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10話:驕り高ぶる年嵩の末路


 ギルド内部を歩くこと数分。今朝ぶりに戻ってきた私室のベッドへ『従者(ホロ)』は勢いよく体を沈める。

 うつ伏せのまま小さく唸り、キュートで愛おしいミニマムボディーを目一杯に弛緩させるが、それでも全く収まらない疲労感。憂鬱と枕に鼻先を擦りつけた。


「うあぁ……」


 怠い。


 ああ、全部全部リアセドのせいだ。あの糞女に面倒事を押しつけられたせいで、現在尊き己の気分は最低最悪の一言である。

 『任せましたよ』とか言われても困る。ワーカーホリックどものイカレた物差しを常識人に押しつけないでいただきたい。『貴方にしかできない仕事です』と言われてどうしろというのだ。そんな言葉でやる気が出るような奴隷根性持ってるのはお前達だけだ。一緒にするな。


 疲れた。


 実際にやったのは新人への教育的指導だけとはいえ、仕事に頭を悩ませるストレスは1秒だって重労働。そもそもいつまでも機嫌の悪いリアセド自体が重篤なストレスであるのに、その上仕事を押しつけるなんて罪深いにも程がある。

 そんな同情すべき事情に重ね、先刻の新人いびりが決定打となり(楽しかったけど)、己の気力はすっからかんである。


「……だから、まあ、いいだろ別に」


 頑張った者にはご褒美が与えられるべきだ。


 加えて新人(コトノ)に押し付けた仕事はどう見積もっても三ヶ月は必要で、残り二人は多忙の極み。邪魔する者は誰もいない。


「おやすみなさぁい…………」


 そんなわけで、労働時間中ではあるけれど、極めて正当な権利に基づいた判断により、胸を張って堂々『お昼寝』を決行する。


 目を閉じると、意識は5秒で闇へと融けた。




 ******




「………………ふぁ」


 ふわりと意識が浮かびあがってきて欠伸をひとつ。

 肌に当たる日差しに暖かさに包まれながら寝返りもひとつ。


 体感的には寝ていた時間は4時間と少しくらいだろうか。

 快眠快眠と言いたいところだが、欲を言えばこの寝起きの明るさは頂けない。


 『アイマスクでも買おっかなぁ……』とぼやけた頭で薄目を開ける。


「先輩……」

「…………えっ」


 と、薄く開いた視界の中、ベッドの側に例の新人が立っていた。

 呆然とその場で立ち尽くす彼は、寝そべる自分を困惑の目で見つめている。


「…………あの、先輩……」


 そう、まるで、『人に仕事押し付けといてなんでサボってんだこいつ』とでも言いたげな目で。


「……違うからな?儂の担当の魔物は夜に活動が鈍くなるだから今のうちに仮眠を取っているだけであってギルド活動として正当な睡眠だ」

「……そうなんですか。」

「そうだとも他に何の理由があるというんだ全く下世話な妄想はやめろ全くもって不愉快だお前社会人としての自覚がなっていないんじゃないか?」


 嘘である。

 この後も何もすることはない。いつもの通り適当に時間を潰した後、迅速に直帰し夕ご飯にするつもりだった。


 しかしながら、今ここでお昼寝に至るまでの先の理論を馬鹿正直に話し理解を得ることができるのか問われれば答えはNO。真理とはいつだって難解で、大衆には受け入れられないものなのである。

 であるなら、賢明な己が彼らの為何ができるのか考えれば採るべき選択は一つ。衆愚でも理解がいくよう柔軟に言葉を使い分け、正しい道へと導いてやることである。


 故に、この嘘は悪い嘘では無いのだ。

 必要悪だ、正義の虚偽だ。

 儂は一切悪くない。


「……………………」

「…………何黙ってるんだ、おい」


 それゆえ、静まりかえった重たい空気の責任も全てコトノ(こいつ)に帰属する。

 なんて出来の悪い後輩なのだ。お灸を据えてやらなくては。


「……そもそも人の部屋にノックもせず入ってくるのが許されると思っているのか?わからないなら教えてやろう。お前のやったのは人として最低の行為だ。常識を一々指摘させるな。育ちが知れるなこれだから最近の若いのは。それとも何だ、誰かに許可でも貰ったのかのぅ、なぁ、正当な理由があるなら教えてくれるか?」

