闇魔術師は、お泊まりをする②
イチャイチャイチャイチャ。
年が明けた、数日後。リューディアの誕生日当日。
仕事をさっさと終えたレジェスは自室に戻り、リューディアへの誕生日プレゼントやお泊まりの準備をすることにした。
今日この日のために選んだプレゼントは、シルバーのネックレスだった。
以前リューディアが、「私ってそそっかしいみたいで、ブレスレットをよく引っかけて壊してしまうのよね……」と言っていたのを、レジェスはきちんと覚えている。
そしていろいろ考えた結果、リューディアのすんなりとした美しい胸もとにぴったりなネックレスを購入した。
繊細な銀鎖の先には、小指の先で突いたくらいの大きさの宝石が嵌まっている。
宝石の色は、明るい夕焼け雲色。いつもレジェスを真っ直ぐ見つめる杏色の目に一番似ているものを選んだ。
とにかく上質なものを、と思ったので、ネックレスだけでかなりの金額がした。だが金だけは無駄にあるレジェスにとっては、痛くもかゆくもない出費だった。
箱もラッピングしてもらったが、せっかくなのでリボンの部分に特殊加工をした薔薇の花を添えることにした。
花びらの色は、黒。
一部の国では黒薔薇は縁起が悪いものとして忌み嫌われるそうだが――少なくともセルミア王国では普通に受け入れられており、しかもなかなか素敵な花言葉もあるそうなので一緒に贈ることにした。
棘もきれいに落とされた薔薇の花をそっと差し込み、万が一にでも箱を潰さないようにそれごと大きめの箱に二重に入れた。
続いて、お泊まりに必要な道具の準備だ。
といっても伯爵家に大抵のものはあるので、持参するべきなのは衣類くらいだ。
最初はアスラクが「僕のをお貸ししますよ!」と言ってくれたのだが、残念ながら試しに袖を通してみたアスラクの服は、いろいろな点でレジェスにあっていなかった。シャツとスラックスはぶかぶかで、しかも長さが微妙に足りないのでつんつるてんになってしまう。
そのため、タオルや洗面機具などは借りられても衣類だけは自分のサイズに合ったものを持って行くしかなかった。
そして夜が更けた頃、レジェスは「初めての、好きな女の子のおうちにお泊まり」で胸をドキドキさせながら宿舎を出て、伯爵邸に向かった。もう、今の時間なら家族四人での晩餐は終わっているだろう。
きちんとした身なりで現れ、「リューディアの誕生日をお祝いに参りました」と告げるレジェスを、玄関で出迎えた執事は優しい眼差しで見て中に通してくれた。
レジェスとしては信じがたいのだがリューディア曰く、「うちの使用人たちも、レジェスのことが気に入っているみたいなのよ」とのことだ。
どうも、平民出身で傅かれることに慣れていないレジェスがいつも低姿勢でおり、なおかつリューディアを立てるために尽力している姿が大変好印象なのだとか。
レジェスは伯爵夫妻とアスラクに挨拶をした後、リューディアのもとに向かおうとした――が。
「あ、待ってください、義兄上。そっちじゃないですよ」
「え?」
いつもの癖で居間に向かおうとしたレジェスを止めたのは、アスラク。
彼はにっこりと笑い、上階の方を手で示した。
「姉上は自室で待ってます。上にどうぞ」
「えっ!? よ、よいのですか!?」
「よいのですよいのです。ほらほら、どうぞどうぞ!」
アスラクは機嫌良く言うとレジェスの手荷物をぱっと取って使用人に預け、背中を押してきた。
騎士団に入ってからぐんとたくましくなった未来の義弟に背を押され、レジェスはよろよろしつつ階段を上がる。
伯爵邸は三階建てで、リューディアの自室や今晩レジェスが泊まる予定の部屋は最上階にあった。
アスラクはレジェスをリューディアの部屋に案内すると、「では僕はここで!」とさっさと自分の部屋に入ってしまった。一瞬ドアが開いたときに部屋の中から怪しげな音が聞こえてきた気がするが、詮索はしないことにした。
レジェスは、目の前にそびえる木製のドアをじっと見つめた。ドアには可愛らしいプレートが掛かっており、「リューディア」という筆記体が小鳥や花の絵と一緒に彫られていた。
