《閑話》 獄中の元領主
帝都第一監獄。大審院にて有罪であると判断された罪人が収監される牢獄で足柄領の元領主である足柄孝治は惰眠を貪っていた。
約三ヶ月前、領地で採れる硫黄の売上げを横領した罪を告発され、有罪判決が下った。この件については、我ながら下手を打ったと思う。先代が経理係として雇ったガキがこそこそと動いていたことに気が付かなかった。
領内にある裁判所から告発を揉み消したと連絡を受けた時には、あのガキは既に帝都へ向かっていたらしい。いつものように家族や恋人を人質にして脅せば、証拠など簡単に揉み消せると思っていたのに……。ごろつき達を向かわせた奴の家は見事にもぬけの殻だった。
対応が後手に回り、結局帝都で護衛を雇った環を捉えることが出来ず、告発文書を大審院に持ち込まれてしまった。その所為で三ヶ月もこんなしけた場所に閉じ込められている。
「あのガキめ……覚えていろよ」
孝治は低く唸り、ギリギリと歯を食いしばる。無意識に強い力で握りしめていた拳を解くと、手の平にくっきりと爪の痕が残っていた。
「しかし、一体いつになったら解放されるんだ?」
溜まっていた不満が思わず口を衝いて出る。自分が大人しくこんな所に収監されているのは、後ろ盾であるあのお方の指示があったからだ。
硫黄を高く買い取ってくれたあのお方が天下を取った暁には、この臭いブタ箱からすぐに解放すると言ってくれた。今こうして比較的楽に過ごせているのもあの方の配慮があるからに他ならない。
しかし、いくらなんでも長すぎる。こんなに時間が掛かるとは聞いていない。孝治は苛立ちを抑え切れず、食べ終わった後の食器を力任せに蹴り散らす。
流石に時間を掛けすぎてはいないか? 一応外の会話を気にするようにしているが、次の皇帝が決まったという話は一向に聞こえてこない。
まさか、俺は騙されたのか……? いや、計画の一部を知っている自分に手の平を返されると不味いのは向こうも同じ筈だ。
あの方は見かけ通り、慎重派なのだろう。しかしこちらにも我慢の限界がある。
ガリガリと爪を噛み、身体を小刻みに揺らして思考を巡らせていると、ふと、妙案を思い付いた。
そうだ! 情報漏洩をチラつかせて待遇を改善してもらえばいいではないか。
向こうの不手際で自分は不利益を被っているのだ。交渉ぐらいしても良いだろう。食事と寝床が改善されればまだ我慢も出来る。あぁそうだ。酒も飲めるように手配してもらおう。
孝治はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると牢を見張る衛兵に「証言したいことがあるから俺を取調べた奴を呼んでくれ」と声を掛けた。
*****
「ぐっ……くそ、貴様、何をした……」
苦しい、苦しい、苦しい。上手く呼吸が出来ず、視界がチカチカと揺れて焦点が定まらない。
孝治はもがき苦しみながらも、牢屋の外から自分を見下ろす虚な瞳を睨みつける。
酒だと手渡された液体を口にした途端、心臓が握り潰されるように激しく痛み、呼吸が浅くなった。猛烈な吐き気に襲われて次第に声も出なくなる。
「……大人しくしていれば良かったものを。愚かだな」
虚だった瞳が一瞬、侮蔑の色を帯びた。男はそれだけ言い残すと液体が入っていた盃を回収し、さっと背を向けて遠ざかる。
「ま、待って……く…………れ………」
最後の力を振り絞って発した言葉が静寂の中に消えていく。いよいよ呼吸が続かなくなってきた。全身が痙攣し、指先から熱が引いて寒気がする。
「ち……く、しょ……ぅ」
呟きと共にゆっくりと閉じられた孝治の瞼は二度と開くことは無かった。