「…………先輩を捜してたら事務の人に『あー、ホーちゃんならいつも通り会議室で寝てると思うよ』って教えて貰って」

「――――えっ?」

「『噂によるとね、あの子ギルド共用の部屋を勝手に私室って言い張って、時々リアさんの目を盗んで居眠りしてるらしいの。叩き起こして叱ってやって頂戴』って許可出されました」

「…………あっ、うん、そうなんだ」


 『ホーちゃん』という言い方から察するに、情報源はギルド加入時優しく面倒見てくれた事務の先輩だろか。

 こっそりサボってたつもりなのに、誰にも見つかった覚えは無いのに、どうして噂になってるのかだろうか。寝てる途中に見られたとかだろうか。思ってみれば共用の部屋だ、誰かが入ってくる可能性は十分にある。今まで全く気付かなかった。


「まあ……許可が出たなら……仕方ないね……」

「……………………」


 ベッドの中の自分を黙ってじっと見下す後輩。


 まずい。

 やっと現れた後輩の様子がおかしい。態度の端々に反抗的な何かを感じる。今後の至福極まるパワハラライフに差し支えが出る前に、火急速やかに立場の差を分からせてやらなければ。


「……あのなぁ、そんな屁理屈言ってどうするんだ?給料出てる以上言い訳が許される立場だと思うなよ?周囲の環境に甘えていて成長があると思ってるのか?一体いつまで学生気分だ?」

「……うわ。……すいませんでした」

「そうかそうか、『うわ』というのが謝罪に相応しい態度だと思っているのだなお前は。いい加減に身の振り方というのを弁えるべきだとは思わないのか?思わないのだろうな。何かあっても自力で解決しろという指示一つ覚えられないお粗末な知性では難しいだろう。同情するよ。そんな愚かに生まれたことに」

「…………いえ、任せられた分の依頼(クエスト)終わったので報告に来ました」

「――――はぁ?」


 と、そこでようやく彼が小脇に抱えている紙束に気付く。

 数時間前彼に手渡した大量の依頼書(クエスト)、ここ一年サボり続けてため込んできた魔物(ノルマ)を数百、『ちょっとでも減らせればいいな』って思いつきで押しつけた紙束を、そっくりそのまま抱えている。


 そう、誰がどうやっても3ヶ月はかかるはずの。


「…………3匹目に狩った魔物の特徴挙げてみろ」

「…………はい?特徴ですか?……毒っぽい霧を纏って空飛ぶ感じの蛇でした。あと覚えてんのは……衝撃で鱗が弾けてましたね。毒っぽい水まき散らして」


 それが一体……なんて呟く後輩から紙束を強引に奪い取り、下から3番目の紙片を早急に確認。

 ぱっと目に映る灰色の紙片の中央、悠々と空を泳ぐ大蛇の絵が描かれていた。


「え、まじで…………?」

「…………??」


 現実を信じられず自分が向けた疑いの視線の意味が分からないのか、コトノは小首を傾げていた。




 ******




 そんな彼を見て、ホロ(じぶん)が抱いた感情は大きく分けて三つ。


 一つは怒り。誰がどう見ても異常極まりない成果をあげておいて『なんかやっちゃいました……?』と滅茶苦茶下手糞にしらを切る姿にはらわたが煮えくり返るような激情が湧いた。『調子に乗ってんじゃねえよ今すぐぶん殴ってやろうか!?』と一瞬本気で検討した。

