闇魔術師たちは、同僚を鼓舞する
本編中、大切な女の子にプロポーズされた闇魔術師を見守る同僚たちのお話。
その日、王宮魔術師団員であるレジェス・ケトラは朝からどこか浮ついた様子だった。
「珍しいな、おまえ。なんだかそわそわしてねぇか?」
同僚がそう尋ねたが、レジェスは闇ワカメと呼ばれるゆえんの黒い癖毛をもさもさと掻きながら、「別に」と素っ気なく言う。
「少し、用事があるだけです。気にしないでください」
「……そうかい」
その用事が何なのかが気になるのだが、しつこく聞いても教えてくれないのは分かっている。闇魔術師として一緒に働くようになって四年となるので、レジェスの大体の性格は把握していた。
そういうことで、昼頃にふらりと職場を離れたレジェスのことを案じつつも、皆は本日の仕事である呪われた宝飾品の解呪を行っていたのだが――しばらくしてけたたましい音を立ててドアが叩き開けられた。
闇魔術師たちがぎょっとする中、部屋に入ってきたのはレジェスだった。
いつも土気色の顔は上気しており、ただでさえぎょろりと大きな目は飛び出さんばかり。息が荒いのは全力疾走してここまで戻ってきたから……だけではない気がする。
「お、おかえり、レジェス。……どうしたんだ、そんな焦って」
「……」
「ええと……まあ、まずは茶でも飲め。おまえ、すげぇひどい顔だぞ」
「……この顔は……生まれつきです……」
「そういうことを言ってるんじゃねぇよ」
軽口を叩きながらも、皆でレジェスをソファに座らせ、茶を淹れたり菓子の準備をしたりする。
闇魔術師は嫌われがちだがその分、同じ能力を持つ者同士での結束力は高いし助け合いの精神もあった。
皆にかいがいしく世話を焼かれてもレジェスは黙っていたが、しばらくしてぽつぽつと語り始めた。
どうやら彼は今日、先日の魔物討伐作戦で得た報奨金全額をリューディア・シルヴェン伯爵令嬢に贈与する件について、話をしてきたそうだ。
皆は、レジェスがシルヴェン伯爵令嬢に思い入れがあることも、彼女とその家族のために魔物討伐作戦に参加したことも知っている。報奨金のことは初耳だが、レジェスならやりかねないと諦めのような納得のような気持ちになった。
「そうかい。で、サインはもらえたのか?」
「……もらえませんでした」
「そうか」
「代わりに……プロポーズされました」
「そうか。……ん? そう、か……?」
がっくりとうなだれてしまったレジェスを囲む闇魔術師たちは、顔を見合わせた。
「それって……求婚ってやつか?」
「そういうやつです……」
「幻聴じゃないのか?」
「私も疑いました! しかし、本当にあの人は私にきゅ、求婚して……」
そうして彼は、先ほど客間でどんなやり取りがあったのかを説明した。
基本的に自分に介入されるのを嫌うレジェスだが、今は相当参っているからかあんなことやこんなことまで細かに教えてくれた。
話し終えるとレジェスは頭を抱えた姿勢のまま、固まってしまった。
最初に動き出したのは、この闇魔術師たちの中で唯一の女性。彼女は首をかしげ、「なるほどね」と呟いた。
「あんた、好きで好きでたまらなかった女の子に逆プロポーズされて嬉しいけれど、恥ずかしくて何も言えず敗走してしまったのね」
「くっ……! ク、ククク……ええ、ええ、そうです。私は、伯爵令嬢の一世一代の告白にも応えられず情けなく逃げ出した愚かな男ですよ……ククク……。首をくくるべきでしょうか」
「早まらないの。……でもねぇ。あたしからするとやっぱり、返事をもらえず逃げられるのはちょっと悲しいかなぁ」
そう言う彼女は「あたしはもう結婚は諦めているよ」とからっと笑う姉貴分だが、リューディアと同じ女性だからか彼女に同情しているようだ。
「嫌いなら嫌いって言ってくれれば分かるし、もちろん好きって言ってくれれば一番嬉しい。今すぐに返事ができなかったとしても、『必ず返事をしますので、少し待ってください』くらいは言ってほしいかなぁ」
「ぐっ……! し、しかし、私なんかが……」
「あのさ、レジェス。その伯爵令嬢は、あんたの子を産んでもいいって言ったんだろ? あんたによく似ていて、あんたと同じ闇魔術師の子でもいい。それに、たとえ短命でも一緒にいたいって」
「……」
「それってあんた、その子にすごく愛されているってことだよ。その令嬢、十八か十九かそこらだろう? そんな若い子が勇気を振り絞って告白したのに逃げるのは、その子の想いを踏みにじったようなものだよ」
