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11話:昔の話と彼は言うけど①


 拠点としている廃病院、ランプの光がたゆらう大きめの病室。

 外の空にかかる赤色も半分ほど消えつつある時間帯、現在詩音(じぶん)達は生命維持に関わる重要なタスクに取り掛かっている真っ最中。


 もう少し俗っぽく言い直すならば、2人で1つの卓を囲み、少し遅めの夕食中である。


「――――で、その後シメられて戻ってきた先輩に帰宅の許可貰って現在に至るって感じ。仕事自体は良い評価されたみたいだし、色々あったけど作戦自体は順調かな」

「……ふーん。そうなんだ。へー、よかったね」

「…………え、どうした?今の話に機嫌の悪くなる要素あったか?」

「…………30点。今コトノと喋ってるのはボクでしょ?だったらボクと関係ない女の話は可能な限り控えるのが友人間における礼儀ってものでしょ?人を不愉快にさせないように、これからはちゃんと注意して、改めていこう」

「……!?……理不尽だ!今日の成果聞かれたから答えただけじゃん、説明するとなったら関係者の話は避けられねえじゃん!他ならぬ質問者に説教される道理はねえよ!まさかお前までパワハラに走るのか!?」

「正論はときに人を傷つけるんだよ、シオン。堅苦しい理屈や一般的な正義なんかに捕らわれず、互いを思いやったコミュニケーションこそが人間関係において大事だとボクは思うな。……大丈夫。これから気を付けていけばいいんだよ。人は失敗する生き物だからね」

「…………ッッ!こいつこんな時ばっかり綺麗事を……!釈然としねえ……!」


 ふふんと舌戦の勝利を誇り、匙の先をくるくる回して円を描く彼女が食べているのはカスタード味のプティング。廃病院にて待機を選んだ彼女の『夕飯買ってくるならデザートお願い!』という要求を受け、帰り際に買ってきたお高いおやつである。

 別個に買ってきた弁当は一瞬で消化されたのに、小さいワンカップには凄まじく時間をかけ、じっくり味わって食べている。


 明日からは料理も始めたいということで食材の調達もしてきたが、砂糖の量がとんでもなく多かったのが気になるところである。

 栄養バランス大丈夫だろうか。


「……それじゃあ話題をニーナに寄せるけどさ、そっちはどんなもんだった?今日一日」

「んー……、特に何も。廃病院の中散策してた途中に見つけた蔵書読んでたくらいかな。殆ど創作(フィクション)だったから役には立たないだろうけど、そこそこまあまあ面白いしね。暇つぶしには丁度良い」


 と、プティングから離れ、「それよりさ」と詩音を指す匙は、「行儀悪いぞ」という注意を受け、案外素直に元へと戻る。


「……それよりさ、気になるのはミアだよ。時々顔は見るし物音も絶えないから外へは出てはいないんだろうけど、なんとなく避けられてる気がする。夕食も誘えなかったし、正直気まずいからシオンの方から話通してくれない?『俺実は前世で仲間だったんだ!こっちは友人のニーナ!仲良くしてくれよな!』って」

「……却下。論外。昨日1回その話しただろ?駄目なモンは駄目です我慢しなさい」

「……1回その話されたけどさぁ、そもそもどんな事情があったら仲間に正体隠す必要が出てくるのか、どれだけ考えてもわかんないんだよね。全くもって想像がつかない。理由も無しじゃ納得いかない。説明責任を追求したく思います」

「…………どこの誰がそんな責任決めたんだよ……」


 理不尽な要求へ意義を申し立てつつ、『少量でも腹持ち長続き栄養満点!』と店員に推された携帯食料を囓る。

 あまりはっきりとした味はしない。


「……知らないの?この国の法では友人間での隠し事は厳罰に処されるんだよ。万一この事態が然るべきところに漏れれば、シオンはまず間違い無く実刑に問われることになるってこと。万が一にも捕まってほしくないんだ。友達だから」

