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1_隣の席

 カゲフミ−人は彼を、そう呼ぶ。フルネームは影山(かげやま)史男(ふみお)。何のひねりもないあだ名だ。しかし、その名前の通り彼は陰気で、かつ、いつも何かに怯えた表情をしている。まるで影踏み鬼ごっこをしているように。その小さく丸まった背中は、いつ見ても伸びることはない。

 私が彼と初めて喋ったのは、クラスに慣れてきた2学期の初めである。私はいつめんもいて楽しい女子高生生活を送っていたが、彼はずっと一人だった。こんな彼と席替えで隣になったのだ。喋りにくそうだなあと構えていたあるとき、彼のペンが床に転がった。ペンが私の足元で止まったので、私は拾って渡した。それだけのことなのに、彼は「ごめんなさい、ありがとう、ありがとう」を繰り返した。こんなに感謝されたのは久しぶりなので、嬉しいと思うより前に申し訳なかった。私はきこえないフリでその場の申し訳なさを振り切る。それでも彼は、私が返事をするまで言うつもりなのか、一向に言葉をやめない。きこえないフリもつらくなってきた。口角を上げて目を合わせると、彼は2回「ありがとう」と言って急いで前に向き直った。

 なんて臆病なんだ。でも、とてもいい人かもしれない。

 恋ではない。けれど、私は彼のことがすごく気になり始めた。

 次の日、カゲフミと喋る機会をずっと狙っていたので、授業はほとんど集中できていなかったかもしれない。2時間目の数学で、

「はいじゃあ、隣の人と答え合わせしてー」

と言われた時間は、飛びつくように隣の席に机をくっつけた。

 普段話さない人と話すのは2パターンある。知りたいことを知るような嬉しさがあるときと、知りたくないことを知るような苦痛があるとき。彼と話す場合はとっても嬉しい。

 それ以外には話す機会はなくて、話す機会を待ちこがれていた私は、会話ゼロの普段より喋っているにもかかわらず落ち込んだ。そんな1日の終わり、その気持ちが報われるときが来るとは知らずに。

 終礼中、急にアンケートを書かされた。「学校生活アンケート」とかいう、いじめやトラブルを調査するためのものだが、正直私の知っている範囲でそんなことはない。配られたときはまず初めに面倒くさいと思った。それから、カバンの底にある筆箱を取り出さなければならないことに気づいた。教科書と体操服とお弁当箱で完璧にパンパンに詰まったカバンは手を入れるのもやっとで、探ることもできない。

「筆箱ー」

と1人で唸る羽目になった。

 そのとき、カゲフミが、

「ど、」

と言った。一音を吐いた、とでも言うのが正しいかも知れない。

「え?」

 筆箱を探す手を止めて、彼の方を見ると、すぐ目が合った。

「ど、ど、…どうしたの?」

 きょろきょろを辺りを見回して、どうやら私に話しかけているのだと判断した。

「…筆箱が見つからなくって」

 すると、彼が思いもよらない発言をした。

「…僕の…シャーペン…使う?」

 驚きすぎて、その瞬間、言葉を失ってしまった。

「…」

「えっ、あっ、ごめんなさい、出しゃばったこと言って、ほんとに、ごめんっ」

 カゲフミが慌て出して、私はようやく我に返った。出しゃばるって何? そんな訳ないのに。

「いいの? …じゃあ、お願いします」

「えっ、あっ、ほんとに? 僕なんかでよければっ」

 まるで付き合うときの返事みたいなことを言い合って、彼からシャーペンを受け取った。頬がめちゃくちゃ赤くなっているだろうとわかるほど、熱い。恥ずかしい。けど、嬉しい。久々だった、こんな淡い気持ち。

 彼のシャーペンはちょっと高級なもので、持ち手がプニプニしていた。気持ち良い感触だったから、書き終わってもしばらく触っていたら、彼に見られていることに気づいて慌てて返した。

 彼もきっとこれくらい柔らかい人なんだろう。彼は優しくて繊細で、とても傷つきやすそうに見えた。

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