46.速達の任務(7)
「紬? ば、馬鹿! 何やってるんだよ!?」
我に返った源太の焦ったような声を背中に聞きながら、紬はゆっくりと番犬に近付いていく。黒い大きな犬は警戒するように紬を睨み付けるとガウゥゥ……と低く唸った。
さっきはごめんね……。煙、苦しかったよね……でも私、どうしてもあなたのご主人様に会いたいの。
だからお願い……と心の中で念じながら手を差し伸べると、番犬が眉間に皺を寄せ、鋭い牙を剥いた。
「ひいいいぃ!」と背後から情けない悲鳴が聞こえたが、紬は怯まず綺麗に整えられた毛並みへと手を伸ばしていく。
ピンッと立った耳と耳の間に優しく触れ、そのまま丁寧に撫でてやると、番犬の表情から次第に殺気が消えていった。クゥーンと甘えるような声を出したかと思うと、腕に湿った鼻を擦り付けてくる。
「可愛い……」
思わず破顔してヨシヨシと頭を撫で続けると、番犬は心地良さそうに紬を体を預けてきた。
やっぱり、全然怖くない……。
番犬の滑らかな毛並みを堪能しながら大丈夫だったでしょ? と得意気に振り返ると、源太が零れ落ちそうな程大きく目を見開き、あんぐりと口を開けてこちらを見つめていた。
「し、信じられない……こいつがタエ婆以外に懐くなんて……紬、一体何したの?」
「別に何もしてないです。源太さんみたいに反射的に逃げ出しちゃうから追いかけられちゃうんです。
番犬なんだから自分から逃げる怪しいものは追わないといけないでしょう? この子はちゃんと自分の仕事をしていただけですよ」
先程は飛びかかられてしまったので煙玉を使ったが、基本的にこちらが悪意を見せなければ賢いこの子は襲ってきません! と自信満々に答えると、源太は「そうかなぁ……」と納得いかない表情でぶつぶつと何か呟いている。
しかし番犬にグルル…と牙を剥かれると「すみませんでした!」と素早く謝罪した。
「私達、どうしても今すぐにタエ婆に会いたいの。怪しい者ではないからここを通らせてもらえる?」
紬は地面に膝をつき、目線を合わせて番犬に話しかける。言葉が分かるとは思っていないが、真摯に向き合えば例え動物であっても伝わるものはあると思う。
紬の言葉を聞いた番犬は彼女と源太を交互に見比べた後、ついて来いとでも言うように顔を振り、庭園とは反対方向へと歩き始めた。
「……案内してくれるの?」
思いがけない反応に戸惑って源太と顔を見合わせていると、痺れを切らしたのか先を歩いていた番犬が戻って来て紬のローブの裾を咥え、ぐいぐいと引っ張る。
「ついて来いって言ってるみたい……」
「ま、待て紬、本当に大丈夫か? 案内する振りをして衛兵に突き出されるかも……」
ローブを引かれるままに歩き出そうとすると、慌てて腕を掴まれ引き止められた。猜疑心が伝わったのか、番犬が振り返ってギロリと源太を睨む。
「ひっ! ……な、何でもないです……」
怯えた源太が手を離すと、番犬はフンッと鼻を鳴らし、再び前を向いて紬のローブを引っ張り始める。
「なんか大丈夫な気がします……ついて行ってみましょう」
紬が笑いを堪えなが告げると、源太は不服そうに唇を尖らせながらもこくりと頷いてくれた。




