14話:緻密、細密、密室にて
「…………それで儂はここからどうすればいいの?バケツ一杯の水で何すればいいのか、全く想像もできないんだが」
『顔に掛けるだけでいいらしいです。反射が異常を起こすとかで、比較的安全に窒息させられると聞きました』
逃げ場の無い地下室、仰向けの姿勢で拘束された四肢、布きれで隠れた視界の中。
側から聞こえる2人の会話に辟易としつつ、詩音は黙って思慮にふける。
さて、今から自分は拷問されるらしいが、ここから一体どうすりゃいいんだと。
――いちばーん……すぐに思いつく短絡的なものぉ……チートで暴れて2人をボコって上から目線でお説教開始ぃ……
げんなりの連続で萎びきった精神状態が故、投げやりになってしまった心内語であるが、述べた策自体の自己採点も最悪に近い。
大雑把に言えば18点。考えるまでも無く最悪ド真ん中な悪手中の悪手である。
――チート使ったら世界滅亡ってのを置いとくとしても、ギルドの協力を得ないといけない現状、こいつらと敵対したらその時点で詰みだ……今の立場はあくまでも『容疑者』なんだから、この状態は維持しないと駄目ぇ……
ならばどうするべきか。ほんの数瞬考えれば、極めて容易く答えは出てくる。
『というわけでコトノ。今から一つずつ質問していきますので、全てに正直に答えてください』
「はーい」
『……真偽の確かめようもないものもあります。特に知らぬ存ぜぬを通された場合は、その都度確認作業を行う必要が出てくる。よく理解しておいてください』
「りょーかいでーす」
こちらの顔を覗き込んでくる(見えないので気配から予想)先輩が「お前滅茶苦茶物わかりいいなぁ……」と感心の声をあげているが、「いやここで駄々こねても見逃されないでしょうよぉ……」とヤケクソじみた返答を。
そう、今の自分がやるべきはたったの一つ。『何もしないで無抵抗』。
実際問題、向けられた疑惑に心当たりは一切無いのである。『膨大なマナ』も『組織』の一員というのも一体どこから来たのかという話。濡れ衣もいいところだ。
であるならば、誤解はいつか必ず解ける。それがいつになるかは置いておくとしても、『拷問し続けても何も吐かない』とか、『どっかで真犯人が暴れ出した』とか。
最もあり得そうなところでいえば、『『組織』を潰したのに構成員が誰もコトノを知っていない』あたりだろう。急務のクエストは昨日全て片づけたのだから、彼女らは近いうちに『組織』を倒す。これまでの情報を鑑みるに、詩音の手助けがなかったとしても負けることはほぼ100%あり得ない。潔白の証明は時間の問題だ。
そして、詩音がわざわざギルドに入ってまで関わりたいと思っているのは『組織』の打倒ではなく、その後の事後処理、構成員から得られる情報なのである。
ならば全く問題は無い。
慌てふためく彼女らに向かい、不当に拷問を受けた被害者として、堂々と要求を突きつけてやればいいだけの話。
全てが終わったその後で、『無関係の一般市民を拷問ちゃった気分はどうだ!?感想を述べよ!ざまぁ!』なんてふうに高笑いしてやればいいのだ。
拷問も優しめだし、今までに比べれば楽な仕事だ。
『始めてください』
「…………ほんとにいいの?」
「はいはーい……いつでもどーぞぉ……」
……ちょっと可愛そうなので、『ドンマイ!』と付け足すくらいはしてやろうか。
『1つ目です。七日前の夜、貴方は何をしていましたか?』
なんて風に思ったところで、信じられないほどスムーズに、その拷問は始まった。
「――――――えっ?」
『「……えっ?』」
……始まろうとしたその瞬間、詩音の喉から出てくる疑問詞。つられる2人の声が重なる。
『いきなりどうした……!?』とでも言いたげな声色だったが、聞きたいのはこっちだ。
七日前の夜。
詩音がこの街を訪れた時と一致している。
「…………七日前に何かあったんですか?」
『…………質問しているのはこちらです。こうして明確に敵対した以上、貴方に余計な情報を渡すわけには』
「巨大なマナの塊が街をまるごと覆ったらしいぞ。感知はキルしかできなかったけど、大事な装置が色々ぶっ壊れたりもしたし、その数日後に魔草が出たし、儂らは『組織』の攻撃準備と見てる」
『ホロッッ!!黙っていなさいと言ったでしょう!!』
「……あっ。……ごめんなさぁい!!」
すぐ側で始まる一方的な口喧嘩。それに気を回す余裕は無い。
マナが。
街を。
覆う。
「…………んん……?」
何故だろう。単語の1つ1つを復唱するだけで、凄く嫌な予感がしてきたのだが。
ここは一端、七日前に何が起こったのか、思い出して整理してみることにしよう。
ぶっ殺されて二度目の蘇生、世界を救うよう頼まれたらその日の内に裏切られミアに背中を刺されて出血多量で臨死体験――これは今は関係無い。
