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第一話「そろそろぶっ飛ばしてやりたいとは言っていましたね」


 キリカと婚約者のエドワルドが出会ったのは五歳の時だ。

 恋とか愛とかそういうのも分からない内に婚約が決まったけれど、気付いたら隣にいるならエドワルドが良いなと思うようになった。

 恋は育てるものであったり、落ちるものであったり。

 ――――まぁ後者に関しては、色んな意味で燃え上がりやすくなるけれど。






 今日はキリカ・サザーランドの一つ年上の婚約者が、アカデミーを卒業する日の事だった。

 貴族達と子供が多く通うこの三年制のアカデミーで、二年生のキリカは次期生徒会長として忙しく動き回っている。

 今もそうだ。本日はこのアカデミーの卒業式典が行われる。キリカは生徒が担当している各部署の最終チェックを任されていた。


 音響や照明器具のチェックに、式典の流れなど。

 各担当者と確認していたら、気付けば式典開始時間ギリギリとなってしまった。


「キリカちゃん、ごめんねぇ! あたしの所で時間かかったから……!」

「大丈夫だよ、ミリア。ギリギリだけど間に合ったから、問題無いよ」


 同じ生徒会役員の友人と話をしながら、キリカは講堂へ駆け込む。

 当然だが講堂にはすでに大勢の人間が集まっている。壇上には現生徒会長であり、キリカの婚約者であるエドワルド王子や、数人の姿が見えた。


 しかし式典が始まっている様子はない。

 ほっとキリカは安堵の息を吐く。一緒に入って来たミリアも安心して表情を緩めた。

 しかし――――。


「あれ? キリカちゃん、何か様子が変じゃない?」


 ミリアがそんな事を言い出した。彼女が見ているのは壇上に立つエドワルド達だ。

 ライトに照らされたそこにはエドワルド以外に、彼の従兄であるメイソンと彼の友人、それから赤毛の女生徒が立っていた。彼女の制服のボウタイは一年生を示す黄色だ。他は三年生を意味する青のボウタイをつけているため、彼女は少し目立って見える。

 あの子は誰だったっけとキリカは記憶を辿り、少しして「あ」と思い出した。


「ミリア、あの子ってシエナ・エバンズさんで合ってる?」

「そうそう、特待生のシエナちゃん」


 キリカの言葉にミリアは頷いた。

 シエナ・エバンズは貴族が通うこのアカデミーの中では数少ない特待生だ。

 彼女は才能と技術を評価され、魔法技術科の教師陣から熱望されてアカデミーに入学した子である。

 シエナは有毒植物から毒素を吸い取る魔法機械を小型化し、人体でも応用可能にするという事をやってのけたのだ。

 母を助けるために必死で作ったという話を聞いた時は、キリカも感動して涙ぐんだものだ。


(うん、思い出した。あと食堂で「これ本当に無料なんですか!?」と目を輝かせていたり、楽しそうに図書館に通って勉強している子だ)


 シエナは問題も起こさず、生徒達とも仲が良く、教師達からの評判も良い少女だ。

 それがどうしてあんな場所にいるのだろう。

 キリカが不思議に思いながら様子を見ていると、シエナがとても迷惑そうな顔をメイソン達に向けている事に気が付いた。


「……そう言えば最近、メイソンがシエナちゃん引っ張りまわしているって噂をちらっと聞いたような」


 するとミリアは思い出したようにそんな事を言い出した。


「そうなの?」

「うん。周りは止めようとはしているんだけど、ほらメイソンってエドワルド殿下の従兄でしょ? だから周りも強く言えないみたい。お友達も高位貴族だからねぇ」


 ミリアの言葉にキリカはぎょっと目を剥いた。

 それは知らなかった。

 ここしばらく卒業式典の準備や、生徒会の引継ぎなどで忙しく走り回っていたから、そういう噂を聞く暇もなかったのだ。加えて言えばシエナとは学年も違うので図書館か食堂でしか姿を見る機会もない。

 壇上のシエナの表情を見る限り迷惑をしているんだろうなぁという事は伺える。


「それにしても、メイソンはどうしてシエナさんを……」

「それはですね」


 キリカが呟くと、不意に隣から声がした。

 ぎょっとして顔を向けるとエドワルドの執事であるセオドアが立っていた。

 キリカより五つ年上のこの執事はにこりと笑顔を浮かべている。


「ひえ!?」

「気配を消して現れないでくれませんか、セオドアさん。ミリアが驚きますから」

「フフ。すみません、性分です。ミリア様が毎回良い驚きっぷりを見せて下さるので……」


 悪びれもせずセオドアは言う。

 絶対に分かっていてやっているだろう、この男は。

 なんてキリカが思っていると、セオドアは「そんな事より」と話を続ける。


「メイソン様はシエナ様に恋をしてしまわれたそうですよ」


 と教えてくれた。キリカは目を丸くする。


「メイソンには婚約者のマティルダ様がいるでしょうに」

「自分より腕っぷしの強い女性は嫌だと仰っていました」

「またそんなマティルダ様ファンクラブから刺されそうな事を……」


 ちなみに件のマティルダはここにはいない。三つ年上の彼女はすでにアカデミーを卒業しており女騎士として働いている。確か本日は来賓の護衛についてくれているはずだ。

 メイソンが何をしようとしているのかは知らないが、卒業式の当日に一年生の女生徒を――しかもだいぶ迷惑そうな顔をしている子を――壇上に引っ張り上げてきた時点で、厄介な事をしようとしている事はキリカにだって分かる。

 うーん、とキリカが唸ってセオドアを見上げる。


「そんなメイソン達と一緒に、エドワルド殿下は何をしようと?」

「そろそろぶっ飛ばしてやりたいとは言っていましたね」


 何か物騒な言葉が聞こえてきた。

 キリカが「え?」と聞き返した時、


「私はここに、マティルダ・ホーネストとの婚約の解消を宣言する!」


 壇上のメイソンは、設置されていたマイクを掴み、そう叫んだ。


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