15話:あきらめのぜったいふくじゅう
勝った。
「………………」
「…………っっ!」
目を見開き硬直するリアセドの表情が、自分のすぐ下至近距離にある。
四方から飛び出す石の槍を避けつつ石壁を殴り、掘り進むこと直線距離にて20m、辿り付いた更に小さな地下室の中で詩音はリアセドを押し倒している。
「………………」
「…………!!」
互いに無言で見つめ合うが、彼女の表情から読み取れるのは明白な驚愕。
それも仕方ないだろう。
詩音が『叡智』を使ったのはほんの一瞬。何処かに隠れているリアセドの位置を特定するための『照準』のみで、その目を感知する手段は彼女には無い。
であるならば、リアセドの認識においての現状は『気づいた時には叡智も何も使っていないステゴロ相手に負けていた』あたりだろうか。
チートとまではいかないまでも、そこそこの『叡智』を有している彼女だ。
自身の戦闘能力に誇りを持っていたというのは容易に想像できる。
それをこんな容易く打ち負かしてしまうとは、やれやれ、避けられないことだったとはいえ酷なことしてしまったものだ。
やれやれ。
冷や汗が止まらないもう駄目だ。
――やってしまった……!!
そう。勝ってしまったのである。
探知した方向を掘り進み出会い頭に重心を崩して転ばせる――――直接的な暴力はなんとか抑えたものの、絶対に信頼を失ってはいけない人を相手に戦争始めたのに変わりはない。
詰みである。
世界は滅ぶ。
どうしよう。
「…………………………」
「…………………………」
リアセドは沈黙を貫いている。
その、会話の無い息苦しいお見合いは十数秒続いた。
「…………………………」
「…………………………」
「……………………あの」
「…………………………」
「…………えっとですね」
「…………………………」
「……信じづらいことかもしれませんけど、こっちは本当に平和的解決を望んでるわけでですね」
「…………………………」
「……こういう状況になってしまいましたけど、僕らにはまだ分かり合う余地が残っていると思うんですよ」
「…………………………」
「だから、ここはひとつ騙されたと思って、少しばかり歩み寄りの姿勢を試して頂けると嬉しいなぁー……なんて……」
「…………ホロッッ!!私ごとで構いません吹き飛ばしなさいッッ!!」
「ッッ!!?」
反射的に後ろを振り向く――――刹那、目に飛び込んでくる信じがたい光景。
見てしまった。
「見てのとおりです抵抗の意志はありません申し出とあらば靴まで舐めます……!えへへっ、こうすれば許して頂けるのですよね後輩様……!」
掘り進んだ穴の先、ずっと遠くに、元の地下室で媚びた笑いを浮かべ這いつくばる先輩の姿を。
「…………うわぁ……」
何度も何度も巻き込まれ、彼女の奇行にはそろそろ慣れてきたつもりであったが、流石にこれはドン引きである。
聞いた瞬間息づかいに動揺が混じったあたり、リアセドも同じ感想であるらしい。
「なっ……なにを言ってるんですか!?キルは今街の外ですよ!?コトノを止められる者は地上にいません、本性を現したこいつが何人殺せるか想像がつきますか!?戦いなさいッッ!!」
「やだねッッ!!リアを瞬殺する化け物に抵抗できるわけないでしょ怪我したらどうするの!?だいじょうぶ、ギルドの面々には潜る直前避難命令を出した!犠牲になるのは糞みたいな一般市民どもだ何も気にする必要はない!!リアもほらっ、儂を見習って媚びへつらえ!儂らだけでも確実に助かろう!!」
「せっ、先輩……!従順なのは助かるんですけどそれは流石に……!」
刹那、視界の外で、真下のリアセドが薄く鋭く息を吐く。
きっとそれは、馬乗りになった詩音の隙を突き、四方八方から石の槍を創り出し刺し殺さんとする一瞬の集中――――それが叶う直前、指を鳴らす。
ヂイ゛ッッ!!!なんて擬音に直せるくらいの電撃が如き音が耳元で鳴って、リアセドの身体がびくりと跳ねた。
一瞬の硬直の後、いくら待っても、周囲の石壁に変化はない。
「――――ッッ……!?」
