39.驚愕の事実(2)
「何、その反応……? あんた達何か知ってるの?」
流華が怪訝そうに、顔を見合わせたままの紬と忍を交互に見る。紬は流華の方へと向き直り、やや緊張した面持ちで口を開いた。
「あの……烏丸様のお名前って、確か亜須真……でしたよね……?」
最近何故かよく耳にする名前を告げると、流華は眉を顰めて頷いた。隣でマイカが大きく目を見開いている。
「実は……足柄領の前領主様に硫黄の裏取引を持ちかけたのは烏丸様ではないかという話を聞きまして……」
今朝方、理絵から聞いたばかりの話を伝えると、流華の表情が更に険しくなった。
「成る程……足柄領に烏丸家当主がお忍びで……ふ〜ん……あすまという名前の貴族は少ないし、あなた達兄妹のパトロンになれる程の財力を持っているのは……烏丸家の亜須真様ぐらいね」
流華がマイカを見つめながら独り言のように呟いた。流石は諜報員、貴族名鑑は全て頭に入っているようだ。
環が話していたとおり、足柄孝治は三日程前に獄中で死亡しており、取引の相手が烏丸だったかどうかを確認することは不可能とのことだった。流華は顎に人差し指を当て「ふむ…」と考え込むような仕草をとる。
「烏丸家は第一皇子派の筆頭貴族なの。夾竹桃密輸の件に第一皇子派の貴族が関わっていたという話はしたでしょ? その貴族も元々烏丸家と関わりが深い人間だった。彼が行方を眩ませているからこの件に烏丸が絡んでいるかどうかは掴めていないけど……。
ただ、皇帝が譲位を示唆してからもうじき二年……。そろそろ第一皇子の立場を確実にする為によからぬ事を画策してもおかしくは無い……」
警戒はしてたんだけど、夾竹桃の件にばかり気を取られていたかもね……と言うと流華は黙り込み、暫く思案した後に再び口を開いた。
「豊穣祭での騒ぎに乗じてマキは神殿に忍び込み第二皇子を襲った。かなり計画的に動いていたようだから、爆発騒動は偶然起こったものでは無いと思うわ。
そんな中で、マキの雇い主であろう烏丸が火薬原料を秘密裏に入手していたという疑惑が浮上してきた……。なんだかとっても不穏な香りがするわね……」
流華が目を細めて不敵な笑みを浮かべる。その蠱惑的な表情にゾクリと背筋が凍って、心臓が騒めいた。
夾竹桃の密輸を画策していた商人や貴族、足柄領の元領主である孝治など、烏丸亜須真にとって都合が悪い人間が相次いで姿を消していることも気に掛かる……。
「一連の騒動は、第一皇子に手柄を立てさせる為に烏丸が仕組んだとは考えられないかしら……?」
流華の瞳が獲物を見つけた獣のように獰猛な色を湛えて鋭く光った。紬は先程からずっと感じていた胸騒ぎの原因はこれかと密かに納得する。現時点では仮説でしか無いが、確かに烏丸の周辺では怪しいことが起き過ぎている。
「火薬の件については詳しく調べてみる必要がありそうですね……」
忍が諜報員の顔で上司を見つめる。その視線を受けた流華も真剣な表情で首肯した。
「そうね。でも、まずいことになったわ……。このままだと疑惑だらけの烏丸には明日急遽開かれることになった御前会議で、褒賞が授与されてしまう……」
えっ??こんなに早く??
第一皇子が次期皇帝の座に就くことが確実になってしまうという流華の言葉に、紬は思わず息をのんだ。
豊穣祭での騒ぎを収束させた第一皇子を実際に見ているし、民意が第一皇子や烏丸側にに大きく傾いていることは理解しているが、まだ現場の復旧も終わっていない段階でこんなに早くことが進むものなのだろうか……?
紬が困惑していると、流華が気遣うようにマイカへと視線を向ける。
「今回の会議は烏丸の要請なの。一連の騒動の犯人を証拠を持って明らかにすると……。恐らく全ての罪をマキに被せて断罪するつもりね」
「そ、そんな……!!!」
マイカが弱々しく悲鳴をあげた。その顔は色を失い、恐怖からか身体が小刻みに震えている。
マキさんを都合の良い駒のように扱った挙句、罪を被せるなんて……。
紬は込み上げてくる怒りに顔を歪ませる。
「勿論、こんな疑惑を知ってしまった以上このままにしておく訳にはいかないわ。明日の御前会議は開催を見送るか、それが無理でもせめて結論を焦らないよう、慎重にことを運んで貰えるように頼まないと……」
「そ、そんなことが可能性なのでしょうか……」
紬は隣で項垂れているマイカの肩を抱きながら、ハッとして口を噤んだ。焦るあまり思わず言葉が出てしまった。
しかし、やんごとなき身分の者しか参加出来ない御前会議で自分達の意見を聞き入れて貰えるとは思えない……。戸惑う紬に流華が優しく言葉を掛ける。
「勿論、私達が直接嘆願しても聞き入れて貰えないわ。だから然るべき人に事情を説明して時間稼ぎをお願いするの。その間に私達は烏丸が有罪である証拠を集めましょう」
「し、然るべき人とは……?」
紬が尋ねると流華は「あぁ…」と呟き、にっこりと色香の漂う美しい笑みを浮かべる。
「帝都人材紹介所の頼れる相談役……タエ婆よ。あの人、あぁ見えて皇帝の血を引いてるの。分かんないもんでしょ?」
あっさりと告げられた驚愕の事実に、紬は驚きのあまり言葉を失った。




