44.速達の任務(5)
ん?? グルグル……??
何の音だろう? と紬が首を傾げると、源太が「ひっ……」と小さく悲鳴を上げた。驚きと恐れの混じった視線が紬の背後に注がれている。
何かの気配を感じて恐る恐る振り返ると、紬と頭一つ分程しか変らない大きさの黒い犬が牙を剥いてこちらを威嚇していた。
「紬、やばい……。そいつ婆さんの番犬だ。従順すぎて主人の言うことしか聞かないんだよ……」
俺、絶対敵だとみなされてる……と源太が情けない声で呟き、ジリジリと後退る。
暫くの間唸り続ける番犬と睨み合う状態が続いたが、堪え切れなくなった源太がサッと踵を返したかと思うと、全速力で敷地の奥へと駆け出した。
「え……? ちょっと?! 源太さん?!」
反射的に身体が動き、源太の後を追って走り出すと、番犬がガウガウ! と大きな声で吠えながら飛び掛かってきた。その鳴き声に反応した衛兵達の声や足音があちこちから聞こえ、辺りが喧騒に包まれていく。
まずいまずい、まずい……!!!!!
襲ってきた大きな影を辛うじで躱し「ごめんね、ごめんね……」と心の中で謝りながら、紬は煙玉を一つだけ破裂させる。
視界を遮る煙幕に戸惑う番犬のキャンキャンという鳴き声が聞こえ、殺気を放っていた気配が遠ざかっていった。
助かっ……いやこれ、まだまずいよね……??
何とか番犬からは逃れたが、近衛兵に見つかるのは時間の問題だろう。煙幕に気付いた衛兵達がすぐにこちらに向かってくる筈だ。源太の背中を追いながら紬は周囲を観察し、何か手はないかと思考を巡らせる。
「!! 源太さん! こっち、こっちに逃げましょう」
逃げる源太の腕を掴み、力いっぱい引っ張って進路を変えた。
必死で足を動かして反対方向へと誘導すると、屋敷の隅にひっそりと建っている物置のような古びた小屋へと駆け込む。先程周囲を見渡した時に扉が半開きになっているのを発見したのだ。
二人で身を潜めるには少々狭い空間だが、源太を押し込み、パタリと扉を閉めて内側から閂をかけた。程なくしてバタバタと複数の足音が小屋の側を通過していく。良かった、間一髪だった……。
「あ、危なかった……」
紬は扉を背に「はぁぁぁ……」と声にならない大きな溜め息を吐いて脱力した。ちらりと源太へ視線をやると、小屋に押し込められている物の隙間に挟まって膝を抱え、ブルブルと身体を震わせている。
「……大丈夫ですか?」
さっきまであんなに頼もしかったのに……。捕食者に怯える小動物のように隙間で身体を縮こまらせている源太を見て、紬は内心苦笑しながら遠慮がちに声を掛ける。
「だ、大丈夫。別に犬が駄目って訳じゃないんだ。アイツがちょっと、苦手なだけで……」
強がっているが、言葉に全く覇気が無い。あの番犬にかなりのトラウマがあるようだ。
無理はさせたくないが、この場所も安全では無いだろう。出来れば一刻も早くタエ婆の元に辿り着きたいところだが……。
「私達が侵入していることがバレてしまいました……。外の警戒は更に強められそうですね……」
どうしたものか……と途方に暮れていると、深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻した源太がリュックサックの中から一枚の紙を引っ張り出して広げ始めた。どうやら屋敷の見取り図らしい。
「ちょっと派手に動き過ぎたからこれまで以上に慎重に行動しないと……分かってる、俺が悪かった。そんな目で見ないでよ……。
とにかく屋敷の中に忍び込めさえすれば、近衛兵は近付けない。タエ婆に世話になっていた頃に仲良くなった使用人が何人かいるから、そいつらに事情を説明して匿ってもらおう」
派手に動き過ぎたという発言に「誰の所為だ」と半目になって抗議すると、源太が眉を下げて素直に謝罪した。しかしすぐに真顔に戻り「侵入経路をどうするかなぁ……」と見取り図を睨む。
「侵入する方法は幾つかあるんだけど、俺が思い付く場所はおそらく向こうに把握されていて、既に衛兵が配置されてる気がするんだよなぁ……」
源太がぐしゃぐしゃと乱暴に髪をかき上げる。外部から侵入されやすい場所は当然のことながら真っ先に警備が固められるだろう。
「ん〜〜、こうなったら一か八か、庭園の方に回ってみるか……」
運に任せると言う源太の言葉に、紬は不安を感じながらも頷くしかなかった。
\お読みいただきありがとうございます!/
実は今週予定が立て込んでしまい、執筆時間を確保することが出来ませんでした……。
ストックが切れてしまった為、少しお時間を頂き次回の更新は10/25(月)の18:00になるかと思います。
お待たせすることになってしまい、大変申し訳ございません。第二章も終盤に差し掛かってきました。完結されられるように頑張りますので、今暫くお待ち頂けますと幸いです……orz




