闇魔術師は、お泊まりをする①
本編終了後、婚約者の屋敷にお泊まりをする闇魔術師のお話。
かなりイチャイチャします。
「もうすぐ、あなたの誕生日ですね」
セルミア王国にも冬の色が濃くなった、年末。
シルヴェン伯爵邸の居間にどんと据えられた立派な暖炉の前でレジェスが言うと、隣で身を寄せて座っていたリューディアはこっくり頷いた。
「そうね。……二十歳になるのね」
「……その、前々から申しています通り……その日は盛大に祝いますね」
「ふふ、ありがとう。……素敵な贈り物を、準備してくれるのかしら?」
「ククク……半年前の私とは、もう違うのですよ」
約半年前の初夏にあった、エヴェリーナ祭。
あのときのレジェスはまだリューディアの好みが分からず、贈り物には『レジェスの好きなものがほしい』というリューディアからのリクエストを受けてポプリを贈ったのだった。
当時はリューディアに何を贈ればよいか分からずまごまごしていたが、今のレジェスはひと味違う。
これまで誕生日会や恋人との贈り物イベントなどとは無縁だった彼も、エヴェリーナ祭、晩夏の自分の誕生日、秋のウリヤス祭とイベントを経ることで、確実に経験値を溜めていた。
「当日の夜は、家族でお祝いをなさるのでしたよね?」
「ええ。……レジェスと食事をするという方法もあったのだけれど……」
「いえ、ご家族で祝える最後の誕生日なのですから、私抜きでゆっくり食事をなさるべきでしょう」
レジェスとしては、伯爵家の家族だけで誕生日の晩餐会を開くというのには全く異論はない。
むしろ来年以降はレジェスがリューディアを独占してしまうのだから、今のうちに家族で過ごせる時間を多く取ってもらいたいと思っていた。
「ですので当日は、夜になったら訪問します。菓子と茶をつまみに、あなたの誕生日を祝えれば十分ですよ」
「……」
「え、えと……リューディア? 何か、気になる点でも……?」
「あ、いいえ、そういうわけではないの」
何やら難しそうな婚約者の顔を見ると、レジェスの中にあったやる気もしおしおとしぼんでしまった。
だがリューディアは豊かな金髪を振るい、とん、とレジェスの肩に身を寄せた。
「……あのね、レジェス。私……お父様とお母様にお願いしようと思うの」
「……何を、ですか?」
「……」
「あの、言いにくいことでしたら、大丈夫ですから」
「ううん、違うの。ちょっとだけ……恥ずかしくて」
そう言うリューディアの頬は、暖炉の炎以外の理由で赤くなっていた。
普段はどちらかというとレジェスの方がリューディアに翻弄されてはしたなく赤面してしまいがちなので、婚約者の珍しい表情についレジェスはぽうっと魅入ってしまった。
「は、恥ずかしいことなのですか……?」
「うん。……あのね、レジェス」
「はいっ!?」
「誕生日の夜……うちに泊まっていかない?」
ねだるように甘えた声で尋ねられ――レジェスの中で、何かがプツンといった。
その後、レジェスは頭の機能が停止したため使い物にならなくなった。
その間にリューディアは驚くべき行動力を発揮したようで両親のもとに行き、「誕生日当日にレジェスを屋敷に泊めたい」と相談したそうだ。
伯爵夫妻が悩んだのは少しだけで、「屋敷の中で節度を守って過ごすのなら、構わない」ということになった。
彼らはレジェスが慎ましくてリューディアに対してどこまでも紳士的であることを、とてもとても高く評価してくれていたようだ。
……ということで、レジェスが復帰したときには既に根回しは完了されており、満面の笑みのリューディアが「あとはレジェスの言葉次第よ」と迫ってきていた。
普段はおっとりとしているがいざというときに意外なほどの行動力を見せるリューディアは、結婚してからもいい妻になりそうだ。
「レジェスは、お泊まりはまだ早いと思う?」
「へっ!? は、早いということは……その、春には結婚しますし……」
「うんうん、そうよね。私も結婚前に一度、朝起きて一番にあなたにおはようと言いたいわ」
「えぅっ……あ、あの……その場合、部屋は……別ですよね?」
顔から蒸気が上がりそうになりつつ尋ねると、リューディアはきょとんとした後、「まあ!」と声を上げた。
「それ、お父様たちに確認するのを忘れていたわ! ごめんなさい」
「い、いえ」
行動力はあるのに少し抜けているところが本当に可愛いと、レジェスは思う。
「でもきっと、同室はだめだと言われるわ。だから……そうねぇ。客室の中で一番私の部屋に近い場所にするのは、どう?」
「そ、そうですね……」
「あ、ちなみに途中にアスラクの部屋があるわ」
それは素晴らしい配置だ、とレジェスは幾分冷静になることができた。
現在騎士団でのびのびと活躍しているらしいアスラクはレジェスのことをいよいよ、「義兄上!」と呼ぶようになっていた。
リューディアと同じ明るい青年だが、ふわふわ柔らかい日差しのようなリューディアと違いアスラクは若干ギラギラむんむんしている。
とはいえ、レジェスはそんな未来の義弟のことがわりと気に入っており、一緒に町に出たときにはあれこれおごってやったりしている。
アスラクの部屋が途中にあるのなら、レジェスが変な気を起こすことはない。たとえ劣情に負けようとアスラクの部屋のドアを見た瞬間、「この部屋の中に馬鹿でかいクワガタがいるのかもしれない」と思い、すんっと冷静になれるはずだ。
「そうですね。伯爵家の皆様の了承も得られているのなら……是非とも、お泊まりさせてください」
「まあっ! 本当にいいの!? 嬉しい!」
そう言って、リューディアが抱きついてきた。
未だにガリガリの自分と違い、リューディアの体は柔らかく丸くていい匂いがした。ここ半年でだいぶ気持ちに余裕ができてきたレジェスは愛しい婚約者の柔らかさを堪能し、その匂いを胸いっぱいに吸う。
「楽しみだわ! ……いつも、夜が更ける前にあなたは帰ってしまうから……寂しいと思っていたの。夜の闇の中に消えていくあなたを見ていると……待って、って言いそうになって」
「リューディア……そんなことを思ってくれていたのですね」
「ええ。でも、誕生日の夜はあなたはずっとうちにいてくれるし……朝起きたらおはようと言って、一緒に朝ご飯も食べられるのね!」
「ククク……そうなりますね。せっかくですので翌日は休みを入れておきましょう。そうすれば、慌ただしく朝食を食べてすぐ出勤……なんて無粋な真似をせずに済みますのでね」
「ありがとう、レジェス!」
頬を赤らめたリューディアはレジェスの頬に触れて、ちゅっと頬にキスをしてきた。
婚約者の積極的なアプローチにレジェスは思わずびくっとしたが、顔を離したリューディアはクスクスと笑っている。
「ふふふ。……あ、そうだわ。私、憧れていたのよ。おやすみのキスと、おはようのキス」
「んんっ……さ、さようですか」
「ええ。……できればレジェスに夜と朝のキス、してほしいなぁ」
「しますとも!」
レジェスは張り切って宣言した。
つくづく、自分はリューディアのおねだりに弱いと思った。