こほん、と一つ咳払いをして、ポケットに入っているネックレス入りの小箱の存在を確かめてから、ドアをノックする。
「こ、こんばんは、リューディア。レジェスです」
「いらっしゃい! すぐ開けるわ!」
弾んだ声に続いてすぐにドアが開かれ、室内用ドレス姿のリューディアが顔を覗かせた。
これまで夜にリューディアのもとを訪ねたことは何度もあるが、今日のリューディアはいつもよりも……何というか、さっぱりしていた。化粧も薄めで、髪も下ろしている。
これまではぱりっとしていたリューディアが、ややしどけない姿になってくれたのは……今晩レジェスが屋敷に泊まるからなのかもしれない、と思うと頬がじわじわと熱くなってきた。
部屋に招き入れられたレジェスと入れ違いに、メイドが出ていった。使用人もいない部屋で二人きりになることはとうの昔に、伯爵夫妻も認めていた。
まずレジェスはリューディアの二十歳の誕生日を祝い、プレゼントを渡した。
リューディアは中に入っていたネックレスもとても喜んでくれたが、箱に添えていた黒薔薇にも着目してくれた。
「これも、可愛らしいわね」
「……ありがとうございます。あまり、華やかではないのですが」
「確かにシックな感じだけれど、あなたの髪の色と同じだから愛着がわくわ」
そう言ってリューディアは黒薔薇を指先で摘まみ――そっと、唇を寄せようとした。
「っ……! 待って、リューディア――!」
「レジェス?」
「……。……か、叶うことなら……二十歳になったあなたの初めての口づけは、その、薔薇ではなくて……私が……」
「……嬉しい」
リューディアは微笑むと黒薔薇をそっとテーブルに置き、レジェスの首の後ろに腕を回して抱きついてきた。
最近はもう、キスの際にリューディアは目を閉じなくなった。
最初の頃は恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったのだが、リューディアに「照れているレジェスの顔が見たいの」とねだられて押し切られた形だ。
リューディアの腰を抱き寄せて、唇を重ねる。
「ん……」
「……リュ、ディア……」
「んん……なぁに?」
「……その、もう少し……いい、ですか……?」
自分の体にはあまり肉が付いていないので、激しい心臓の音が直接彼女の胸もとにも響いているかもしれない。
しどろもどろにレジェスが請うと、リューディアは最初こそ目を瞬かせたがすぐに意図に気づいたようで、嬉しそうに頬を緩めた。
「ええ。……もっと、して?」
「っ……失礼します……!」
リューディアの許可を得られたことでレジェスは腹をくくり、重ねた唇を開いて思い切って舌を伸ばした。
リューディアはすんなりと口を開いてレジェスの舌を受け入れてくれた――が。
「ん……ん、む?」
「……」
「うっ……ぷっ、は……! あ、あれ……?」
息が苦しくなってきたので口を離したレジェスは、困惑していた。
確か……同僚に聞いた話では、こうすればもっと濃厚なキスができるということだった。だが、いくら舌を伸ばしてもリューディアの口内には全然届かず歯の付近をうろうろするだけだった。
どうして、なぜだ、と戸惑うレジェスをリューディアはしばし見ていたが、やがてそっと頬に手を添えてきた。
「多分、だけど……口の角度を変えないといけないと思うわ」
「角度……?」
「ええ。きっと、こうやって」
「ひえっ!?」
レジェスの頬を支えたリューディアが、これまでとは違う向きで唇を重ねてきた。
それでレジェスもピンときて、食らいつくような姿勢になりながらリューディアの口内を探り、やっとのことで彼女の舌に触れることができた。
しばらく間、二人は夢中でキスを続け……やがてとんとんとリューディアがレジェスの背中を叩いたことで、ぷはっと息をついた。
「……あ、あの……すみません、スムーズにできなくて……」
「レジェス。こういうときは謝るんじゃなくて……?」
「あ、はい……。……その、あなたとふ、深く口づけできて……嬉しかったです」
「ええ、私も……嬉しい」
二人は見つめ合い、今度はちゅっと軽く音を立てるだけのキスを交わした。