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01

あらすじやキーワードにもありますが、ヒーローはイケメンではないし話の途中で美化したりもしません。

ずっと顔色の悪いワカメです。

 その日、セルミア王国の伯爵令嬢・リューディアの人生が大きく動いた。


「……お父様が、王女殿下に暴行を!?」

「嘘だ! 父上がそんなことをなさるはずがない!」


 王城からやって来た早馬によってもたらされた凶報に、リューディアと弟のアスラクは声を上げた。


 二人の父親であるシルヴェン伯爵は身分こそそれほど高くはないが顔が利き、多くの貴族や騎士、使用人たちから慕われている人格者でもあった。


 そんな父が、御年十六歳の第二王女・ビルギッタを廊下で突き飛ばし、王女は手を擦りむく怪我を負った。しかもその場には現在遊学に来ていた隣国王女もおり、騒ぎは大きくなってしまった。


 父はすぐに捕らえられ、いずれ裁判が開かれるという。

 そして家族であるリューディアやアスラクたちにも、自宅謹慎命令が下った。


「姉上、抗議に行こう! 父上が王女殿下に暴行するなんて、絶対にあり得ない! 何かの間違いに決まっている!」

「気持ちは分かるけれど……それは悪手よ」


 はやる弟をなだめるリューディアも、動揺を隠せない。彼女だって、今すぐ城に乗り込んでやりたいくらいだ。


 だが――そんなことをすれば、顰蹙を買うに決まっている。下手すれば、父と一緒に投獄されるかもしれない。父を助けるどころか、いっそう伯爵家の立場を悪くしてしまう。


「……お母様には、このことは?」


 リューディアが執事に問うと、彼は苦い顔でうつむいた。


「……先に、お伝えしました。皆の前では気丈に振る舞ってらっしゃいましたが……ご無理をなさってはならぬと、お部屋で休んでいただいております」

「ありがとう。……一番お辛いのは、お母様よね」


 リューディアが言うと、いきり立っていたアスラクははっとしたようだ。


 父は有能な伯爵だが、城内でも有名な愛妻家だ。

 いくつになっても仲睦まじい両親はリューディアたちにとっての自慢の親で――だからこそ、愛する夫が投獄されたと聞いて母が打ちひしがれるのも仕方のないことだ。


(ここは、長子である私が踏ん張らないと)


 弟を励ましたり使用人たちに指示を出したりしながら、リューディアは冷静になろうと努める。


 リューディアは今年、十八歳になった。弟のアスラクは十五歳で、来年からは王城の騎士団に入ることになっている。


 父が投獄された以上、リューディアたちは派手に動けない。できるのは、「罪人の家族」らしく大人しく過ごしつつ――裁判で父の無実が証明されて釈放されてから、家族が社交界に復帰できるように準備することくらいだ。


 だが、たとえ裁判に勝てたとしても一度被った汚名を完全にそそぐのは難しい。


(もし、私の嫁ぎ先がなくなったとしても……お父様とお母様が健康で、アスラクの騎士団入りと結婚がうまくいって、領民の生活にも悪影響がなければ)


 リューディアは十分だった。










 リューディアたちシルヴェン伯爵家一家が「王女への暴行罪」で多くの者たちから背かれるようになってから、半年ほど経った頃。


「リュディ、アスラク。すぐにお城に行くわよ」


 ここ半年ほどですっかり痩せてしまった母は、姉弟を居間に呼ぶなりそう言った。


 王城からの使いが来ていることは、リューディアも自室の窓から見ていたので知っている。

 諸事情があったようで延びに延びている父の裁判の日取りが、ついに決まったのか……ときりきり痛む胃を抱えていたのだが、母はどこか興奮気味だった。


「何か……あったのですか?」

「ええ。……詳しいことは分からないけれど、お父様の無実が証明されたそうなの!」

「え……ええっ!?」


 思ってもいなかった言葉に、リューディアとアスラクは顔を見合わせた。






 母は、可及的速やかに身仕度を調えるよう言った。そう言う彼女も侍女から「顔色が悪いです!」と言われたようで、急ぎ外出用の着替えとメイクをしに行った。


 この半年は伯爵家の財産が仮没収されていたため、使用人の数を減らして家財やドレスなどを売り、領民の資金に充てていた。そのためリューディアの部屋のクローゼットはがらんとしているし、宝飾品もかなり減ってしまった。


