37.烏の陰謀(2)
彼奴がしくじったことだけは想定外だったが……大丈夫、計画に大きな支障は無い。
自身の手駒であるマキには、騒ぎに乗じて厄介な第二皇子を消せと指示を出していた。近衛隊の軍服を支給して変装もさせたのだ。警備体系の崩れた神殿に忍び込むことはそう難しく無かっただろう。
しかし、何故か彼奴は皇子暗殺に失敗した。マキが親衛隊に捕えられ、帝都第一監獄に収監されたと報告を受けた時、思わず取り繕うことを忘れて舌打ちをしそうになった。
これまでどんな指示でも確実にこなしてきていたのに、何故一番重要な局面でしくじるのだと罵声を浴びせてやりたい。
しかしまぁ、彼奴が口を割ることは無いだろう……。
便利な駒が親衛隊の手に渡ってしまったのは痛手だが、妹想いの彼奴が自分を裏切る心配は無いと確信を持って言える。
なんせ己が捕らわれの身となった今、大事な妹を任せられるのは私しかいないのだからな……。
烏丸はグラスに入った洋酒を一気に飲み干して、厭らしい笑みを浮かべた。ほんの気まぐれで助けた孤児だったが、案外いい仕事をしてくれている。
マキと出会ったのは五年前の寒い冬の日だった。皇嗣の突然死に皇宮が揺れる中、烏丸は自身の未来が開けたのだという興奮で身体中の血液が沸き立つような感覚を味わっていた。
少し頭を冷さなければと思い、歩いて帰宅している途中、道端で這いつくばっている彼等を見つけたのだ。あの日のマキは、愚かにも高熱で魘されいる妹の首を絞めようとしていた。
普段ならわざわざ足を止めることのない光景なのだが……。その日は久々に味わう高揚感に舞い上がっていたのと、殺人現場などという不快なものを見せられてこの興奮に水を差されるのが腹立たしく、気が付けば妹の首にかかったマキの腕を取り上げていた。
それがきっかけで兄妹と関わるようになり、二人分の衣食住を保証する代わりに、自分の手先となって働かないかと持ちかけた。マキは、妹を汚れ仕事に関わらせないことを条件に烏丸の駒となったのだ。
彼奴との関係もあと数日で終了か……。思ったよりも長い付き合いだったな。
空になったグラスに洋酒を注ぎ足しながらクククッ…と低い声で嗤う。
マキには第二皇子暗殺未遂の罪だけでなく、爆破事件の実行犯や夾竹桃を流通させようとした罪も全て被って消えてもらう。実際に爆弾を仕掛けるのも、夾竹桃の取引を持ちかけるのも全て彼奴にやらせていたので証拠は十分すぎる程に揃っていた。
マキが全ての罪を被って有罪となり、処刑されることでこの計画は完遂となるのだ。烏丸は洋酒の注がれたグラスを持ち上げ、照明の下に掲げてキラキラと輝く液体をうっとりと眺める。
改革に犠牲はつきものだ。孤児一人の犠牲で理想の政治体制が手に入るなら安いものだろう。長年の野望が叶い、皇帝の後見人となった暁には、功労者である奴を盛大に弔うぐらいはしてやろう。
また忙しくなるな……。
皇帝が提示した期限まで約一年……。第二皇子を亡き者にすることは出来なかったが、流石に今回の件で第一皇子が後継に指名されるのは確実となった。
烏丸はグラスを傾けながら、近いうちに実現するであろう理想の未来を思い描き、満足気な笑みを浮かべた。




