16話:みんなでお散歩
3人揃ってギルドへ戻ると、慌ただしく行き来している職員達の影がどこにもない。
先輩の言によると、リアセドは詩音の拘束に失敗し地上で戦闘が起こる場合を特に危惧したらしく、非戦闘員達は全員が避難命令を出され街中に散っているそうである。
だから、入り口に本日立ち入り禁止の注意書きが設置されていたり、朝早くに依頼を受けに来ていた一般人までもが消え失せていたり、いつもの屋内がこうも静かなことに少しだけ違和感を抱いたりする、そんな現在に至るわけであるが。
「あの、リアセド……?これは一体どういうおつもりでしょうか……?」
「私はホロと違ってとても忙しい。貴方の事を見定める為だけにいつまでも時間を割いている暇はありませんし、監視が必要であっても一ヶ所に留まり続けるのは不可能です。とは言っても、貴方を何の拘束も無しに連れ回すわけにもいきませんのでこういう処置を取らせてもらいます。私が怪しいと感じた瞬間攻撃しますのでそのつもりで」
「いやそれはわかるんですけど…………えっもしかしてこれを拘束って主張してらっしゃいます?正気ですか?」
困惑隠せぬままに腕を振り上げると、一緒になってついてくるもう一本。
詩音の左腕に付けられた十近い石枷、その逆側がもう一本へ繋がれているのだ。
そう、隣でぽかんと口を開けて立ち呆けるホロの右腕へと、である。
「…………ボス、冷静に考えてください。屈強な大男なら兎も角、繋ぐ先が先輩で安心できるんですか?有事への対応を期待するなら相手は慎重に選ぶべきでは?……いや、暴れたりしないんで実際のところは問題ないんですけど」
「問題がないのならいいでしょう。貴方がそう思うのも分からないわけではないですが」
冷静極まりない指摘はあっけなく躱され、リアセドの視線は隣へと移った。
「ホロ。こういう状況になった以上、コトノが暴れ出せば真っ先に狙われるのは貴方です。少しでも怪しいと感じれば即座に取り押さえなさい。怠ければ死にますよ」
「………………っ……ぇぇ……?」
先輩はというと、ろくに返事も返せない様子でぶんぶん右腕を振り回している。
どうやら彼女はこの状況を受け止めきれずにいるらしく、『訳が分からない』が全面に押し出されたぎこちない動きに引っ張られ、今度は詩音の左腕がぶらぶらと揺れる。
「…………あの、ボス?先輩の思考フリーズしてるっぽいんですけど。今からでも他の人に任せたほうがいいんじゃないですか?」
「いいんです。いままで甘やかしていたのが間違いだったのだと痛感しました。この子の扱いはこれくらいでよかったんですよ」
行きますよ、と出口に向かって歩き出すリアセドの背中を慌てて追う――――追おうとするものの、手枷で繋がるホロが未だに棒立ちで歩き出せない。
「先輩、どうしたんですか?早く行きますよ?」
「…………いっ、いいわけないでしょ!?怠ければ死ぬって何言ってんのリア!??これは流石に酷いよ横暴だよ許されてはならない行いだよ!あぁっもうキレたっ、然るべき機関に人権侵害で訴えてこんなギルドぶっ潰してやるッッ!!革命だあぁッッ!!」
騒ぎ出す先輩を引っ張りギルドの外へ。天気は今日も快晴である。
色々ありすぎて時間感覚がおかしくなりそうな今日この頃であるが、現在時刻は午前九時程度。ギリギリ朝日と言っても差し支えのないくらいの陽光に目を細め、早歩きのリアセドについて街中を歩く。
「あの、ボス?疑われてる身で図々しいですけど、目的地が何処かって聞いてみてもいいですか?ボスが対応しなくちゃならないってことはギルドの仕事ですよね。急務の魔物はあらかた片付いて余裕ができたーって理屈で、例の『組織』関連のお仕事に取り掛かってるってなら嬉しいんですけど」
「知られたところでどうなるものでもないですし、別に構いませんよ」
こちらを一瞥することもなく、歩みも止めずにリアセドは答える。
「貴方の想像通りです。つい4日前に明らかに人目を避ける素振りで路地裏へと入っていった男がいて、その男は何やら座り込んで地面を弄くっていた。近隣の住民が偶然それを目撃していて、その路地裏が草の出現地点の1つと一致したというわけです。今から行うのはその場所の調査ですね」
「………………!?…………ちょっと待って下さい、草ってあの草で合ってますよね……?例の『組織』は数日後起こすテロの仕込みをバッチリ見られてたってことでいいですか一般人相手に……!?話が間抜け過ぎませんか……!?」
