたマリカも、言い返すのをやめた。

 言い返せば三倍返しされるだけなのは学習しているから、余計なことを言わないでじっとやり過ごす方がましだ。


 ……だからか、マリカは頭の中で空想にふけることが多くなった。


(ヴェルナの飲んでいる紅茶には遅効性の毒が入っていて、半日後から苦しみだし、夜には身悶えするほどの吐き気を催し、朝までゲロゲロ吐きまくる……)


 妹を言い負かしてご満悦らしいヴェルナの顔を見ながら、マリカはそんなことを考えていた。


 マリカは男爵令嬢だが、決しておとなしくて引っ込み思案で繊細な深窓の姫君ではない。

 母が活発だったこともあり幼少期には母と一緒にあちこち出向いていたため、それなりに俗な考え方をするしはしたない発想だってするようになった。


 義母は冷めた顔であさっての方向を眺めるマリカを見て、「何を考えているのか、分からない子」「わたくしがもっと、しっかり面倒を見てあげていたら……」と自己憐憫に浸って皆の同情を集めているが、そのときのマリカは「早くこのおばさんの顔が皺まみれになればいいのにな」と考えていたりする。


 そうでもしないと、この屋敷で生きていけなかった。

登場人物


・マリカ

空想好きな男爵令嬢

・アスラク

黙っていれば格好いい伯爵令息

・ヴェルナ

ろくでもないマリカの異母姉

・なんか黒い人

いずれマリカが出会う謎の人物

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「紅茶に毒がー」でちょっとクスッとして「顔が皺だらけになればいい」で吹き出しました( *´艸`) マリカちゃんとアスラクくん、もうすでに最強カップルになっちゃう要素アリアリですね♪ 更新も…
[一言] マリカの父親が男爵で母親が商家の娘なら、父親が男爵なら母親の商家の実家は下手な貴族よりお金がある可能性があるのでは? あと相続の話をするなら母親の財産は娘のマリカが引き継ぎ、後妻とその娘には…
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