「…………『叡智』にはある程度の集中が必要じゃないですか。コツとタイミングさえ掴めば案外簡単に乱せるんですよ。慣れてる相手には効きませんけど、この距離まで近づいたなら貴方の攻撃は出る前に止めます」
「…………っ……」
「……で、顔面殴れば確実に封じられる『叡智』をこんな回りくどい手で止めるってことは、貴方がたに敵意を持って無いって証明になるのではないでしょうか…………?」
「…………っ……貴方の何をどう信用しろと?」
徐々に解けていく硬直の中でも、彼女はずっと詩音を睨み付けていた。
「百の魔物を一日で屠る。素手で殴って石壁を砕く。『叡智』が無いという自己申告でしたが、その設定はお忘れですか?」
どうやら彼女の中での詩音に対する信頼度は既にマイナスでオーバーフローしているらしい。
『人殺しを見るような』なんて表現が遜色ないほどに、射殺すような視線であった。
「……嘘つきの言葉を信じてはいけないんですよ、私は」
「…………そうですか」
彼女態度の端々から、ああ、これから何をどう弁明したとして自分が彼女から信頼を得ることはこの先一生涯ないのだろうなぁとなんとなく察し、なんとなく哀しくなって、特に理由も無く腰を上げる。
この部屋にも、壁に1つだけランプがかかっていて、光が小刻みに揺れていた。
******
そして、信用されないと決まったなら、信用の無いままどうにかするしかないわけである。
地下室を抜けて10キロほど離れた地点、高度は上空30メートル。
宙に浮かんでいる詩音からも地平線ギリギリにしか窺えない彼方の廃街、その中央、煤けた建築物に巨大な百足が巻き付いているのが見える。
あれが目当ての討伐対象。留意すべきは、魔物からすると、これほどの距離を話した詩音の姿は米粒サイズにしか見えないはずであり、空砲でも鳴らさない限り気取られるわけもないということ。
「『杜若』」
指を弾いた。
放たれた炎熱は、重力の影響を感じさせぬ直線の軌道の上を目視が叶わぬ速度で通り抜ける。
白い線が残像となって空中を走った後、元通りになった景色の中、百足がいた廃街の1地点だけにぽっかりと穴が開いていた。
「…………………………やったぁ勝ったぁ……」
相も変わらず、達成感の欠片も無いくせに謎の罪悪感が残る戦法であった。これ以上自分を虚しい気持ちにさせないでほしい。
そんな言葉を飲み込みつつ、隣に浮かぶリアセドへと目を向ける。
「……これと全く同じ流れで昨日も魔物狩りしてました」
「…………………………」
「100体も狩れたのは姑息に狙撃を繰り返してたからでーす。どうぞ罵ってくださーい」
「…………あのこれ、どうやって浮かんでるんですか?」
「魔法です魔法。風魔法で動きたい方向に身体を押してる感じ。昨日の時点では音速の7割くらいまで制御できるようになってたんで、移動時間もそこまでかかりませんでした。打撃はインパクトの瞬間に土くれ創ってそれをぶつけてます」
風量を調整、ゆっくりと高度を落として地上へ降り立った。
同じく地面に降ろしたリアセドは、廃街は既に地平線の向こう側に隠れてしまっているというのに、魔法が飛んで行ったその方向を、黙ってぼうっと見つめていた。
「…………ああそっか、魔法って結構レアなんでしたっけ。魔法っていうのは」
「……いえ、存在は知っています。私もキルも少しは扱えますから」
上向きに開いた彼女の手の平から小さな火の玉が1つばかり浮かんだ。
「けれど、こんな精度も、規模も、初めて見ましたね……」
そんな動作の最中であっても、心あらずといった様から戻らぬ彼女の内心は、一体何を思っているのだろうか。
一切想像もつかないが、前述のとおり、事がどう転んだとしても完璧な潔白は得られない。
そして、それでいいのである。
詩音の勝利条件はギルドの仲間として認められることではなく、『組織』の解体に居合わせることなのだから。
信用がなくとも監視下におかれても、拷問されない程度のグレーを保ってその日を迎えれればそれで勝利。その後の計画に一切の悪影響はない。
気に掛けるのはただ1つ、従順であることだ。
