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02

 ――半年前のあの日、王城では隣国・マルテから留学中の王女も参加するパーティーが開かれていた。

 その参加者は王族とその血を継ぐ公爵一族などのみで、父はパーティーの監督係として出向いていた。


 その場で、隣国王女とセルミア王国のある公爵家子息の婚約が発表された。二人は王女が遊学に来た日に知り合い、恋に落ちたという。

 身分としても立場としても文句がなく、両国国王の間で話が取り付けられたため公表に至ったそうだ。


(それは……私たちにも知らされているわ)


 直後の父の投獄という事件でほとんど頭の中からすっぽ抜けていたが、「そういうこともあった」ということで一応リューディアたちの耳にも入っている。


 ……だが、それを聞いたビルギッタ王女が憤慨したという。


 その公爵家子息は、ビルギッタの片想いの君だったらしい。想いを寄せていた男性が横から来た女にかっさらわれた、とビルギッタは判断したようだ。


 ビルギッタは廊下に出た隣国王女の後を、追った。

 その姿を見て嫌な予感がしたという父はビルギッタの後を追い――彼女が隣国王女を階段から突き落とそうとしていた瞬間、飛び出してビルギッタを突き飛ばしたという。


 国王の説明に、アスラクが息を呑んだ。


「そんな……! しかしそのようなことは、誰も……」

「ああ。……ビルギッタが、その場にいた者を脅したのだ。自分がマルテ国の王女を害そうとしたのではなくて、シルヴェン伯爵が一方的に殴ってきたのだと証明しろ、とな」


 国王は、かぶりを振った。


「……マルテの姫君も、悲鳴を聞いて振り返った先に呆然とする伯爵と倒れるビルギッタがいるのを見て、伯爵が暴行したと判断なさってしまったようだ。そういうこともあり、ビルギッタの言い分が通った。私も……他の者の証言やマルテの姫君の言葉もあり、ビルギッタの言葉を信じてしまった」

「……」

「……では、陛下。多くの証言者(・・・)がいる中で、なぜ父の無実が証明されたのですか? 協力者の存在があったとは伺っておりますが」


 リューディアが問うと、国王は顔を上げた。


「……伯爵を投獄して、一ヶ月ほど経った頃のことだったか。東地域の魔物討伐作戦が発足したことは、そなたらも知っているだろうか」

「え? ……ええ、存じております」


 急に話題展開されて少し面食らったが、リューディアは頷いた。


 魔界より出ずるモノ――魔物と人間との戦いは、昔から続いている。


 普通の動物とは比べものにならない身体能力を持つ魔物に有効な攻撃手段は、魔術だ。剣や槍、弓矢などでも仕留めることができるが、強力な個体相手だと魔術で戦うのが最善策だ。


 先天的な魔術の能力を持つ者のみ、魔術師になることができる。大抵の国には魔術師養成機関や魔術師団などが存在しており、このセルミア王国にも国立魔術師団があった。

 魔術師になれるかどうかは遺伝の要素が大きく、人口で言うと魔力を持って生まれる人間は、五パーセントほど。リューディアたちシルヴェン伯爵家の者は誰も、魔術を使えない。


(前回の討伐作戦でも、魔術師団の精鋭たちが派遣されていったとのことよね)


 東部へ魔物討伐に行った、見事倒してきた、ということくらいは、軟禁の身の上だったリューディアも知っていた。


「その討伐作戦に、ある平民階級出身の闇魔術師が参加した。実を言うと、今回出没した魔物はほぼ全て、その魔術師一人によって倒されたのだ」


 そう言う国王の表情は、少しだけ複雑そうだ。


 人は母親の腹に宿った際、属性の祝福を受ける。

 炎、風、雷など全十種類の属性のいずれか一つがその人の守護属性となり……もしその者に魔術師の素質があったなら、守護属性の魔術を使えるようになる。


 つまり、リューディアのように魔術師でない者もなんらかの守護属性を持っているのだ。大抵は判明しないまま終わるが、たまに魔術師との間に生まれた子が持っていた属性から、非魔術師の親の守護属性が分かったりした。


 そして――十属性の中で、闇属性は異端扱いされていた。


 八つの属性に勝り、もう一つの光属性と相反する立ち位置にある闇属性は、魔術師の中でもかなり珍しい守護属性だ。

 だが――魔物の多くも闇属性を持っていることや、闇魔術がおしなべて不気味であることなどもあり、どうにも闇魔術師の立ち位置はよくない。


 セルミア王国の魔術師団では様々な属性の魔術師をまんべんなく受け入れているが、闇属性の魔術師が大活躍をするというのは……国王としては複雑なことなのかもしれない。


「闇魔術師とはいえあまたの魔物を葬ったその魔術師に、褒美を与えぬわけにはいかない。そこで、褒美を問うたところ――その男は、シルヴェン伯爵の無罪を公表することを申し出たのだ」

「……え?」


(……な、なにそれ?)