今際の際から何とか復帰するとニーナの襲撃でミアが半殺しになっていてなんやかんやで拳で語り合った後ニーナが気絶――これも恐らく関係は無い。どちらもはるか離れた王都での出来事なのだから、この街に影響を及ぼすはずもない。
問題なのはその次である。
気絶した2人を引き連れ『叡智』で飛翔、この街に辿り着いた瞬間、自分はどういう行動をとったのだったか。
そうだ、医者を捜した。
魔人の治療に当たってくれそうな人間を求めて、『叡智』の『照準』で街中の人間を精査した。
言い換えるならば、『叡智』の目により、街中を覆った。
以降に使ってきた『叡智』と違い、十数秒間、じっくりと。
「んんん……!?」
志無崎詩音はクソ雑魚ナメクジである。
降ってきたチートスキル頼りで無双しちゃう系の脳カラ。後々出てくる真の主人公に噛ませにされてそうと巷で噂なゴミクズなのである。
そして、そんな痴呆がスキルの検証だとか実験だとか高度な知的活動に精を出せるわけもなく(そんな暇も無かった)、『叡智』については『発動……ッ!すれば発動する感じの能力』くらいの認識。あとは燃料がマナくらいしか知識は無い。原理も仕組みも手放しな原始人状態である。
だが、しかし、仮に、一応、念のため、詩音がコンビニエンスストアくらいのノリで軽々しく使っている『叡智』の『照準』を、『マナを展開し触れたモノを探知する』ものとして仮定してみよう。
そう、レーダーにおける電波のように、『照準』はマナをそこら中に飛ばし、その反応を見ているという仮定をした場合、現状はどのように捉えられるのだろうか。
「…………んんんんんんん……っ!??」
証言の全てに辻褄が合ってしまう。
えっと、つまり、キルが見たマナの塊や、大事な装置をぶっ壊しちゃった攻撃というのも、全部が全部原因は同じということで、つまるところ総括を述べてみると――――!
『いい加減にしてくださいよ!?ここでのミスは最悪人死にに繋がると言いましたよね私!!何度も!!緊急時に働かないなら貴方ほんとにクビにしますよ!??』
「あ゛ーあ゛ーあ゛ーッッ聞こえない聞こえない聞こえなーいッ!!!儂悪くないもーんッッ!!いきなり拷問とか言い出すヒステリーがぜーんぶ悪いんだもーんッッ!!ばーか!!ざーこ!!」
「…………すいません俺でした」
激化していた言い争いがピタリと止まる。
「…………はい??…………こうはい?」
『……えっと、すみません、よく聞き取れませんでした。もう一度お願いします』
「犯人俺だったみたいです……!この度は誠に申し訳ありませんでした……!!」
『「…………!???』」
目隠ししていてもはっきりと分かる、地下室にじわり広がっていく困惑。
詩音の中で渦巻くは絶望。
何のことはない、彼女らが向けてきた疑惑の内、一点を除き全てが真実だっただけの話。
詩音の『叡智』をキルが見て、詩音の『叡智』の物的被害により、詩音の『叡智』が敵とみられた。『組織』の関係者であると見誤られても当然の所業を、知らぬ内に詩音は踏み抜いていたのだ。
「…………!!……!!!」
どうしよう。
いやもうだめだ。状況は既に『どうしよう』ではなく『どうしよもねえよ』だ。
疑惑の殆どが真実である以上、さっきの拷問作戦は使えない。元凶が被害者装って『無関係の一般市民を拷問ちゃった気分はどうだ!?感想を述べよ!』は流石の流石に一線越えてる。
チートを他言できない以上、事情をまるごと話すのも不可能。
詰みである。
もうだめだおしまいだ。これから詩音は自業自得に拷問で両手両足もがれて失血多量で死に至るのだ。
世界は遠からず滅ぶのである。
「…………!!!」
「……ちょっと後輩、どういうことだ?先輩お前が言いたいこと全く掴めないぞ?」
『…………やはり『組織』の一員で間違い無かったということですか?だとしても何故このタイミングで……』
「…………!!!!!!」
――――混乱の最中。脳内のぐちゃぐちゃが絶頂に達したその瞬間。
「――――――ッッ!?!?」
一筋の電流が頭を走った。
それは、『天啓』としか呼ぶほか無い、斬新で前衛的な発想。
この場を一発でひっくり返せる逆転手。
「……そうか!!わかったぞ!!!そういうことかッッ!!!」
「……いやどういうことだよ。全くわからんぞ。」
「今から全員ボコボコにしてやるッッ!!!」
腕を捻って『力』を込める。
刹那に音を立てて崩れていく全身の石枷。
「『――――!???」』
目を剥く先輩に目もくれず、自由になった手足で跳ね起きた。
顔からずり落ちた布が空中を滑リ落ちていく。
「この場の全員制圧してッッ!!動けない先輩方をちっとも殺そうとしなかったのならばッッ!!俺の敵意の有無は証明できるはずだあああああッッ!!!」
「『――――!???」』
「新参者の作戦立案能力に恐れおののくがいいッッ!!うおおおおおおおおおおおおッッ!!」
勢いに任せて駆けだす詩音。
こんな風に、どうにもならずに始まった暴走を世間一般では『やけっぱち』という。