「だから危険性は低い相手だと何度も言っているでしょう。こんな時勢に問題を起こす輩が賢いわけがないんです。断言しますが、貴方さえ潔白ならこれ以上の犠牲者は出しません。怪我人1人出さずに収められます。『組織』についてこうも不自然に関心を示されると、それも怪しいものになってしまいますが」
「…………なら0人ですね。死人が出なくて良かった良かった」
ねちっこい疑惑を軽く流しつつ、ぶつかりそうになった歩行者に軽く会釈を。
当然ながら、辺りの雑踏はギルドへ出社した早朝よりも数段騒がしさを増しており、すれ違う人の数もそれに比例して増えていた。
そんな通行人の1人である背の高い男は、手枷をつけられた詩音達を見てぎょっとした素振りを見せたものの硬直は一瞬、平静はすぐに取り戻せたらしく会釈を返して去っていった。
妙な形で注目を集めてしまったところに、なんだか少しだけ沸き上がる羞恥心。
「…………怪しいといえば、手枷で拘束された2人組引き連れて歩くボスも傍から見ればだいぶ怪しくないですか?ギルドの重役に妙な噂が立ったら困ったことになるのでは?」
なんて考えが思い浮かんだ原因の1つが直前の通行人との邂逅にあることはまず間違い無いだろうが、それより大きな割合を占めているのは隣を歩く先輩だろう。
さっきからすれ違う通行人全員に『ほら!見ろ!なぁ!』と手枷をぶんぶん振り回してアピールしている。
『ちゅーもーく!全員ちゅーもーくッッ!!ギルドの顔たるリアセドの裏の顔はこれだッッ!!これまで健気に尽くしてきた純真たる部下に不当な拘束を強制する人間の屑ッッ!誇りある人間として断じて許してはならない蛮行である!立ち上がれ知識人達よ!この街の腐敗を正すのは君たちの正義に他ならない!!拙速にデモを起こし社会的にギルドをぶっ潰すのだぁぁッッ!!』とか叫んでいる。
前述のとおり昼前の通りは結構な通行量で、道行く人々の中悪目立ちする彼女を放っておいていいのだろうかとか思ったわけである。
色々な誇張表現は気になるものの、『拘束を強制』という一点だけは純然たる事実なのだし。
「問題ありません」
しかし、返ってくるのは平静極まりない返答で、やっぱりこちらを振り返りもしなくて、だから詩音は彼女の背中を窺いながら言を聞く。
「…………その、なんというか、市民の方々は私のことを過度に英雄視している節があるので」
「ギルド中で私が唯一、目につくところで活動している者だというものもあるかもしれませんが」
「特にここ数年は熱が過剰になってきているので、多少の悪評ではどうにもなりませんよ」
「少しくらい失望されておいたほうが釣り合いが取れるくらいです」
自慢ともとれそうな話の内容とは裏腹に、リアセドの声色はとても静かで、なんとなくだけれど、何故か罪でも懺悔していると言ったほうが近いくらいの印象を受けた。
「…………へぇ、ゆいいつ」
「………………ええ、唯一です」
しかしなるほど、彼女の発言で合点がいった。
ホロがこうも騒ぎ続けているというのに、さっきから周囲から向けられる視線がなんだか妙に生温い。
時々リアセドへと話しかけてくる人もいて、よそよそしさと遠慮と興奮が混ざった態度で2、3言会話を交わしていたが、ファンと呼ばれる感じの人種だったのであれば納得だ。
また、同上の理由により先輩必死の訴えは『面白い冗談言ってるなぁこの子』とか、『リアセドさんがやってるんだからちゃんとした理由があるに決まってるのにねー!』みたい感じで受け流されているようであり、切れ散らかした彼女が涙目になって「うぐうぅうっ……後輩ッ!お前も人権を訴えろ先輩命令だッッ!!」と服の肩のところを掴んで揺すってくる。
そりゃあまぁこいつにファンはできないだろうなぁとか考えつつも、「堪えましょう先輩。今は雌伏の時です」とか適当に返事を返したり、「はああぁ!?なんで儂が我慢しないといけないんだ何とかしろ立場分かってるのか先輩だぞ!?」と逆ギレされたり、「いや俺に言われましても……これから真面目に働くから石枷外せってボスに訴えるのどうです?」と少し真面目にアドバイスしたり、「馬鹿がッッ!散々サボってきたのバレてるんだよこっちは!全くその気が無い嘘ついて騙せるわけがないだろうがッッ!」と逆ギレされたりする。
時間は緩やかに過ぎていく。