とりあえず今すぐ殺さなくてもいいくらいには安全であることを証明しつつければいいのだから。
聞かれたことに可能な限り正直に答え、出された命令に犬のように尻尾を振って、それまでの時間を稼ぐことにしよう。
あまり愉快な気はしないけれど。
「――――名前がダサいな。」
「「――――!??」」
突如背後からかけられた言葉に跳ねるように振り返る。
意図せずリアセドとシンクロする振り返る動作。
「聞こえなかったか?なら何度でも言ってやろうダサいが過ぎる。なんだ『杜若』って、正気か?泥酔しててもギリギリ許されないセンスだと思うが後輩シラフで言ってるんだよな?」
向かった視線の先、ホロが偉そうに腕組みをしていた。
さっきまでビビり散らかして大人しくしてたはずの彼女は、なんだか凄く尊大にふんぞり返っていた。
なんだこいつ。
「…………いや、俺だって好きで技名付けてるわけじゃないですって。魔法の制御を確実にする為に必要らしいんで、昔使われてたっていう色の名前あててるだけですよ」
「おお、なるほど。先輩思うにその言い訳がもうダサいな。『古語から採ってんだからボクが付けたわけじゃないもん恥ずかしくありませーん』って予防線か?名前を弄られるのがよっぽど怖かったと見えるが逆効果だぞ?恥を知れ恥を」
早口にまくしたてる少女の瞳は、キラキラと希望に輝いている。
「……………………!!!」
彼女の様子には見覚えがあった。
というより、一番見慣れた表情であった。
「おーい?こうはーい?聞いてるかー?」
ツンツンと詩音を指先でつつき回してくる曇り無き笑顔が、予測を瞬時に確信へと変える。
こいつ、この期に及んで、数分前まで怯えてた相手に、パワハラしようとしているのか。
頭がおかしいのではないだろうか。
とてもじゃないが付き合いきれない無視だ無視。リアセドのほうへ向き直る。
「それでですね、俺が言いたいのは『叡智』の件が嘘じゃ無いってことです」
「どうしたどうした?ダサいぞー?恥ずかしいぞー?誰これ構わず言いふらしてやるぞー?」
ツンツンツンツン背中に小刻みに走る感触。
無視。
「七日前のマナの波は俺の所為だったのは認めますし、被害の分以上の金は出します。けれど、時期が一致したって一点だけで『組織』の一員だと決めつけるのは」
「そっかそっか、後輩なりに頑張って考えた名前だったんだよな、かきつばた。先輩配慮が足りなかったよ。ごめんね。新しいの一緒にかんがえてやるから泣くな、ほら」
「……………………少しくらい時間掛けて判」
「かっきつーばたっ!かっきつーばたっ!かっきつーばたっ!かっきつーばたっ!」
「…………あ゛あ゛あッッうっせえええええええッッ!!……なんなんですか!?なんなんですかあんた!!名前なんてどうでもいいことでしょう適当に流しておけばいいことでしょう一々気にするほうがおかしいんですよそれなのに重箱の隅チマチマチマチマ嬉しそうにつつきやがってどいつもこいつも暇人か仕事しろッッ!!」
「おっ、怒った怒った大きい声だなぁ!駄目だぞぉ後輩、現実から目を背けてもダサいって事実は変わらない!己の弱さと向き合うのを恐れてしまえば成長は無い!辛いだろうが前を向け!歩みを止めることこそが一番の恥と知れ!!かっきつーばたっ!」
「あ゛あぁあ゛あっぁっ、こっ、こいつ……ッッ!……リアセドッッ!!この人さっきからやりたい放題ですよ!?社会貢献を志す気高き組織の一員として到底許されない品性を欠いた振る舞いです然るべき処分を受けるべきだと思うのですが責任者として貴方はどうお考えで!?」
「…………あっ、えっ、私ですか!?…………え、えっと、まあ、それなりに格好いい名前だと思いますけど、少し覚えにくそうだなぁとも……単純に『炎』とかじゃ駄目だったんですか……?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
心が壊れるその音は、絶叫という形でまろび出た。
地面へ這いつくばる詩音の姿を、リアセドは戸惑いの視線で見下ろしている。
それでもつつくのを辞めないホロは、1回痛い目見るべきだと思う。




