19.初めての制服
「わぁ〜可愛い! 紬、似合ってるじゃない!」
会議室に忍の黄色い歓声が響く。その視線の先では、えんじ色の着物にフリルの付いた白いエプロンをつけた給仕服姿の紬が頬を染めて俯いていた。
普段のワイシャツにサスペンダー付きの半ズボンという少年のような恰好に慣れているので、このような女性らしい恰好をするのは少々……いや、かなり恥ずかしい。
朝礼後、紬は忍と二人で新しく割り振られた仕事に向かう為の準備をしていた。制服が支給される仕事だと聞いてはいたが、まさかこんな可愛いらしいデザインだったとは……。同じ給仕服に身を包み、ニコニコと微笑んでいる忍を恨めしげに見つめながら紬は小さく溜め息を吐く。
「あら、いいじゃない! 二人共よく似合ってるわよ。流石は今をときめくヤマト商会。制服まで凝ってるのね」
会議室に戻ってきた流華が、給仕服姿の二人をまじまじと観察する。その視線がむず痒く、気を紛らわせる為に窓の外を見やると、数多の商品を載せた荷馬車が大通りを行き交っていた。
帝都の繁華街は今、一週間後に迫った豊穣祭に向けて活気に満ち溢れている。豊穣祭とは、豊かな海、山、川、里の恵みに感謝し、その恩恵を皆で満喫しながら来年の豊作や豊漁を祈願する祭典だ。
豊穣の祈祷が行われる中央神殿までの道のりに、国中から集まった商人達の屋台や出店が所狭しと立ち並び、大変な賑わいを見せる。街は物騒な事件が起こっていることを忘れてしまう程、どこか浮き足立った雰囲気に包まれていた。
国一番の登録者数を誇る帝都人材紹介所も、この時期ばかりは需要過多となる為、紬は忍と共に家政部門の助っ人として、十日間程ヤマト商会が運営する喫茶店に給仕として派遣されることとなった。
喫茶店での給仕はかなり人気のある仕事なので、本来紬に回って来ることはないのだが、人手不足であることと、可愛い制服を着たい忍が受付嬢特権(?)でごねた結果、豊穣祭の期間限定で特別に勤務が許されたのだ。本日午後からの初出勤に備え、こうして身なりを整えているのである。
「あ、紬駄目よ! その帽子は暫く禁止! さぁ、こっちに来なさい。髪の毛結ってあげるから」
気持ちを落ち着かせる為に、握りしめていたキャスケット帽を流華に強引に奪われる。そのまま鏡台の前に誘導され、椅子に座らされた。鏡に映る見慣れない自分の姿に困惑していると、綺麗な指で髪を掬われる。
ひ、ひぇぇぇえ……。
おそらく流華は「どんな髪型にしようか」などと考えているだけなのだろうが……掬った髪を見つめて考え込む仕草は美しく、大人の色気がだだ漏れている。
このまま直視(といっても鏡越しだが)していると艶めいた空気にあてられてしまいそうで、紬はぎゅぅっと強く瞳を閉じ、忙しなく動く流華の腕に全てを任せ、時間が過ぎるのを待つことにした。
「はい、完成。うん、可愛い! 素材が良いんだから普段からお洒落すればいいのに」
数分後、流華の手が離れてされるがままの状態から解放される。恐る恐る目を開くと、不安気な表情でこちらを見つめる可憐な少女と目が合った。
…………誰???!!
鏡に映った自分の姿が信じられずポカンと口が開いていく。肩で切り揃えられた髪は綺麗に梳かれ、右側の一部分だけが丁寧に編み込まれている。一切化粧っ気の無かった顔には頬や唇にほんのりと紅がさされ、紬は健康的な愛らしさを持つ少女へと変身を遂げていた。
「え、紬?」 「うわ、可愛いじゃん」
騒ぎを聞きつけ、様子を覗きに来た双子が驚いたように目を丸くする。
「女って化粧で化けるんだなぁ」
「まさに馬子にも衣装……」
じろじろと不躾に紬を眺め、遠慮の無い言葉を口にする双子に流華と忍が眉を吊り上げた。でもこればかりは、誰でも双子のような反応になるだろう……。紬は少し申し訳ない気持ちになる。
「おや、珍しい恰好をしているね」
騒いでいる声が煩かったのだろうか? いつも殆ど執務室に篭りきりの冬至が珍しく会議室に顔を出した。一緒に現れた源太が何故か呆れたような表情で冬至を見ている。
……いや、これ恥ずかしい!!!!
そんなにこの恰好が珍しいのか。自分が完全に見せ物になっていることに気が付いて、羞恥心から再び紬の顔が熱を帯びる。
「うん、華やかでいいね。二人共よく似合っているよ」
冬至の言葉になんとか「ありがとうございます」と返したものの、こういった社交辞令に対する免疫が無さすぎて、文字通りに受け取って照れてしまう。
これでは仕事にならないわ……忍さんを見習わないと。
可愛らしいデザインの給仕服を見事に着こなし、男性陣からの褒め言葉に頬を染めることなく余裕の笑みで対応する美少女を紬は尊敬の眼差しで見つめるのだった。




