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闇魔術師は、お泊まりをする③

 プレゼントを渡してイチャイチャした後で、二人は寝支度をすることになった。


 リューディアに案内されて二つ隣の部屋に向かうと、そこにはレジェスが持ってきていた手荷物が先に到着しており、シーツなどもきれいに敷かれていた。


「今晩はここを使ってね。何かあればそこにあるベルを鳴らせば、すぐに使用人が来てくれるわ」

「何から何まで、ありがとうございます」

「気にしないで。それから、お風呂だけれど……」

「はいはーい! ここは僕がご案内しまーす!」


 バァン、とドアを開けて廊下に飛び出してきたのは、アスラク。

 一足先に部屋着姿になっていたアスラクは、満面の笑みで姉とその婚約者を見つめてくる。


「義兄上をお風呂までご案内するから、姉上は自分で仕度をしてきてよ。ていうか絶対に姉上の方が時間が掛かるし、先に行っておいたら?」

「そ、それもそうね。ごめんなさい、レジェス。私、お風呂に入って髪を乾かすまで一時間以上掛かるのよ……」

「いえ、それも当然のことでしょうし、お気になさらず」


 レジェスは首を横に振った。

 基本的に男性より女性の方が身だしなみ関連に時間が掛かるものだし、リューディアは髪が長いのであれを完全に乾かすまでかなり時間が掛かるのも仕方のないことだ。


 もしレジェスが炎属性だったら、優しい熱風で髪を乾かしてあげられるのだが、残念ながらレジェスの才能をもってしても、闇魔術で髪を乾かすことはできなかった。


 そういうことでリューディアがメイドたちを連れて浴室に向かったのを見送り、ワンテンポ遅れてレジェスも別の浴室に行くことになった。


「そういえば義兄上は、他人に体を洗われることに抵抗はありますか?」

「……はい?」


 寝間着用の私服を抱えたレジェスに、アスラクが無邪気な様子で問うてきた。

 レジェスは一瞬絶句したが……そういえばここは名門貴族の屋敷なのだと思い出した。貴族であれば、入浴にも人の手を借りて当然だ。


「抵抗……あり、ますね」

「あ、ですよねー。いやいや、気にしなくていいですよ。僕だって毎日洗ってもらったのは子どもの頃で、今は式典前くらいですから」


 アスラクはなんてことなさそうに言うが、いくら日頃は自分で洗っていても式典などの前では人の手を借りるのか……と複雑な気持ちになった。


 浴室の前には使用人がいたが、アスラクが「ご本人でなさるそうだから、後はいいよ」と言うと一礼して、浴室の使い方だけ説明して去って行った。


 アスラク曰く、「母上や姉上が使われる浴室は、もっと広いんですがねぇ」とのことだが、レジェスが案内された浴室も十分広かった。間違いなくここだけでも、宿舎にあるレジェスの自室より広い。


「……リューディアは、体を洗われることに慣れているのですね」


 レジェスが呟くと、湯船に手を突っ込んで温度を確かめていたアスラクが振り返った。


「え? まあ、そうですね。ほら、女性は髪が長いので一人で洗うのは効率が悪いですし」

「……。私と結婚して、リューディアの生活環境が大きく変わったら……申し訳ないです」


 レジェスとリューディアは結婚後、伯爵領にある田舎町の屋敷で暮らすことになっている。そして、リューディアは伯爵家から籍を外してケトラの姓を名乗り――実質、平民になる。


 屋敷にはたくさんの使用人を雇うそうだが、どうしても今の生活よりも水準は落ちてしまう。

 レジェスは金ならいくらでもあるので、リューディアのためなら惜しまず使うつもりだが――それでも、リューディアに不便な思いをさせてしまうのではないかと思うと不安になる。


 レジェスを見たアスラクは湯で濡れた手をぴぴぴっと払い、顔を覗き込んできた。


「うーん……そういうの、心配ご無用だと思いますよ?」

「そうでしょうか」

「だって姉上のことなら、義兄上と一緒に暮らせるなら洞窟だろうと掘っ立て小屋だろうと受け入れそうですもん」

「それはだめでしょう!?」

「そりゃそうですけど、姉上なら『せっかくだからこの洞窟を住みやすく改造しましょう!』とか言いそうじゃないですか?」


 とても言いそうである。

 そしてきっと改造に改造を重ねて、凄まじく居心地のいい新感覚住居に進化してしまいそうである。


 アスラクはクスクス笑い、レジェスの背中をそっと叩いた。


「大丈夫ですよ。……ただ豪華なだけの寂しい屋敷より、小さくても義兄上の愛情にあふれた家の方が、姉上はきっと幸せになれますから」

「アスラク殿……」

「ということで! お湯加減もいい感じでしたし、ささっと浸かってきてください! あっ、あそこにあるの僕のお気に入りの石けんなので、遠慮なく使ってくださいね!」


 そう言って、アスラクは足取りも軽く去って行った。

 そんな青年の背中に、八年近く前にお気に入りの石けんを貸してくれた少女の姿が重なった気がした。












 魔術師団の宿舎では到底味わえないような立派なバスタブによるリッチな入浴を堪能して、レジェスは部屋に向かった。

 レジェスのもさもさの髪は、湯上がりだからかいつもよりはしんなりしてくれている。この髪質には昔から悩まされてきたが、案外乾きが早いことだけは利点だった。


 使用人に聞いてみたが、リューディアはまだ髪を乾かしている途中らしい。急がなくていいからゆっくり乾かすようにと言付けて、レジェスは部屋のベッドに寝転がった。


 一人用ベッドはふわふわの寝心地で、見上げた天井にはシミ一つない。

 宿舎の天井も、これほどまできれいではないし汚れもあるが――王国魔術師団員になる前は、もっとひどい環境で寝泊まりしてきた。


 浮浪者同然の生活をしてきた子どもが、よもや伯爵令嬢の夫になるとは。かつては馬小屋や納屋で息を潜めて寝ていた少年が、こんなきれいな場所で眠れるようになるとは。


 目を閉じ、あれこれ物思いにふけっていたレジェスだが――ドアが控えめにノックされたため、慌てて飛び起きた。


「失礼します、ケトラ様。お嬢様のお仕度が済みました」

「あ、ありがとうございます。すぐに行き……あ、いえ、伺ってもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。……お嬢様は、ケトラ様からもらうものがあるのだ、と照れたお顔でおっしゃっていましたよ」


 まだ若そうなメイドに意味深に言われ、レジェスはしばし考え込んだが――思い出した。


 リューディアは先日、おやすみとおはようのキスをしてほしいとおねだりしてきたのだ。

 それを思うとかっと頬が熱くなりうつむくレジェスだが、メイドは特に気にした様子もなく彼をリューディアの部屋に案内した。

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