ずばずばと容赦なく言われて、レジェスはますます落ち込んでいった。
彼の周りにもやもやと黒い霧のようなものがあふれているが、同じ闇魔術師である同僚たちにとっては慣れっこなのでぺいっと手で振り払った。
「あんた、その伯爵令嬢のプロポーズに返事をせずに逃げたこと、後悔してるんだろう?」
「……しています」
「なら、きちんと自分の考えをまとめてから会いに行きなさいよ。それが誠意ってもんさ」
レジェスのもさっとした頭を軽くはたいて、彼女は笑った。
「……だがまあ、あんたって悪人ぶるくせに男のプライドもあるもんね。伯爵令嬢を妻に迎えるなんて恐れ多い……と思う反面、大好きな子と結ばれる可能性があるのは嬉しい。でも、プロポーズは自分からしたいとも思ってるんだろう?」
「そ、それは……」
「あ、それ分かる。レジェスって案外、ベタな展開が好きだよな?」
別の男性魔術師が、にやっと笑った。
「こうなったら、おまえの方から改めてプロポーズしろよ。花束でも持って行って、一生幸せにするからこちらこそ結婚してください、ってな!」
「……軽々しく言わないでください! あの方は伯爵令嬢で、私は陰気で長生きできない闇魔術師で――」
「でもあんた、そのお嬢様のことが好きなんだろう?」
女性魔術師に問われて、レジェスはぎりっと歯を噛みしめた。
「……ええ、ええ、好きですとも! あの方に身も心も助けていただいた七年前から、ずっとお慕いしていますとも!」
「キレながら認めんなよ」
「しかしっ! 私と……私なんかと結婚しても、あの方を幸せにはできない! 私にできるのは、陰からあの方の笑顔と未来を守ることだけ! あの方の隣に並ぶことは……許されません……」
「お黙り! ……伯爵令嬢本人が望んでいるのに、それを『許されない』なんて言葉で否定するつもり!?」
怒鳴ると同時に、女性魔術師はレジェスの頭部をがしっと掴んだ。
大柄な彼女はレジェスよりも背こそ低いが健康体で、体重も腕力も握力もあった。そんな彼女の手の中で、レジェスの頭蓋骨がミシミシと悲鳴を上げている。
「伯爵令嬢が好きと言ってくれたあんたを、あんた本人が否定してどうするんだ! 令嬢を笑顔にしたいなら、あんたがその想いに応えろ!」
「……」
「世間が許さないというのなら、許されるようにしろ。……あたしたちは、あんたの味方だ。あんたが伯爵令嬢と一緒に暮らしたいと思うのなら、それを全力で応援するよ」
「……」
「おい、ちょっと手の力を緩めてやれ。こいつ、気絶しかけている」
「あ、すまないね」
ぱっと手を離した彼女は、頭をゆらゆらさせるレジェスを見て微笑んだ。
「ま、とにかく、あんたは『今、何をすれば伯爵令嬢が喜ぶか』をよく考えろ。……あんたは陰気で根暗で性格が悪くて面倒くさい男だけど、一途でいいやつだ。そんな、これ以上飾る必要のない今のあんたを……伯爵令嬢は、望んでいるのだろうからね」
それから数日間で、レジェスは同僚たちの助言を得ながら準備を進めた。
「やっぱり花束を差し出してのプロポーズがときめくよねぇ」と女性魔術師に言われたので、リューディアの髪や目の色にぴったりな華やかな可愛らしい花束を準備した。
「闇魔術師らしさも見せればいいんじゃないか?」と言われたので、その花束は鮮度が落ちないよう、大切に大切に作り上げた闇の保管庫の中に入れた。
他の者なら眉をひそめるかもしれないが、リューディアならこの中から花束を出しても、驚きこそすれ嫌悪したりはしないだろう。
衣装も準備したが、当日になって「そんな顔で行くつもり!? 化粧でもしなさい!」と女性魔術師に騒がれた。
「男に化粧は不要です」と突っぱねようとしたが、「お黙り土気色」と一喝されてそれ以上何も言えなかった。
一張羅に身を包んだレジェスを、仲間たちは激励して送り出してくれた。
伯爵家に向かう道中、馬車の中でレジェスはぎゅっと拳を固める。
ずっと、恋い焦がれていた。
だが闇にただれた自分の手では、あのきれいな手を取ることは許されないと思っていた。
しかし、彼女の方から求めてくれるのなら。
見目も性格も悪く、闇属性で、しかも長生きできないだろう自分がいいと、選んでくれたのなら。
レジェスもその想いに応え、リューディアと共に歩いていきたかった。