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伯爵令嬢は、新居の準備をする①

本編終了後、結婚後に住む場所を探す伯爵令嬢のお話。

 リューディアとレジェスの結婚式は、来年の春に決まった。


 一応リューディアは伯爵家の娘でありいろいろしきたりや親戚間での都合などもあるので、申し訳ないが日取りはこちらで決めさせてもらった。

 とはいえレジェスの方は日にちにこだわりはないようで、「決まったら教えてください」といい感じに任せてくれていた。


 そういうことで秋になった頃に結婚式云々の予定が立ったため、リューディアは夕食を食べに来た際にレジェスに報告することにした。


 食後の茶を飲んでいたレジェスは、「了解しました」と頷いた。


「春ならば、季候もいいでしょうね。私も式当日と向こう数日間は休みをもらいます」

「ええ、ありがとう。……本当はあなたの意見も聞ければよかったのだけれど」

「いえ、貴族にはいろいろルールもあるでしょうし、私は平民で仕事の都合さえどうにかなればいいですからね。あなた方にとって負担のないスケジュールであるのが一番です」


 レジェスがそう言うと、同じ席で茶を飲んでいた父や母は、「レジェス殿がそう言ってくれて助かる」「いつもありがとう」と礼を言ったため、レジェスは少し気恥ずかしそうに目を逸らして頷いていた。


「だが、せっかくだから結婚式の準備などはレジェス殿にも協力してもらいたいんだ」

「式の……ですか?」


 レジェスがカップを下ろして少し意外そうに目を丸くしたため、父は大きく頷いた。


「ああ、それから、君たちが結婚後に住む新居もだな」

「今のところ私たちの中では、伯爵領のどこかの屋敷を使うのはどうかと思っているの。もちろん、王都に家を建てるという方法もあるわ」


 母にも言われて、レジェスは悩ましげな顔になった。


「……別に私としては、リューディアと一緒に過ごせるのならどこでも……あ、い、いえ、何でもないです」

「ははは、そう言ってくれると私たちも嬉しいよ」


 レジェスがポロリと漏らした本音を聞いた父は上機嫌で、レジェスの肩をポンポン叩いた。

 父にとっては親愛の情のつもりで行ったのだろうが、父は大柄でレジェスは痩身なので、叩かれるたびにレジェスの体がぐらぐら揺れていた。


「優先順位としては、やはり新居が先だろうか」

「そうね。もし一から建てるとなったら、半年では間に合わないし……」

「レジェスはどう? 住みたい場所とか、ある? 希望の場所があるのなら、どこでも言って」


 リューディアが尋ねると、レジェスは黙り込んでしまった。

 リューディアと違い、レジェスには仕事がある。となるとやはり、彼が屋敷と職場のある王城の行き来がしやすい距離の場所がよいだろう。


(レジェスは普段、あまり自分から要望を言わないけれど……これからずっと一緒に住む場所なのだから、レジェスの意見を聞きたいわ)


 そんな思いでリューディアが待っていると、レジェスはおもむろに口を開いた。


「……その。どこでもいいとおっしゃるのなら。あなたと一緒に住みたい場所がありまして……」














 秋の風が心地よいある日、リューディアはレジェスと共に伯爵領にある田舎町を訪れた。


「ここに来るのも、久しぶりね……」

「そう、ですね」


 リューディアが呟くと、いつも淡々とした物言いのレジェスもどこか感慨深そうに相づちを打った。


 ここは、リューディアが少女時代に療養先として過ごした町。

 そして――レジェスと出会った思い出の場所でもある。


 レジェスが新居として希望したのはまさに、二人が出会ったあの小さな屋敷だった。


 それを聞いたリューディアたちの懸念は、「魔術師団本部のある王城からかなり遠いが、いいのか」という点だけだった。

 これに対してレジェスは「魔術を駆使すればどうにでもなります」と宣言し、それではということでレジェスが休みの日に二人で下見に行くことになったのだった。


 今は秋の盛りで、畑にはみずみずしい野菜が行儀よく植わっている。

 馬車を降りて歩くリューディアたちを見て、領民たちはわっと寄ってきた。


「お待ちしておりました、お嬢様!」

「おかげさまで今年も豊作を迎えられそうです!」

「あの、お嬢様。お嬢様がご結婚後、こちらに住まわれると聞きましたが……」

「ええ、実はそのつもりなの」


 リューディアは集まってきた領民たちに微笑みかけて……ふと、それまでは隣にいたレジェスがかなり後ろの方で立ち止まっていることに気づいた。


「ほら、レジェス、来て」

「し、しかし……」

「私の大好きな婚約者を、皆に紹介したいの」


 リューディアがそう言うとレジェスは遠目からでも分かるほど真っ赤になり、領民たちはひゅうひゅうと指笛を鳴らしたり歓声を上げたりした。


 そこまでされると意地を張ることもできないのか、レジェスはおずおずと足を進めてリューディアの隣に並んだ。


「紹介するわ。……彼は、レジェス・ケトラ。王国魔術師団に所属する闇魔術師よ」

「……ど、どうも。この町には……七年前に、お世話になりました」


 レジェスがぎくしゃくしつつお辞儀をすると、領民の中から「あっ!」という野太い声が上がった。


「思い出した! あんた、ぼろぼろで行き倒れかけていただろ! 覚えているか? 俺たちがあんたをお嬢様のところまで運んだんだけど」

「そ、そうでしたか! あの……本当に、ありがとうございました。おかげで、私は……あ、愛する人と巡り会うことが、できたので……」


 レジェスが急いた様子で礼を言うと、やんやと喝采が上がった。

 そして皆の中から当時青年だった中年男性が進み出て、まじまじとレジェスを見つめた。


「ほーん……あんた、背はずいぶん伸びたなぁ。だが、もうちょい太りなよ。そんなんじゃ、俺たちの大切なお嬢様が心配されるだろう」

「は、はい。私も、少しでもリューディアと一緒に長生きしたいので……最近少しずつ、気をつけています」

「おう、そうしてくれよ! ……って、悪い。あんた……あなたはお嬢さんの旦那様になるんですから、気をつけないといけませんね」

「いえ、お気になさらず」

「レジェスがそう言うから、皆もよろしくね」


 リューディアが締めくくると、領民たちは「了解しました!」「お幸せに!」と祝福してくれた。

 そんな皆を、レジェスは眩しそうに目を細めて見つめていた。

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