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運び屋少女の勤務録 〜お困りごとなら帝都人材紹介所にご相談ください!〜  作者: 夏時みどり
第一章 お困りごとなら帝都人材紹介所にご相談下さい!
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4.人材紹介所へようこそ!(3)



 「ちょっと、あんた達! 品のない会話が部屋の外まで漏れてるわよ!」



 久しぶりの本業の気配に浮き足立っていた一同を咎める声が響く。驚いて入口の方へと目をやると、思わず見惚れてしまうほどの色香を纏った美しい顔がこちらを睨んでいた。



「忍。受けると決まっていない依頼のことをベラベラ話すのは感心しないわね」



 中性的な魅力を湛える美人が凄むとかなりの迫力がある。忍が「ひっ!」と息をのんで己の口を手で塞いだ。



「る、流華るか様! す、すみません。久々の裏メニューの依頼だったので嬉しくて、つい……」



 咎められた忍はシュンと肩を落として謝罪する。顔や仕草は女性的だが、男性的な引き締まった身体を持つこの麗しい人物−−樺山流華かばやま るかは、子爵籍を持つ貴族であり、帝都人材紹介所の情報部門を取り纏めている忍の上司に当たる人物である。


 その美貌に加えて、紬など足元にも及ばない程の高い女子力を有していることから、人材紹介所の面々(主に双子)に「姐さん」と呼ばれていた。



 忍の言い訳を聞いて、「はぁ……」と溜息を吐き、肩まで伸ばした蜂蜜色の髪をかき上げる仕草も様になる。憂うように伏せられた眼と、チャームポイントである泣き黒子がその色気を更に助長させている。



 ()()は男なのか、女なのか……などとつまらないことを気にしていた時期もあったが、当人に「流華さんは流華さんでしょ?」と優しく諭されて以来、それもそうだなと皆がすんなり受け入れている。



 

「……まったく。緊張感が足りんな」



 呟くような声と共に、思わず身震いしてしまうような冷気が流れ込んできた。声の主にいち早く気づいた双子が同時に小さく悲鳴をあげる。


 紬も恐る恐る声のする方へ顔を向けると、殺気を放つ美丈夫が流華の背後で顔を顰めていた。



「ちょっとあんた、威圧しすぎよ……。その殺気引っ込めなさい。みんな萎縮しちゃってるじゃない」



 流華が振り返り、冷気を放つ青年に向かって呆れたように声を掛ける。



 些かクール過ぎる空気を纏うこの美丈夫は、帝都人材紹介のNo.2−−副所長を務める沖恒紫苑おきつね しおん。伯爵籍を持つ沖恒家の嫡男であり、高い戦闘力を備えた機動隊部門を率いる実力者でもある。


 どんな場面でも感情を表に出さず冷静に振る舞うため冷たい印象を受けるが、均整のとれた体躯に細い銀縁眼鏡の奥にある切長の目、真っ黒な髪をきっちりと後ろに流して固めた威厳のある容姿……。


 流華とはまた違ったクールな魅力を持つ紫苑は、年若い少女からマダムまで、多くの女性利用者達を虜にしていた。




「まぁまぁ、お説教は後にして。みんなちょっと集まって貰えるかな?」



 スラリと背の高い青年が登場し、ニコニコとした笑みを浮かべながら紫苑と流華の肩を叩く。


 紫苑は一瞬ピクリと眉を動し、流華は「はぁ……」と脱力したが、青年は気にする様子もなく、笑みを湛えたまま皆に中央のテーブルへ集まるようにと指示を出した。



 この飄々とした掴みどころのない雰囲気を纏う青年が、帝都人材紹介所をまとめる代表である。


 皆が「所長」と呼ぶこの人物は、恐ろしく頭が切れることと、裏家業の仕事に精通していること、紫苑や流華から「冬至とうじ」と呼ばれていること以外、殆どが謎に包まれていた。



 艶やかな赤茶色の髪に、橙色に見える色素の薄い瞳。常に笑顔を絶やさない整った顔立ちや、気品溢れる佇まいから、おそらくいい所の貴族なのだろうと想像がつく。


 しかし、忍や双子も彼のことを詳しくは知らないようで、面倒見の良い流華にそれとなく尋ねてみても「まぁ、そのうち分かるんじゃない?」とはぐらかされていた。




「さて、みんな揃って……ないね。源太げんたはどこにいるんだい?」



 各々がテーブルを囲み、席に着いたところで所長である冬至が全員を見回して問いかけた。


 紫苑に目線だけで指示を受けた岳斗と海斗が立ち上がり、部屋の隅から布にくるまっている()()を抱えてくる。

 


「ふわぁぁぁぁ……。一体何だよ? せっかく気持ち良く寝てたのに」



 双子に抱えられた布がモゾモゾと動き、中から小柄な少年が欠伸をしながら顔を出した。煤だろうか? 顔の所々が黒く汚れており、額におかしな形をしたゴーグルを付けている。



「ちょっと、源太。ここで寝泊まりするの辞めなさいって言ってるでしょ?」



 眠そうに目を擦る少年に向かって、流華がジトっとした視線を向ける。



 悪びれる様子もなく「はいはい」と空返事をしている彼は源太げんた。丸顔に黒目がちの大きな瞳、小動物のような可愛らしい幼い見た目に反して、実際はとうに成人を迎えた立派な大人である。




「家政部に頼まれた新しい洗剤を開発してたんだよ」



 目をシパシパと瞬かせながら源太が口を開く。この存在自体が詐欺のような青年は、天才発明家として世間に名を馳せており、彼の発明した品々は業務効率化に大きく貢献していた。


 紬が持ち歩いている煙玉や足止め液、痺れ薬などの護身用具も源太が開発したもので、これらが支給されてから仕事で怪我をする回数が格段に減っている。




「あぁ、厠掃除用に強力なものをと要望が出ていたあれか。そちらも現場から急かされてるからね。宜しく頼むよ」



 冬至はそう源太に声を掛けると、「さて」と皆の方へと向き直った。


 長机を囲む全員が口をつぐみ静かに冬至の言葉を待つ。彼を含めたこの8名が紹介所に常勤しているメンバーだ。



 帝都人材紹介所は前任者から運営を引き継いだ学院時代からの同級生である冬至、紫苑、流華の見目麗しい幹部勢と、労働者にもれなく支給される源太の便利アイテムが評判を呼び、今や国一番の登録者数を誇る紹介所へと成長を遂げていた。


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