22.接客の仕事
「喫茶 明星」で働き始めて数日、初めてだった給仕の仕事にも慣れ、指示がなくても動けるようになってきた。
紬は客が帰ったテーブルに向かい、手に持った銀トレイに食器を移して片付けていく。黙々と作業を進めて最後のグラスに手を伸ばした瞬間、「紬」と名前を呼ばれ、右手のトレイがふわりと軽くなった。
「後はやっとくからあのテーブルについて貰えるか? 彩芽さんが担当している席だ」
振り返るとマキが片手でトレイを支え、真顔でこちらを見つめていた。どうやらお客様が話し相手を希望しているらしい。紬は静かに頷いてトレイを預け、指示された席へと歩みを進める。
基本的にはオーダーや配膳の仕事を担当しているが、女性客が少ない時間帯には指名を受けて接客を任されるようになった。
出会いを求める貴族や商会の令息達は、相席出来る女性客が少ない場合は積極的に給仕係を話し相手として指名しているらしい。
中にはお気に入りの給仕と懇意になる為に店に通い詰めている令息もいて、人気の少女は接客対応だけで一日が終わることも多かった。
紬達も新顔の少女が気になる令息達から度々指名を貰っていた。特に忍は可憐な見た目や受付嬢業務で培った人当たりの良さから高い人気を得ており、たった数日で多くのファンを獲得している。
店長の渡が「彼女は派遣スタッフなので」と可能な限り相席を阻止しているが、それでも指名が後を絶たず、今も中央の席で令息達をもてなしていた。
「初めまして。紬と申します」
マキに案内されたテーブルの前で挨拶をすると、卓を囲む三人の青年が一斉に紬を見る。全員が高級そうな装いをしていることから、好所のご令息なのだろうと想像がついた。
三人のうち、一際派手な恰好をした羽振りの良さそうな青年が紬の全身をじろじろと観察する。品定めするような視線に居心地の悪さを感じたが、表情には出さずに控えていると「ふん」とあしらうように鼻を鳴らされた。
「こんな大人しそうな子もいるんだ」
青年がつまらなそうに呟くと、先に席に着いていた給仕服姿の少女が媚びるような声を出す。
「彼女は豊穣祭が終わるまでの期間限定で来てる子なの。失礼があるかもしれないけど、大目に見てあげてね」
上目遣いでそう言うと、羽振りの良さそうな青年の肩にそっと自身の頭を預けた。青年は寄りかかる少女に満足そうな笑みを向けると紬に「まぁ、座れば?」と席を勧める。
「失礼します」と頭を下げて青年の向かい側、一番端の席へ腰掛ける。既に紬への興味を失った様子の青年は隣に座る少女の肩を抱いて口を開いた。
「彩芽ちゃん、次はいつお休みなの? 豊穣祭が終わったら領地の別荘に招待するよ。そろそろ紅葉が見頃なんだ」
「まぁ、素敵! 是非お邪魔したいわ! でも、ごめんなさい……。暫くはお店が忙しくてお休みを貰えそうにないの……また誘ってくださいね」
彩芽と呼ばれた少女がにっこりと輝く笑みを浮かべる。甘ったるい声と庇護欲を唆る可愛らしい顔が特徴的な彼女はこの店の人気No.1給仕で、毎日多くの男性客から相席指名を受けていた。
しかしここ数日、馴染み客の指名が新顔の紬達に流れているようで、三人は勤務初日から彼女に目の敵にされている。
元々好敵手になり得る相手に容赦しないことで有名らしく、彼女の嫌がらせが原因で店を辞めた少女も少ないと聞く。
現に今も新しい子を紹介すると言って紬をテーブルに呼んでおきながら「すぐに辞める子達だから責任感がないの……」などと被害者面で令息達に自身の不憫さを訴えていた。
「どうせ十日の付き合いなんだからほっときゃいいのよ」とマイカは言うが、客の前であからさまに忍やマイカを落とすような発言をされると流石にムッとしてしまう。
私達のことを阿婆擦れだの、節操がないだの……散々こき下ろしくれるけど、自分だって十分無節操じゃない……。
彩芽はより条件の良い男性を求めてかなり相手を吟味しているようだった。隣に座る少年ような羽振りの良い令息を複数キープしながらも、もっと自分に相応しい男性が居るはずだといろんな相手に思わせぶりな態度をとっている。
はぁ……今日はどのくらいで解放して貰えるかなぁ。
彩芽の話を間に受けた令息達からの非難の視線を受けながら、紬は心の中で大きく溜め息を吐いた。