「……俺が異世界出身であることを利用した心底汚い手はやめようか。そんな法が成り立つわけないってわかってても、一瞬マジで騙されそうになる」


 ぐうぅ……と唸るニーナだったが、小さくプティングを掬った匙を口に運ぶと、それだけで瞳が煌々としたものに戻る。

 彼女が一口を味わい尽くすまでは会話も自然と小休止を挟み、故に自分は、ニーナが幸福に悶えるそんな様子を、黙ってじっと眺めていた。


 すると、ふと思い浮かぶことがあって、息を飲んだ。

 彼女への土産に()()を選んだ己の無意識の選択に、確かな一つの理由がある気がしたのだ。




 ******




 昔の話だ。

 昔とは言ったものの、あくまで自分の十七年間の短い人生から見ての『昔』であり、数十年も時を遡るわけにはいかない。

 だから、具体的に言うなら三年ほど前、自分が異世界にやってきた日のことである。


 その日は結構慌ただしくて、自分の精神と身体は纏わり付くような疲労感に満ちていたのだけれど、だからといって日々の習慣を妨げるほどのものではなかった。

 いつもの通りにご飯を食べて、いつもの通りに食器を洗い、いつもの通りに掃除をした。

 いつもの通りに入浴した後は、金曜日に承った宿題を片付け、県庁所在地を暗記することへの意義について疑問を抱き、適当に付けたテレビがつまらなかったので友人推薦の小説を読み、眠たくなってきたので床に着いた。


 窓から見える月の模様を眺めていたら、だんだん意識がぼんやりしてくるのがわかって、薄らぐ自我への抵抗をやめ、手放すように目を閉じた。




 そうして次に目を開けたとき、そこはもう既に異世界だった。


「…………え」


 と、あまりに呆然とした第一声をあげることができたのは、寝てたはずなのに2本脚で直立している自身の状態、古めかしい装飾散りばめられた屋内、窓枠の中窺える真っ昼間の原っぱ等々、異常事態を示す大量の状況証拠に囲まれていたからに他ならない。


 加えて、異常な存在はもう1つあった。


 目の前には男がいた。瞳と髪に全く同じ赤色がかかった初老の男が、何やら恐る恐るといった感じで話しかけてきている。


 今となれば『魔人』と称せる彼の身体的特徴も、当時の自分には奇抜なルックスとしか捉えることができなかったが、彼の聞き覚えの無い言語と合わせて、どうやらここは異世界のようだという結論に至るのはそう難しくはないことだった。

 無論、『いやそんなことあるわけねえだろ?ファンタジーの読み過ぎで気が狂ったか』とか、『ヤバい人に誘拐されて無理矢理お薬突っ込まれてる方がまだあり得るぞ』とか、『そもそも言語くらい融通効いてるもんなんじゃねえの?』とか、様々な疑問や不満はあったものの、きっと夢ではないのだろうという謎の確信はそれ以上にあった。

 実際のところ夢では無かったのだから、自分の勘も捨てたものではないということなのだろうか。


 とにかく詩音は1人の男によって、ここ異世界へと召喚された。


 言葉が通じないことに戸惑っているのは詩音だけではなかったようで、初め、彼はただオロオロとうわごとを繰り返していたが、直に発言は明瞭な発音へと変わり、何かを指差し単語を繰り返すようにもなった。言葉を教えようとしている意図はすぐに伝わる。

 男は幾度となく根気強く、詩音(じぶん)に言葉をかけ続けた。

 どうにか紡いでみた自分のツギハギな言葉を訂正し、繰り返し、返答を返し、また話す。

 そんな懇切丁寧な協力もあって、比較的簡単に異世界語は理解できたが、それでも会話を成立させられる頃には外の太陽は沈んでいた。


「ってなると……うーん……『こんにちは!俺は異世界から召喚された()()()!歳は15!好きな食べ物はジャンクフード!……って感じで合ってますか?』」

「『…………あ、ああ。……『間抜け』というより『勇者』かな。勇敢な者を前向きに表現するならそちらを使う』」

「『あーなるほど……うん、多分もう大丈夫です。お手数おかけしてすいません』」


 馬鹿のような会話だが意訳である。

 ただでさえ覚えたばかりの異世界語。単語もそれまでの傾向から見て『こういう発音ならこういう意味を指すのでは……!?』なんて予想で言っただけの、造語に片足突っ込んだツギハギ。国語の教師に見つかったら殴られそうな暴挙を経たコミュニケーションに綺麗な仕上がりを求める方がおかしいのである。


 しかしながら、当時の自分が馬鹿のような言い間違いをしたこと自体は言い訳できない事実であり、眼前の男も困惑を隠せずにいたようだった。

 が、彼はやがて自身の目的を思い出し、詩音(じぶん)へ声をかけることを選んだ。


「…………私は『ラグゥ』。マナという力について調べている研究者だ」


「まずは、君をこちらの世界に無理矢理呼び出した私の暴挙を、どうか許して欲しい」


「君には本当に申し訳ないことをしたと思っている。とても償えきれないことだというのもわかっている」


「……その上で、頼みたいことがあるんだ」


「今、この世界は存亡の危機に瀕している」


「マナを操る魔物の大群が、人を大勢殺してまわってる」


「今回召喚に使った陣は"才能のある"人間を世界を越えて呼び出すというもの」


「君にはこの世界の技術を扱う才能があるはずなんだ」


「だから、どうか……」


 終始消え入りそうな口調で、最後には押し潰されそうな風態で、彼はそんなことを言っていた。


 ラグゥと名乗ったその男の『見知らぬ少年を巻き込んでしまった』なんて罪の意識に苛まれる姿を見て、当の本人が抱いた感想は尊敬混じりの軽い同情。

 『うわぁ……善いことしようと頑張ってるのに、こんなに苦しんで難儀だなぁこの人……』なんて、うすぼんやりと思った程度。強制異世界召喚に対する嫌悪は全く感じていなかった。


