3.人材紹介所へようこそ!(2)
「ねぇねぇねぇ、ねぇ!!」
可憐な少女が嬉々とした表情で駆け込んできた。頭の高い位置で結ばれた髪が彼女の心情を表しているかのようにピョンピョンと跳ねている。
「「何だよ忍。うるせぇなぁ」」
ぶっきらぼうな声が二つ重なって部屋に響く。一つは中央にある長椅子から、もう一つは壁際に置かれたロッキングチェアから発されたものだ。
声のする場所には、それぞれ栗色の髪を短く刈り上げた見た目も声色もそっくりな青年が、足を投げ出し殆ど寝転がるような姿勢で寛いでいた。
午前中に頼まれた仕事を終え、広い出窓に腰掛けてぼんやりと雨空を眺めていた紬はゆっくりと少女へ視線を移す。
「何よ。久しぶりに裏メニューの仕事が入りそうだから、知らせに来たのに」
忍と呼ばれた少女はそう告げると、わざとらしく頬を膨らませる。あざとい仕草だが歳の割に幼く見える可憐な見目をしているからか、不思議と不快さは感じない。
「「仕事って、本当か?!」」
忍の言葉を聞いた青年達は、同時に大きな声をあげて座面から飛び起きた。毎度のことながら、双子とはいえここまでピッタリと息が合うことに紬は密かに感心する。
彼らはずんずんと大股で忍へと近付き「詳細を教えろ」と詰め寄った。
「まだ所長のところに通しただけだから、本当に仕事になるかどうかは分かんないわよ」
忍が飄々と告げて肩を竦める。そんな彼女に、双子の片割れがグイッと顔を近付けた。
「依頼者はどんな奴だったよ?」
かなり至近距離で顔を覗き込まれているにも関わらず、慣れているのか忍は特に気にする風でもなく、人差し指を顎に当てて「う〜ん」と考え込むような仕草をとった。
「裏メニューは所長管轄だから詳細は聞いてないんだけど……真面目そうな雰囲気の男性だったわ。自分を警護をして欲しいって言ってたから、依頼を受けるなら岳斗と海斗には声が掛かるんじゃない?」
「なるほど。あぁ〜所長受けてくれねぇかなぁ。最近大した仕事が無くて腕が鈍ってしょうがねぇんだよ」
忍に異常なほど顔を近づけていた双子の片割れ、もとい岳斗が伸びをしながらそう呟くと、常識的な距離感を保っていたもう一方の片割れこと、海斗が激しく首を振って同意した。
「私も久しぶりに本業をやりたいなぁ。ここんところ紹介所にこもりきりだし。知ってた? 受付嬢も意外と大変なのよ」
「その割にはノリノリでやってるじゃねぇか」
軽い愚痴をこぼす忍に海斗がぽつりとツッコミを入れる。忍がキッと鋭い目付きで海斗を睨むと、岳斗が「おぉ、怖ぇ~」とおどけた口調で怖がるように自身の肩を抱いた。
裏メニューとは、いわゆる裏家業を請け負うための特別メニューである。
帝都人材紹介所では一般的な人材紹介業に加えて、要人の警護や国益の為の諜報活動など、裏の仕事に関わる人材の紹介や依頼を請け負っていた。
裏メニューについては厳しい基準があり、登録希望者や依頼主は紹介所の責任者である所長と面談を行い、その承認を受ける必要がある。
謀反など、国に不利益をもたらすようなことを企んでいる事実が発覚しようものなら、すぐ近衛兵に突き出され断罪されてしまうのだ。
面談という名の身辺調査に合格した登録者は、通常メニューと同様に能力に応じて部門分けが行われ、諜報活動を行う【情報部門】実戦を伴う【機動部門】任務完遂のための実働要員となる【歩兵部門】のいずれかに分類される。
忍の本業は情報部門に所属している諜報員で、双子の岳斗と海斗は機動部門に戦闘員として登録されている。紬は歩兵部門に所属し、主に運び屋として任務完遂のための足となる役割を担当していた。
とはいっても、元々孤児で身寄りのない紬や双子は滅多に入らない裏家業の仕事だけではとても食べていけず……。所員として通常求人の補助や紹介所の雑用を手伝いながら生活しているのだ。
「紬も久々に大きな仕事やりたいよね?」
黙って会話を聞いていた紬の元へ忍が駆け寄ってくる。彼女の問いに何と答えるべきか迷って、紬は曖昧な笑みを浮かべた。
歩兵部門に属している自分に依頼の全容が伝えられることは殆どないため、正直案件の大小にこだわりはないのだが……。
でも、お給金がたくさん貰えるならいいな。
貢献度に応じて支給される特別手当のことを思い出し、紬は静かに頷いた。