《閑話》 退勤前の控室
21話の後、控室でのお話です。
「で、忍さんの意中のお相手ってどんな方なんですか?」
勤務終了後、従業員控室に戻って扉を閉めた瞬間に、マイカが目を輝かせながら忍に迫る。困惑する忍が、助けを求めるような眼差しで紬の方を見た。
「恋人じゃない……ってことは好きな人がいるんですよね? 大丈夫です! 誰かに言いふらしたりしないですし、ご要望がない限り、変に間を取り持とうとしたりもしませんから!」
ちゃんとわきまえています! と胸を張るマイカの押しの強さに紬は思わず苦笑する。きっと彼女の辞書に「諦める」という文字は無いのだろう。
猫目少女の良く言うと粘り強く、悪く言うとしつこい言動は以前からよく目にしていた。これは忍が折れるのも時間の問題だろう。紬は頬を染めて困ったように眉を下げている少女に憐れむような視線を送る。
「る……流華様です……」
マイカからの怒涛の追及に屈し、とうとう忍が消え入るような声で想い人の名前を呟いた。
「え? 流華様って紹介所の?! きゃぁ~! 素敵!」
マイカが手を叩いて黄色い歓声を上げる。紬はその様子を複雑な表情を浮かべながら静かに見守っていた。
「あれ? 紬はあんまり驚いてないのね。……あ、さては知っていた??」
「えっ?……え~っと……」
突然話を振られ、反応が遅れる。勘の良いマイカが「なんだ〜」とつまらなそうに唇を尖らせた。その隣では、忍がこれ以上ない程大きく目を見開いている。
「あ、え~っと……誰かに聞いたとかじゃなく、ちょっと、その……心当たり? があったというか……」
居たたまれない気持ちになって、しどろもどろになりながら返答するとボンッ! と効果音がつきそうな程、忍の顔が一気に真っ赤になる。
「あ、いや違うんです! 多分他の人は全く気付いていないと思います!」
「バレてたなんて……」と呟き、羞恥のあまり両手で顔を覆って脱力してしまった忍に駆け寄り、紬は慌てて弁明する。
「流華様って女性が恋愛対象なんですね。あんなに綺麗だから正直男性からも人気があるでしょう?」
寸刻の後、控室に設置されている高級そうな長椅子に腰掛けたマイカが疑問を口にした。隣に並んで座っている忍はまだ両手でパタパタと顔を仰いでいるが、大分落ち着いたようだ。
「女兄弟が多いから自然と口調がうつって美意識が高くなったって言っていたわ。外見だけで擦り寄ってくる令嬢除けにもなるから、特に戻そうとも思わないって」
一息ついた後、忍が答える。仕事の際は樺山家の令息として社交の場に出ることも多いらしい。あの容姿なので男性から熱い視線を向けられることもあるが、それはまぁ……何とかなるそうだ。
「なるほど。あの美貌ですもんねぇ。間違いなくモテるでしょうし、本気を出せば直ぐに相手も見つかりそ……」
流石に配慮に欠けると気付いたのか、マイカが慌てて自身の口を手で覆う。紬は眉を顰めて「なんてことを言うのだ」と非難の視線を送ったが、忍は「そうよねぇ」と気にする素振りを見せることなく口を開いた。
「樺山家は領地に国内有数の絹糸産地を持つ由緒正しい家柄だもの。繋がりを持ちたいご令嬢はたくさんいるでしょうね。……いや、私は別に結ばれたいと思っている訳ではないのよ。今代限りの男爵家の令嬢なんて、全然釣り合わないし」
忍は少し寂しそうな表情で淡々と告げる。隠村家は跡継ぎとなる男児がおらず、今代限りでの爵位の返還を希望しているらしい。
「私、母親が平民でしょ?どこに行っても半端者って馬鹿にされることが多かったの。自分に自信が持てなくて、当時は相当卑屈だったと思うわ。でもそんな時に流華様と出会って……落ち込む私に、自分の価値は自分で決めるものよって言って下さったの」
物凄く自由に生きている流華様を見て、周りの目ばかり気にしていることが馬鹿らしくなったわと忍が微笑む。
誰にでも分け隔てなく、明るく接する彼女にそんな過去があったなんて……紬は驚いて目を瞠る。
「私もそのうち親の決めた相手に嫁ぐことになると思うし、気持ちを伝えるつもりは無いの。でもまぁ、今だけは……いいかなって」
穏やかな笑みを湛えて「初恋に折り合いをつけている最中なの」と告げるその横顔はハッと息をのむほど美しかった。
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