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12話:クズのとこまで墜ちてしまった


 朝。今日も今日とてからっとした快晴。

 日が出たばかりの早朝、眠い目を擦るニーナと共に朝食を食べた後、三十分程度の通勤時間を経て、このところ毎日見てる気がするギルドの大きな玄関を潜る詩音。

 今日の屋内の活気は下の上といったところか。昨日よりは人が増えているようだが、怪草出現前の耳を弾くようなざわめきには程遠い。

 うるさいのはあまり好きではないので、職場に広がるささやかな静寂自体はどちらかと言えば喜ばしいものである。


 確かな満足に小さく頷き、奥へと進んで扉を開き一般立ち入り禁止(スタッフオンリー)の部分へ立ち入った刹那、中の女と目が合った。


「――――あ」


 昨日に知り合った彼女の顔は、『従者(せんぱい)』の部屋を教えてくれた人のもの。

 挨拶がてら昨日のお礼でも言っておこうかと声をかけようとして、そこで初めて名前を聞きそびれていたことに気がついた。


「…………えーっと……、『従者(せんばい)』の先輩、おはようござ」

「あぁおはよう!……ってそんなことどうでもいいんだよ!新人くんは何があったか知ってるの!?」


 興奮状態の言葉の波に思わず怯む。

 名も知らぬ彼女は詩音の困惑に気付いているのかいないのか、全く判別できない程の興奮状態に陥っていた。


「……何かあったんですか?」

「ああ、その反応ってことは見てない側か……!なんとね、ホーちゃんが歩いてるのを見かけた子がちらほらいるの!まだ始業時間前なのにあの子が出勤してるんだよ!?信じられる!?」

「…………はぁ。……んん?」


 『ホーちゃん』というのは先輩(ホロ)のことだろう。彼女はあの『従者』をそう呼んでいた。

 そんなフランクなあだ名事情はどうでもいいのだが、


「……いやでも10分後ですよ、始業時間。ホロ先輩を見かけたのがついさっきなら、出勤に丁度いいそれなりの時間帯に思えるんですけど……何か事情でもあるんですか?」

「ばっ……!……ああそうだった新人だから知らないんだね……!そうなの事情があるの、あの子が規定時間通りにギルドに来ることなんて起こり得ないことなの!最近なんてリアさんが忙しいのをいいことに週4日は顔さえ出さずにお給料だけ受け取ってるくらいなのに、普通の勤務時間を守るなんてあり得ないことでしょう!?」

「…………うわぁぁ……!」


 尊敬すべき先輩の新たな(クソな)一面を垣間見て戦慄する詩音を他所に、女は「そんなわけでこの大ニュースを一刻も早く広めてこなくちゃ!君も情報入ったら教えてね、あとお仕事頑張って!」と小走りに立ち去っていった。

 遠くから「あっおはよう!ねえ聞いて聞いてホーちゃんが出勤してる!!」「……嘘ぉ!?」と甲高い悲鳴が聞こえてくるあたり、()の信じ難い勤務態度はマジであるらしい。

 まさかそこまで堕ちているとは。どうしてクビにならないのだろうか。


 ――ってか、そんなサボリ魔が許されてるのに圧迫面接されてたのか俺……?おかしいだろ……?そこまでヤバくないだろ小卒って言ってもさぁ……


 釈然としない思いと倦怠感を抱えつつ歩きだす。

 かなり大きな施設のギルドだが、流石に迷子になるほどの広さではなく、階段を登って廊下を歩いて、数分もすれば目的の部屋までたどり着く。


 現在詩音の眼前にあるのは見覚えのある扉。それも圧迫面接が行われた部屋ではなく、喧嘩が起っていた応接室の扉である。昨日別れ際のホロからの言いつけによれば、今日の集合場所もここであるらしい。


 ふと気に留まったことはというと、この部屋に近づくにつれすれ違う人の数は徐々に減っていったこと。どうやら実務の担当が3人だけという話に嘘は無いようで、実務に割り当てられているらしき階に人が寄り付くことは少ないようである。


 今も辺りはしんと静まり返って、人の気配は一切無い。

 部屋の中にも人の気配は無い。


「一番乗りぃ」


 だから詩音は、寝起きのぼんやりとした自意識のまま、何の気無しに、扉の取っ手へ手をかけた。




 違和感はあった。


 ()()()()()()()()()()()()

 既に出勤しているはずの『従者(ホロ)』がいないのは何処かでサボって寝ているとしても、『子供(キル)』と『妊婦(リアセド)』がいないのは少しばかり引っかかるところがあった。