 それでも、半年ぶりに主人を着飾れると知ってリューディア付きのメイドは嬉しくてたまらないようだった。

 彼女は「ここが私の腕の見せ所です!」と、わずかなドレスとアクセサリーでリューディアを飾り、限られた化粧品を駆使してメイクを施してくれた。


 リューディアの髪は、しっとりと濃い金色だ。暗い場所では茶色っぽく、明るい場所では白っぽく見える髪はほとんど癖がなくて、メイドの手の中でさらりとくしけずられる。

 メイドはそれに丁寧に香油を塗って、しとやかなシニヨンに結い上げてくれた。


 杏色の目はあまり大きくなくて、どちらかというと「強そう」な眼差しに見られがちだった。

 着せられたドレスは髪や目とよく似合う濃いオレンジ色で、先日十九歳になったリューディアにとっては派手すぎず可愛すぎない色合いだった。


 いくつものドレスを売ってしまったけれど、母の勧めで「急の呼び出しにでも応じられるように」ということで、落ち着いた色合いとデザインのものを残しておいてよかったと思う。


 仕度を終えたリューディアは玄関で母と弟と合流し、馬車に乗った。

 罪人の家族のため今朝までは伯爵家の旗を降ろして家紋にも覆いが掛けられていた馬車は、本来あるべき姿をしている。


「それにしても……いきなりお父様の無実が証明されたなんて、信じがたいです」


 リューディアが言うと、向かいに座っていた母も神妙な顔で頷いた。メイドが渾身のメイクをしてくれたからか、いつも目の下にあったくまはなんとか隠されていた。


「手紙には、最低限のことしか書かれていなくて。……でもどうやら、お父様の身の潔白を証明するのに力を貸してくださった方がいるようなの」

「えっ!? どんな方ですか!?」


 アスラクが身を乗り出すが、母はゆっくり首を横に振った。


「それは、分からないわ。でもお城に行けばきっと、その方にもお会いできるわ」


 母の言葉を聞いてアスラクはひとまず安心したようだが、リューディアは眉根を寄せた。


(……これまではお父様の身の潔白の証明はおろか、事件の捜査さえまともに行われなかったというのに、こんなに急に事件が解決することってあるのかしら)


 そもそも、母の言う「力を貸してくださった方」の意図も分からない。


 今回父が突き飛ばした――と言われている王女ビルギッタは第二王女だが、しとやかで大人しかった第一王女とは似ても似つかない手の掛かるお姫様だった。


 ビルギッタは亡き王妃似らしく、国王も王太子も甘やかしてしまった。

 そんな彼女は、姉である第一王女が遠く離れた友好国の王太子妃として嫁いだ二年前から、我こそは社交界の花であるぞといわんばかりの態度で振る舞っており、やや敬遠されていた。


 だが、横柄だろうと傲慢だろうと、腐っても王女。

 たとえ父が無実だとしても、わざわざそんなお姫様の逆鱗に触れてまでして父を擁護する猛者はそうそういない。いなくても仕方ないと、リューディアたちも諦めていた。


 それなのに、降って湧いてきたかのような父の無罪報告と、協力者の存在。


 リューディアはぎゅっと膝の上で拳を固め、だんだん近くなりつつある王城の尖塔をじっと見つめていた。










 リューディアたちは、国王の執務室まで案内された。


 母やアスラクは城の者たちの視線に怯えていたようで、リューディアは二人を守れるように自ら先頭に立って歩いていた――のだが、すれ違う者たちがこちらに向ける眼差しから、敵意は感じられなかった。


(むしろ、同情やいたわりのような気持ちを感じるわね……)


 使用人たちは頭を下げてきたし、貴族たちも会釈をしてきた。

 これが「罪人一家」のお通りだったなら、こちらに向けられる視線はもっととげとげしいものだっただろう。


(本当に、お父様の潔白が証明された……?)


 半信半疑ながら向かった執務室だったが、そこで父と再会できたことでさしものリューディアもふっと体の力を抜いてしまった。


「あなた!」

「すまなかった、皆。……心配を掛けた」


 すぐさま駆け出した母を、父はしっかりと抱き留めた。さすがに罪人といえど貴人用の部屋に入れられていたようで、思ったよりも元気そうな父の姿にリューディアはほっと息をついた。


 隣を見るとアスラクが目尻を赤くしてうずうずしていたので、リューディアはその背中を押して両親のもとに行かせた。そして彼女は少し離れたオーク材のデスクの前に座る国王のもとに行き、お辞儀をした。


「お呼びに応じて参りました。シルヴェン伯爵が長女、リューディア・シルヴェンでございます」

「よく来てくれた。そして……此度の件で、シルヴェン伯爵には大変申し訳ないことをしたことを詫びよう」


 父よりも二つほど年上だったと思われる国王は渋い顔で言うと、面を伏せた。


「……ビルギッタの件は、完全に娘の落ち度だった。それについて、謝罪と説明をさせてもらいたい」

「……かしこまりました」


 そこでリューディアたちはソファ席に案内され、事の顛末を聞かされることになった。

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[気になる点] 「ええ。……詳しいことは分からないけれど、お父様の無実が証明されたそうなの!」 貴族の妻が夫の事をお父様って呼ぶ?違和感あるんやけど。漫画から来たけど「お父様」って読んだから一瞬「ん?…
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