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9話:正義の刃をくらうがいいよ

 

「そう、落ち着いて……そのままじっとしてて下さいね…………」


「ハァッ、はぁっ!はっ!?はぁっ、はっ、はぁっ!!」


 眼前、地面にへたりこんで肩で息をするミアを眺める。


 目の焦点が合っていない。瞳孔が痙攣している様子も見えた。

 どうやらこの猫の少女は痛みと刺されたショックからパニックの中にいるようで、体中に刺さった28のナイフごとカタカタ震えている。

 全身を伝わる血の赤色が地面にじわじわ広がっていて、命がそのまま流れ出しているような印象を受ける光景だった。


 しかし、そんな傷を負いながらも、混乱のさなかにおかれてはいても、彼女の意識自体ははっきりとしているようだ。

 これはギリギリ急所を外す己の腕が大きいといえるだろう。


 そんな自画自賛を思いながら、ニーナは手の中でナイフを遊ばせる。


 ――――ミアさん(こいつ)の『叡智』が分からないのが不安だったんだけど……終わってみれば結構あっけなかったな。


 事前に立てた予想では、単純に『猫になる』が最有力候補だったのだが、攻撃法から言ってその線は薄い。

 猫の尻尾は伸びない。それで攻撃するというのはもっとない。


 ――――まあ何にしても、()()なったんだからおしまいか。


 『叡智』は意思に呼応する力。

 痛みや恐怖、失血で思考を乱してしまえばそれだけで無力化できる。


 そして前述の通り、ミアは既に死に体だ。

 仮にニーナがトドメを刺さなくとも失血死は確実である。


「――――ぃヨシ!勝ったッッ!!仇は討ったよコトノ!!」


 勝利の雄叫びと共に、コトノの方に視線を飛ばす。


 当然、その先の少年は微動だにしない。

 大穴の開いた死体がうつ伏せに血の海に倒れ、沈黙しているだけである。


 完全完璧に死んでいた。


「……………………虚しい」


 そう、犯人(ミア)を殺したところでコトノが死んだのは変わらないのだ。

 自分がもう少し早くここに着いていれば結果は違っていたのだろうが、そもそもコトノが殺されようとしているなんて考えもしなかったのだ。


 ――――せっかく楽しみが増えたと思ったのにさぁ…………


 イライラしてきた。


 腹いせにミアを蹴り飛ばし地面に突き倒す。


「ぐっ!」


 地面と肢体に挟まれたナイフが体内で暴れ、傷口を激しく掻き回したようだ。


「う゛う゛う゛う゛う゛っ!!あ゛あ゛ああ゛あ!!」


 さらなる苦痛に悲鳴が上がる。

 痛みから逃げようと反射的に体を捩り、それがまた違うナイフを揺り動かし、肉を抉る。

 苦痛の連鎖の中に放り込まれた猫の少女が転げ回る。





 その場が再び静かになった時、ミアは弱々しく浅い息を吐いて横たわっていた。

 おびただしい量の血が広がっている。


「泣くなッ!!コトノはもっと痛かったんだぞ多分!!」


 思わず舌打ちするニーナ。


 腹が立つ。


 少年を殺したこの猫の少女が被害者面しているのが許せなかった。

 このままミアを嬲り殺しにするのは簡単だが、それでこの激情が収まるのだろうか。


 腹が立つ。


 もっと惨めに死んで欲しい。

 もっと醜く死んで欲しい。


 腹が立つ腹が立つ腹が立つ。


 ――――やるか。


 だからニーナは見せつけるように堂々と、懐から魔導石を取り出した。


 その瞬間、倒れた猫の少女が驚愕に染まる。信じられないものを見たような顔をする。


 その中でたゆらう光の色彩に見覚えがあるのだろう。

 それでいい。ミアがこの石の効能を知らなければ、これからすることに何の意味もないのだから。


 魔導石に向かって声を吹き込んだ。


「あーあー。聞こえますか?大変です、緊急事態ですよ」


『…………どしたの?まさか失敗した?』


「いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()


