21.出勤初日(2)
「若者に人気の店だと聞いていたけど、本当に大盛況ね……」
若い男女で賑わう店内を眺めながら忍が呟いた。勤務初日である本日、紬達には注文の確認や配膳などの簡単な仕事のみが任されている。
客入りが落ち着いてしまうと会話の弾むテーブルはオーダーがストップする為、三人は店内の様子を窺いながら手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。
「最近若い女性の失踪事件が多発していて、外出しづらいですからね。こういう所で羽目を外したいのでしょう」
忍の呟きに反応してマイカ口を開く。帝都周辺ではここ数ヶ月の間に、年頃の少女が行方不明になる事件が頻繁に起きていた。
近衛隊によって捜索が進められているものの、犯人は愚か失踪した少女達の行方さえも掴めておらず、巷では巨大な犯罪組織が関与しているのではないかという噂が流れている。
「友人と別れた後、一瞬の隙を狙われて連れ去られた例もあるみたいですね……」
紬は深刻な表情で相槌を打つ。一人で出歩くことが多い紬も、所長命令で夕方から夜間にかけての配達を禁止され、源太の作る護身具をいつもより多く持たされていた。
物騒な事件が頻発し、その犯人が捕まっていないとなると、ご令嬢達が気軽に外を出歩くことは難しいだろう。
その点、人の目多い繁華街の大通りに面しているこの店は道幅の狭い商店街にある店とは違い、送迎の馬車を降りることなく辿り着けるので、道中で攫われる心配が無い。
「安全面もありますけど、ここは出会いの場として以前から有名ですからね」
マイカが目の前のテーブル席を興味深そうに眺めながら囁いた。視線の先では年若い男女のグループが「ご趣味は……?」などと初々しい会話を繰り広げている。
社交を広げるという名目の下、黒服達は積極的に男女の交流が図れるように客を案内していた。目の前のテーブル席も、女性同士で座っていた所に後から男性グループが案内されていた。自己紹介が始められているということは元々知り合いだった訳では無さそうだ。
「最近子爵籍や男爵籍をもつ貴族は自由恋愛をして結婚するケースが増えているらしいし、ここはそういったお相手を見つけるには最適みたいですね」
一応喫茶店と銘打っているので夜遅くまでは営業しておらず、酒類の提供も行っていない。極端に風紀が乱れる心配がない為、健全な出会いを求めている貴族のご令嬢から特に人気が高いらしい。
「ここの給仕はああやって指名されると、席に着いて会話に加わることが出来るから、貴族の令息に見染められたい若い女子に人気なんです」
まさかこんなにあからさまにやってるとは思わなかったけど……とマイカが苦笑する。
店のあちこちで自分達と同じ給仕服を着た少女が席に着き、男性客と談笑している姿が目に入った。そういう目的を持って働いている従業員もいるのかと紬は感服する。
「紬もこの機会に誰か引っ掛けちゃいなさいよ。玉の輿に乗るチャンスだよ。忍さんもどうですか? あ、お家的にこういう出会いはNGですかね?
でも、さっきからチラチラ忍さんのことを見てるご令息多いですよ? 何なら店長も忍さん狙いかも……だって仕事内容を説明する時、私達もいるのに忍さんしか見てなかったもん」
流石に分かりやす過ぎ! とマイカが乾いた声で笑う。確かに三人で並んでいたのに、店長の視線は露骨に忍に釘付けられていた。今尚チラチラと感じる視線も、きっと忍に向けられたものなのだろう。
「私の家は母が平民だし、こういう場で父に見染められたらしいから、絶対に反対されることは無いわね。だからと言ってここで相手を見つけようとは思わないけど……」
忍が困ったように眉を下げながら答えると、すかさずマイカが距離を詰め、声を潜めて言い募る。
「えぇ?! 何故ですか? 店長、結構優良物件じゃありません? 確かにちょっと軽薄そうな雰囲気だけど、歳も若そうだし、ヤマト商会が運営する一等地の店を任されているなんて……きっと将来有望ですよ」
言われてみれば悪い条件では無さそうだ。実際、渡に熱い視線を送っているご令嬢もいる。しかし、忍はどこか煮え切らない態度で微笑むだけだった。
「あ、成る程……既に恋人が居るんですね?」
「ち、違うわよ! 恋人じゃ無いわ!」
……あ。
顔を真っ赤に染めて否定する少女に好きな人がいるのは明白だった。言質をとったマイカがニヤニヤした笑みを浮かべて「後で詳しく聞かせて下さいね」と告げる。その言葉に唖然とし、項垂れてしまった忍を紬は憐憫の表情で見つめていた。
流華様に髪を結われている時の忍さん、可愛かったもんなぁ……。
紬は不憫に思いながらも、数刻前の少女の姿を思い返す。あの時、忍は平静を装いながらも耳を赤く染めて俯いていた。双子や冬至からの褒め言葉には余裕の笑みを返していたのに、流華の言葉に少しはにかんで頬を染める……。
よくよく観察していないと見逃してしまうくらいの小さな違いだが、一度気付いてしまうと必死に隠そうとしている姿が愛らしく、悪いと思いながらも敏感に察してしまう。そんな彼女を微笑ましく思いながら、紬は密かにその恋を応援していた。
「はぁ……いいなぁ。忍さん、恋する乙女なのね。紬、私も頑張らないと! ただでさえ出会いが少ないんだから! このままマキ兄が結婚しちゃったら、私嫌な小姑になっちゃう……」
マイカが大袈裟に溜め息を吐く。たった一人の家族に伴侶が出来てしまったら、そりゃぁ寂しくなるよね……と気遣うと、寂しいどころか相手に嫉妬しちゃうわよと睨まれた。
「マキ兄ね、最近夜遅くにこっそり出掛けることが多いの……。私が寝た頃を見計らって外出するのよ? 唯一の家族である私に秘密だなんて……きっと女と会ってるに違いないわ」
ひとしきり落ち込んだ後、兄の幸せを素直に応援する為に、私も早くお相手を見つけないと! と意気込むマイカを見て紬は忍と顔を見合わせ、苦笑するのだった。
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