 いや、出会ったばかりの彼と彼女の性分を性格に把握できているのかと問われればあまり自信はないのだが、それでも今まで抱いた少ない情報を踏まえて2人に抱いた印象は『どちらかと言えば真面目寄り』。2人揃って部屋に着いていないというのはどうなのだろう、という疑問は自然と喉につかえる。


 勿論、『昨日別行動と言っていたのだから今日は初めから集まっていないのだ』と言われればそれまでで、そうなると『やらかしたばかりのサボり魔(ホロ)に何の対策もなく新人の指導任せるか?』という問が新たに生まれることとなり、それも『仕方ねえだろそんくらい忙しいんだろ』との単純な反論でお終いなのかもしれない。


 だから、詩音はモヤモヤとした疑問を抱えつつも、それに対して明確な結論を出せるわけもなく、何の警戒もなしに扉に手をかけ、結果、刹那に、足場が消えた。


「――――は?」


 床だけではない。詩音を中心として半径4メートル、扉も取っ手も壁も全部纏めて綺麗に消え失せ、ふわりとした浮遊感が一瞬のうちに身体を包む。

 跳ねるように真下へ視線を飛ばせば、支えを失い宙を右往左往する両足の向こう、なくてはならないはずの下階の床さえ確認できず、ただただ真っ暗な空洞が広がっているのみ。


 つまりこれは、有り体に言えば、落とし穴の中にいる。


「わ――ッ!?」


 気付いたところでどうにもならない。

 側壁との距離は4メーター。手足を伸ばして届く距離には何も無く、物理的な抵抗は一切叶わず、自由落下は始まった。

 ぐん、と身体を引かれる感覚が5秒、10秒、15秒――――地面にぶつかっていないと不自然なほどの滞空時間を経て、まだまだ続く落下の途中、落ちていく穴の側壁がぐにゃりと歪む。

 『とろけた』と、そう表現するしかない様で蠢く石の壁は、瞬きする間も無く詩音(じぶん)の腕へと絡みつき、掴もうとしても水のように融けてすり抜け、有無も言わさぬという強引さをもって両手を固める手枷と化した。


 手枷の数は1つではない。

 終わりの見えない落下の中、石壁は次から次へと歪んで迫り、手に腕に脚に張り付いては固まりを繰り返し、体表全てを覆い尽くさんばかりの勢いで絡みついていく――――!










「おいおい、随分な重役出勤だなぁ後輩よ」

「……!?……!??」


 そうして首から下に取り付けられた無数の枷は、落下の直前から徐々に重力への逆らいを見せ、十分な時間をかけ減速を効かせ、ふわりと詩音を地面へと降ろした。

 そして、ここはなんだ、地下室か。

 狭く、窓一つない、どころか扉すらどこにも見えない部屋。壁に掛かった魔石の淡い光だけがたゆらう薄暗い部屋。詩音(じぶん)が降ろされたのはその中心のようだ。


「新入りなら普通始業三十分前には顔を出して掃除でもしているものが常識と思っていたのだがなぁ、いやはや、どうやら後輩は儂が思うより随分と豪胆な器をお持ちであるようだ。尊敬するよ」


 詳しく辺りを見回そうと身体を捻ってみるが、身じろぎ一つとることはできない。全身の枷が床と融合しているらしい。

 にわかに受け入れがたいことではあるが、床を転がるのも這いずるのもできない以上、そう考える以外にないだろう。


「……って、あれ?聞こえてるか?おーい?昨日あんなに遊んであげたホロ先輩だぞー?……怪我とかはさせないようにするって話だったんだけど……落ちるの怖くて気絶したか?」


 というわけで、窺えるのは真正面の光景のみ。

 さっきからしゃべりかけてきている小柄、件の先輩ホロ=レタリアトが表情に若干の焦りを浮かべてこちらの顔を覗き込んでいて、()()()()()()()()()()()


「………………!」


 それに気が付き、唾を呑む。


 だって、拘束された詩音の輸送先で『従者』が自由にしているということはおそらく彼女は首謀者側で、それも今の言からすると共犯がいる。

 何故詩音(じぶん)は拘束されているのか、彼女にそんなことをする動機はあるのか、拘束して何をするつもりなのか、協力者は誰か、最もありそうなのがギルドの2人。

 頭に混沌と浮かんでは消える毒々しい色をした疑問符の中、とりあえず恐る恐ると、一つだけでも口にしてみることにする。


「…………いや、重役出勤って言われても集合時間しか聞いてませんし……先輩こそ普段は遅刻の常習犯って聞いたんですけど」

「あっ良かった起き…………いま儂の話してないよな?なんで今儂の話した?その話題は至急速やかにやめようか」


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