 見知らぬ異世界の存亡に対する危機感や、人々を助けたいなどという正義感があったわけではなく、日々を漫然と生きてきた自分には拗らせるような未練がなかっただけだ。

 だから、何の抵抗も無く現状は受け入れられた。


「……いいですよ。でも、報酬だけはちゃんと出してください。がめつい若者は不満を感じたらすぐボイコット起こしますんで、そのつもりで」


 慰めようと放った冗談が「……すまない、恩に着る」と流された時の方が、よっぽどショックを受けたくらいに。




 ******




 意外なことに翌日から始まったのは、世界を救う前準備と称した、取るに足らない平穏な生活。

 基礎的な知識を得るためと言われ、男の研究の手伝いをして、時折マナについての小話を聞かされ、男と適当な雑談にふけり、男と共に食事をして、男と生活を共にして、ああ、父親とはこういうものなのかもしれないなと、己の知識と照らし合わせ、錯覚した。


 幸せそうに舌鼓を打っているニーナの姿から想起したのは、そんな僅かな日々の合間、似たようなものを一緒に食べたような気がするというだけの、今となっては朧気な思い出である。

 思い出したら嫌になるから思い出さないようにしていたけれど、もしかすると己の無意識にはそんな記憶を懐かしむ郷愁のような何かがあったのかもしれない。


 当時の自分は、間もなく人を殺すとも知らず、安らかな時間とさえ思いながら、その平穏に溺れていた。

 今の自分は、思い出したくもない事を思い出し、憂鬱としながら携帯食料を囓る。


 一度過去が浮かんだならば、自然と次に蘇る記憶は直後に起こったのミアとの邂逅。

 そのときを思い返してしまった時に自分が一体どういう心境に陥るかは想像に難くなかったので、意識的に思考を打ち切り、息を吐き、手に持っていた携帯食料の最後の一口を喉に通した。パサパサしていて喉につかえる。


 卓上の端っこには、手の付けられていない弁当箱が1つ、ぽつんと寂しく影を差している。









「――――――ごめんねシオン、気付いてあげられなくて」

「……え」


 と、かけられた声に、はっと意識が引き戻された。


 気付けば視線の先、悦にプティングを頬張っていたはずのニーナの手が止まっている。

 対面の彼女は、慈しむような、悲しむような視線で、こちらをじっと見つめていた。


 なんだこいつ。


「……わざわざそんな味気ない携帯食料(もの)を選んで食べてるんだから、ちょっと考えれば想像はついたはずなのに。そんな目で見つめられるまで、ボクはシオンの気持ちに気づけなかったんだ。察してあげられなくて本当にごめん」

「……え?ああいや……どういう……?」

「『あーん』して欲しかったんだよね?」

「――――あ゛!??」


 ニーナは匙でプティングを掬う。

 少女はここにきて、かの記憶の男にもひけをとらない、心底申し訳なさそうな悲しい振る舞いを見せていた。


「前に『あーん』してあげたのは五日前だっけ。シオンはあの時の高揚感が忘れられなくて、どうにかしてもう一度『あーん』して欲しくて、でも素直になれなくて、ボクの気を引くため、わざと貧相な食事を選んじゃったんだよね?」

「――――はぁ……!?誰がそんな真似するかよ、食欲無かっただけの消去法なんだけど……!」

「…………いや、仕方ないよ。シオンが悪いんじゃなくてボクが悪い。罪ともいえるくらいのカッコかわいいを前にして今まで正気を保てたのは凄いことなんだよ。それだけ頑張ったんだから正直になって、少しくらい自分にご褒美をあげてもいいんじゃないかな」

「……もしもし言語通じてないみたいだけど大丈夫ですかぁ?あなた様の言語機能にどこか障害が出てるみたいなんですがぁ」

「いいんだよ。強がらなくていい。カッコかわいい女の子と恋仲になって無様に甘え倒したい気持ちは共感できる。シオンが仮初めで満足できるというならボクがその役を演じるよ。ほら、あーん。これでいい?」

「……雑!百歩譲って甘えたがり認めたとしても調子に乗れる程の演技力ねえからな!?自惚れんなよ!?」


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