闇魔術師は、光に圧倒される②
その晩、レジェスは伯爵家の夕食に同席することになった。
貴族の食事ということで緊張しっぱなしのレジェスだったが、親子四人は食事の最中も談笑しており、使用人たちも笑顔で給仕をしていた。
レジェスはやや偏食気味なのだが、それを言うと「ではこちらを」とレジェスの胃でも受け付けられるようなものをすぐに準備してくれた。小声で礼を言うと、「お嬢様の未来の旦那様ですからね」と笑顔で言われた。
賑やかな食卓で、レジェスも質問されたりリューディアに声を掛けられたりしながら、思う。
この屋敷には、光が満ちている。
伯爵夫妻も、姉弟も、そして使用人たちも。
皆笑顔で優しく、根暗な見た目のレジェスにも惜しみなくぬくもりを与えてくれる。
夕食が終わり、レジェスは王城に戻ることになった。魔術師団に入ってから、彼は王城の隅にある狭い宿舎で寝泊まりしていた。
「今日はとても楽しかったわ」
玄関まで見送りに来てくれたリューディアに言われて、レジェスは曖昧に頷いた。
「なんと言いますか……あなたがこれほどまで眩しい女性に育った理由が、よく分かりました」
「あら、そう?」
「ええ。ご両親も弟君も、使用人も……皆、光輝いていましたので」
レジェスが言うと、リューディアはふふっと笑ってコート越しにレジェスの腕に触れた。
「それならきっといつかあなたも、私たちみたいになるわ」
「なれません。私は闇属性ですから」
「えっ、それとこれとは関係ないでしょう?」
リューディアがそう言うので、レジェスは言葉を返そうとして――やめた。
なんとなく、だが。
レジェスは、リューディアの隠れ守護属性は光なのではないかと思っていた。
無論、リューディアも彼女の家族も非魔術師なので属性は分からないが、なんとなく直感的にそう思っていた。
となると、リューディアがレジェスの子を産んだ際、子どもは光属性と闇属性の子が約半々の確率になるわけで――
そこまで考えるとだんだん顔が熱くなってきたので、やめておいた。
まだ自分には、この手の話は早いような気がした。
「しかし、皆に歓迎していただけて本当によかったです。一人くらいは反対するものとばかり思っていましたので」
「ふふ。皆、私があなたのことが大好きだって分かっているのよ。きっと今夜は、たくさん冷やかされるわ」
「……」
「ねえ、レジェス」
庭に出たところで、リューディアに名を呼ばれた。
そちらを見ると、髪や目を夜の色に染めたリューディアがじっとレジェスを見上げていた。
「私ね、恋というものがよく分からなかったの」
「……」
「友だちは皆、あの人が素敵だとかこの人が格好いいとかという話をしていたわ。私も、話を聞くこと自体は好きだったからよくお喋りしたけれど……いざ自分のことになると、どういうときの状態を『恋』と呼べばいいのか、分からなくて」
「……しかしあなたは、私のことが……す、好き、だと……」
「ええ。……正直今も、あなたに抱く好きという感情が恋なのかは、分からない」
そう言ってリューディアは、視線を前に向けた。
レジェスから見えるリューディアの横顔は星明かりに照らされており、女神像か何かと見まごうほど美しかった。
「生涯を共にしたいのは誰かと聞かれて、他の人ならしっくりこないけれど……あなたなら、すとんと納得できるの。私はこれからの人生を、あなたと一緒に歩いていきたい。あなたのことをもっとよく知って、あなたを幸せにして、あなたと一緒にたくさんの世界を見たい、って思ったわ」
「世界……ですか」
「ええ。……別に、遠くへ旅行したいというわけではないのよ。あなたと一緒に同じ景色を見て、その感想を言い合ったり。あなたと同じものを食べて、おいしさを共有したり。……そういうことをしたいな、と思ったの」
「……」
「……って、こんな理由で求婚するのはおかしいかしら……」
「おかしくないです」
いつもの癖で断言した後、しばし言葉を吟味してからレジェスは言う。
「私も……あなたのことは、慕わしく思っています。ですがそれだけでなくて……なんというか、物騒な話ですが……短命な私が事切れるなら、あなたに看取ってほしいと思いました」
「それは確かに物騒だけれど、とても現実的で切実なことよね」
「……すみません。もっとロマンチックなことを言えればいいのですが」
「いいえ、謝る必要なんてないわ」
リューディアは髪をなびかせて振り返り、ふふっと笑った。
「それじゃあ、逆の場合もよろしくね。……もし私が早く死ぬときには、あなたに看取ってほしい」
「縁起でもないことを言わないでください!」
「でも、あなたも同じことを言ったでしょう?」
「そ、それはそうですが……私とあなたでは違いますし……」
「同じよ。……私もあなたも同じ、一人の人間なのよ」
ぎゅ、とレジェスに掴まる腕の力を強め、リューディアは言う。
「私はひとりぼっちになりたくないし、あなたをひとりぼっちにもしたくない。可能な限り長く一緒にいたいけれど……もし死ぬとしても、あなたのそばで息絶えたい」
「リューディア嬢……」
「だから、これが恋か愛かは分からないけれど……あなたを旦那様にしたいという気持ちは確かよ」
「……。……私も、長くない人生を共にするなら……妻にするなら、あなたがいい……!」
リューディアの腕を引いてその体を腕の中に閉じ込めると、リューディアは「わぷっ!?」と声を上げた後、クスクス笑ってレジェスの胸もとを叩いた。
「レジェス、全然筋肉がないわ。ほら、すぐ骨がある」
「……なかなか太れなくて」
「前にも言ったけれど、もうちょっと太ってほしいわ。その方がきっと、長く生きられるもの」
「……それもそうですね。善処します」
レジェスもふっと笑い、リューディアの髪に触れた。
まだ、手袋を外した手で触れる勇気はない。
だが、今は確かにリューディアの柔らかさとぬくもりを――ここに確かにレジェスの「光」があるのだと、自分の体に刻みつけたかった。