 まさかここで話が繋がるとは思わず、リューディアだけでなく静かに話を聞いていたアスラクたちも呆然としたのが分かった。おそらく父も、ここまでのことは知らされていなかったのだろう。


「僭越ながらおたずねします、陛下。……なぜ、その闇魔術師の青年が私の無罪を知っていたのですか?」


 父が進み出ると、国王は頷いた。


「彼は、非常に優れた闇魔術の使い手だ。どうやら彼はそなたを投獄してからの一ヶ月で、己の魔術を駆使して情報を集めていたそうだ。そして当初は不参加予定だった魔物討伐作戦に名乗りを上げて――そなたの無実とビルギッタの罪を明らかにし、伯爵家の汚名をそそぐことを褒美として申し出たのだ」


 リューディアたちは、絶句した。


 魔物を大量に倒した褒美となれば、金でも名誉でも……それこそ良家の令嬢との婚姻でも、叶っただろう。

 国王としても、いくら敬遠される闇魔術師とはいえ魔物討伐という成果を上げ――しかもこれから先も魔物を倒すと約束してもらえるのなら、自国の令嬢と結婚させて国に縛り付けたいとさえ思うだろう。


「……陛下。その、闇魔術師の名前は――?」


 父が問うと、国王はデスクに置いていた書類を傍らにいた侍従に渡した。


「闇魔術師の名は、レジェス・ケトラ。……黒い髪に灰色の目の、少々個性的な雰囲気の青年だ」


 受け取った書類を父が読むのを尻目に、その名を聞いたリューディアははっと目を瞬かせた。









 リューディアがその青年と出会ったのは、今から七年前……十二歳の頃のことだ。


 当時のリューディアは社交界デビュー前で、伯爵領にある城で暮らしていた。そしてその年の夏にリューディアは少し体調を崩しており、療養のために城を離れて穏やかな気候の田舎町で過ごしていた。

 両親や弟に会えないのは寂しいが、体調が悪いのに城にいれば皆を心配させてしまう。跡取りである弟に病気を移してはならないので、少数の使用人を連れて田舎にある小さめの屋敷で体を休めることにした。

 幸い体調はすぐに治り、収穫祭の時期になるまでには城に戻れるだろうと主治医も言ってくれた。


 そんな、晩夏のある雨の夜。

 リューディアが世話になっている村の青年たちが、村の外れで倒れている人がいると知らせてきた。


 普通の行き倒れなら伯爵令嬢であるリューディアに知らせるまでもないが、青年たちは「変な模様の服を着ている」と言った。そこで侍女が調べたところ、その「変な模様」は王国魔術師団の紋章であることが分かった。


 すぐにリューディアは、その行き倒れを屋敷に運び込ませた。

 もし彼が本当に王国魔術師団員ならば介抱するべきだし――そうではないのなら、魔術師団から衣類を剥ぎ取った不届き者を罰さなければならない。


 だが、その青年はきちんと自分の所属と名前を言えた。よってリューディアは彼を屋敷に招き、疲労と空腹で倒れそうになっていた彼を介抱した。

 その行き倒れが、レジェス・ケトラだった。


 朝になって様子を見に行ったリューディアが見たのは、少々野暮ったい青年だった。

 ただでさえ洗練されていない雰囲気だったのに、彼の黒い髪は非常に癖が強くて、頭のシルエットをいっそう不気味にしていた。


 灰色の目の周りは落ちくぼんでおり、肌の色も悪い。これで王国魔術師団の紋章入りのコートを着ていなかったら浮浪者扱いされ、そのまま野垂れ死んでいたかもしれない。


 彼は王国魔術師団の闇魔術師らしいが、喋る言葉はぼそぼそとしており、しかも自嘲めいた笑い方をしてばかりなのであまり会話は成立しなかった。


 だが一日休むと元気になり、彼は屋敷を出て行った。「お礼をしますよ」と薄暗く笑いながら言ってきたがそれは遠慮し、「あなたが魔術師団で元気に活躍してくれれば十分です」と返して送り出した。


 ――という出来事を、リューディアは今思い出した。

 そして、「まさか」と思った。


(レジェス・ケトラは、こういう形で「お礼」をしたの……?)


 あれっきり手紙も連絡もないので彼との出会い自体を忘れかけていたが、可能性としてはあり得る。

 レジェスはリューディアの言ったとおり魔術師団で活躍して、そのついでに伯爵家の名誉を回復したのかもしれない。


(……とにかく、会って話をしてみないと)

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― 新着の感想 ―
[一言] お腹がすいているときに食事や暖かい部屋を用意してもらった恩というのは一生ものですよね。
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