59.終幕
「その服、タエ婆に借りたの? 髪型も……よく似合ってるね」
「あ、ありがとうごじゃ……ざいます」
御前会議が終了し、着替えや荷物を取りに鷲尾邸へと戻る馬車の中で、紬は何故か冬至と二人きりで向かい合っていた。
無事に御前会議を終えたという安堵感から、急激な眠気に襲われ微睡んでいた紬は、冬至のお世辞に上手く反応出来ずお礼の言葉を盛大に噛んでしまう。
あの後に行われた被告人尋問で、マキは「全てが亜須真様の指示でした」と語り、会場を大いにどよめかせた。
最終的に皇帝によって、一連の騒動の真の首謀者が烏丸であると結論づけられ、第一皇子と烏丸は彼らの側近達と共に拘束され、帝都第一監獄へと送られた。
閉廷後も、裏付け調査の為に烏丸邸に派遣した衛兵からの報告を受けたり、国民に事の顛末を公表するための内容を吟味したりしているとあっという間に日が暮れて、こんな時間になってしまった。
出来れば流華やマイカ達と共に紹介所に帰りたかったのだが……タエ婆の側近という立場で会議に参加していた為、紬の途中離脱は認められなかった。
次々と指示される雑用をやり遂げ、ようやく帰宅の許可が出たが、主人であるタエ婆はまだまだ仕事が残っているらしく、本日は皇宮に泊まるという。
「一緒に泊まっていくか?」というお誘いを丁重に断って、手配して貰った馬車を待っていたところ、父親に後処理を引き継いだ冬至と鉢合わせた。
そこで「たとえ馬車移動でも夜道に女性一人は危険だから」と半ば押し切られるような形で送ってもらうことになり…………現在に至る。
所長もお忙しいだろうに、申し訳ないなぁ……。
向かいに座っている冬至に少しでも寛いで貰おうと、紬はキャビンの端へと身体を寄せて気配を消そうと試みる。
しかし、何故か冬至の大きな手が追いかけてきて、紬の頬にそっと触れた。吃驚して見上げると、身体を乗り出す冬至にまじまじと顔を覗き込まれている。
「……目の下にクマが出来てる。いろいろあったから疲れただろう……。無理していない?」
反射的に息を殺して固まっていると、心配そうな声が降ってきた。そういえば、豊穣祭当日から目まぐるしく動き回っていてあまり休めていない気がする……。
自覚すると一気に疲労感が押し寄せてきたが、それ以上に冬至との近すぎる距離に困惑して頭が冴えた。頬の触れられている部分が熱を発しているかのようにカッと熱くなる。
「わ、私は大丈夫です。……それよりも所長の経歴、驚きました! 私、全然知らなくて……凄いですね!」
慌てて話題を変え、御前会議に現れた冬至の姿に驚いたことを告げると、青年は困ったように肩をすくめて眉を下げた。
「あぁ、俺自身が凄い訳じゃなくて、生まれた家が凄かっただけなんだけどね」
少し寂し気に揺れる冬至の瞳を、紬は不思議そうに見つめて首を傾げる。
「え? 所長自身が十分凄くないですか?? 私、今回のこと……不安で仕方なかったのですが、所長がしっかり烏丸様の悪事を暴いてくれて……本当にホッとしましたもん。
黒羽様を連れて来られたこともそうですが、あの短期間で証拠となる爆薬まで入手しているなんて……流石です!!」
小さく手を叩き、嘘偽りなく感心したことを告げると、冬至の瞳が数度瞬かれた後、愛おしいものを見るように細められた。その表情に思わずドキリと心臓が跳ねる。
「ははっ……そっか、ありがとう。でもあの爆薬もどきはね、源太の部屋からそれっぽく見えるものを拝借してきただけなんだ。
流石にこの短時間で決定的な証拠は掴めなかったから、ちょっとカマをかけさせて貰ったんだよ。烏丸殿は頭は切れるんだけど、昔から短気でね。カッとなると冷静さを失う傾向があるんだ」
紬が驚いて目を瞠ると「そこに付け込ませてもらった」と冬至が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「正直、上手くいくかは五分五分……といったところだったけど、黒羽殿が予想以上に彼を刺激してくれて助かったよ」
「そうだったのですか……。本当に、上手くいって良かったです。あのまま烏丸様に褒賞が与えられてしまったらどうなってしまうのかと……とっても不安でしたから」
第一皇子が拘束された後、皇帝は第二皇子を後継に据えることを発表した。ただ、直ぐに位を譲るのではなく、これから少しずつ仕事を任せていき、その適正を見ていくという。
「第二皇子殿下は若いけど、皇嗣様の意志を継いでいる方だからきっと良い統治者になるよ」
冬至が自分にも言い聞かせるように、遠くを見ながら呟いた。その言葉に期待を込めて紬も大きく首肯する。
それから二人で御前会議までの出来事を報告し合っていると、馬車はあっという間に鷲尾邸に到着した。