 一瞬、溜めて。


「ヴェートさん」


 聞こえやすいように丁寧な滑舌を心がけ、名前を言ってやった。


「………………つ、……ぁ……?」


 そう、なんのことは無い。

 ミア(こいつ)は仲間だったヴェート(おうじょさま)に裏切られたのである。


 ニーナは元々ミアを殺す為にこの森を訪れたが、その目的は金。ヴェートに雇われた身だ。

 表向きに『候補生』という立場に身を置いていたのも、()()()になれば決行の時と場を指示すると決められていたから、常に近づいていられる身分を選んだだけだ。


 なぜ殺すのかは知らない。興味も無い。

 ()()()()に使えればそれでいい。


『――あぁそう。じゃあ緊急事態ってのは?』


「コトノ…………今日召喚したって候補生がいたじゃないですか。そいつの死体が落ちてるんですけど」


『へぇ……?…………処分しとくからミアと一緒に回収してきて。大事にしたくないしさ』


「了解でーす」


 適当に会話を繋ぎながら、猫の少女の様子を窺う。


 共に世界を救ったはずである仲間から切り捨てられる。

 一体どんな気分なのだろうか。ニーナには想像もつかない。


「…………………………ぁ、…………ぁあ」


 しかしこの、怒りと悲哀と絶望と恨みと憎悪、元からあった痛みと恐怖が混じり合い、ぐちゃぐちゃのぐちゃぐちゃになった表情を見る限りでは、作戦は大成功のようだった。


 ざまぁない。死ねばいいのに。


「ッッ!!ヴェ、、」


 ミアの喉をナイフで掻き切った。


「…………ッ、……ァぁ…………」


 声が止まる。

 血に溺れて息もできなくなっただろうが、まあ仕方ない。

 だらだらと赤いのが流れていき、彼女の命があと数分も持たないだろうことは、誰が見ても明らかな事実である。


「…………そうだ、あと一つだけ言いたいことがあるんですけど」


『何?』


「えっとですね……………………」




 そうしてニーナは、這いつくばるミアの目の前に、魔導石を静かに置いた。




「…………………………。…………。」


 裏切り者への恨み言だろう。

 ぱくぱくと口を動かしてはいるが、全て無為に、無音に終わる。

 それが分かっているのかいないのか、少女は何度も何度も繰り返す。


「…………………………。」


「……………………。」


 だんだんと猫の少女の動きが鈍っていく。


「……………………………………。」


「……。」


「  」


 しばらくしてそいつは動かなくなった。


 人を罵ろうとしても罵れず、必死に罵倒の言葉をくりながらそれも叶わず、哀れに醜くかわいそうに、ミアは死んでいったようである。


『――――どうしたの?ずっと黙って』


「いえ、やっぱりなんでもないです。勘違いでした」


『……?……じゃあ、後はお願いね』


 魔導石の光が消え、会話の糸が着られた。


「………………………………はぁ」


 あまり気は晴れなかった。

 犯人がどう死のうが、コトノが蘇る訳ではないので当たり前なのだが。


「……虚しい」


 しかしそれでもイライラするし、ミアの死体が綺麗に残っているのはなんとなく腹が立ったので、ナイフを創って顔面に向かって振り上げ――――








 そうする直前、死体が立ち上がった。

 ミアでは無くコトノの死体が。


「!??!??」


 心臓が飛び出しそうになった。


「……コトノ!?!?」


 落ち着いても理解が追いつかない。


 彼は完全に死んでいたはずだ。

 今も背中に穴が空いているのが分かる。あの状態で放っておかれて死んでいない方がおかしい。


「……コトノ!!」


 しかし、おかしくてもなんでもいい。

 死んでいたと思っていたあの少年は生きている。こちらに背を向けて立っている。

 生きているのだ。


「コト」







「どいっつもこいつも裏切りやがってぇぇぇ!!!!あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!」


「!??」


 絶叫。


 立ち上がったその少年は、率直に言えば、ブチ切れでいるようであった。


「あんのクズッ、何が『貴方の生き方は~』だ舐めやがってッ!!!!ああもうどいつもこいつもクズクズクズクズ!!!気軽に人を殺していいと思ってる奴しかいねぇ!!原始人でももう少しは考えて行動するぞ馬鹿どもがぁぁ!!!!」


「……えっと」


「ああそうか世界が変われば文化も変わるってヤツか!?ここの文化は倫理の欠片もねぇのな!?信じられねぇよ俺は人間としゃべってたつもりだったわなんなんだ動物園かよ異世界(ここ)はッッッ!!!!があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」


「……………………コトノ~?おーい……」


 コトノの絶叫が止まり、こちらに振り返る。


 死にそうな顔だった。

 主に心労的な意味で。


「……………………あぁニーナ…………ごめんちょっとイライラしてて……」


「お、おぅ……事情はよく分からないけど色々大変なんだね……」


「そうだよぉ……大変なんだよ畜生…………」


 泣きそうだった。

 事情がよく分からないので、とりあえずこう言っておくことにする。


「……………………がんばれ!ファイト!」


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