 一つは恐怖。数百の、各地に散らばった、挙げ句の果てにはSランクまで混じった魔物を数時間で殺し尽くす。眼前の少年はそれを可能にする『手段』を隠し持っているのだ。数日前にSランクを討伐したことは知っていたし、討伐(それ)だけでもかなり脅威的なのだが、それでも数時間かけて一体というスピードだったはずなのに。

 理解できない現象を前にして、賢明な己の脳随が未知への恐怖を覚えるのは無理も無い話である。


 最後の一つ。

 残りの二つをかき消す程の、圧倒的な"愉楽"であった。


「…………あれ?……先輩先輩、これ俺が8-2ホって打てば詰んでるように見えるんですけど」

「あぁーー、そういえば教えてなかったな、特例としてその駒で詰みにするのは反則になっておる」

「あー道理で…………じゃあ28手前からミスってたんですかね。そのルール考慮したらあの時点で大駒捨てるのは少し弱そうに見えます」

「うおお……!正解だ正解!やっぱり中々筋が良いな、流石後輩だ!天才だ!戦闘だけじゃなくて頭も良いのかどうなってるんだ!?ふふんよろしい!優しい先輩は後輩の後学の為『待った』するのを許可してやろう!」

「えぇ……さっきから態度変わりすぎじゃないですかどうしたんです……?お褒めいただいたのは素直に感謝しますけど……」

「よそよそしいな後輩!行儀良いところも可愛いぞ後輩!ハグしてやろうか!?」

「…………すいませんハグはちょっと……セクハラで後々問題になりそうなんで……」

「固いことを言うようになったな後輩……!そういうところも好きだぞ後輩……!」


 そんなわけで起床からさらに数時間が経過した現在、窓から夕陽が差し込む私室の中、愛すべき後輩とボードゲームに興じる蜜月へ至るわけである。


 初めは『いや勤務時間中に遊んだら駄目じゃないですか……?』なんて屁理屈こねていた後輩も、『うるさい!新人には分からない事情があるんだ!そもそもお前が命じられた仕事は教育係の儂の指示通り動くことだろう!安心しろ全責任は儂が取る!』という正論に説き伏せられ、今ではすっかりゲームに集中している。


 ルールも知らなかった数時間前が信じられない成長を見せた後輩は、うーんと唸って次の手を一生懸命考えている。ちらりと見せるそんな素振りが、一挙手一投足が愛おしかった。

 

 そうとも。

 世には『パワハラ』とかいう後輩を虐め優越感に浸る行為があるらしいが、そんなものは自分にとって論外。信じられない外道の行為だ。

 後輩とは愛すべき存在。共に戦う仲間であると同時に、成長をそっと見守るべき若葉なのである。


 1人でサボってばかりだったので遊び相手を用意できたのが久しぶりというのも、高揚感の一因かもしれないが、それはあくまで副産物。

 浅薄な打算など関係無しに、いまはただただ、愛しき後輩への親愛を。


「…………無理っぽいですね。投了します」

「やったやった!また勝ったぁ儂の10連勝!!……ふふん筋はいいが相手が悪いな、勝ちすぎて段々悪い気になってきたなぁ……!!どぉれ少しくらいはハンデをくれてやっても……!」


 と、先輩としての優しさ溢れる発言の最中。


「随分と楽しそうですね。貴方は一体なにをやってるんですか?」


 唐突に横から差し込まれた声。

 静かな迫力に無意識に肩が小さく跳ねる。


 若干強張る身体に鞭打って、恐る恐る音の元へ目をやれば、そこにはいつの間にか部屋の中に入り込んでいたリアセドが立っていた。

 『どいつもこいつも人の私室に無許可で入り込むなんて頭おかしいんじゃないか?』と言いたいところであるが、そんな発言を吐いた先に自分の命があるかは怪しいところなので自粛しておく。


 そんな判断が妥当なほどに目の前の上司はキレていた。

 死を刹那に悟らせる程に冷たい目で、ゴミでも見るように自分を見下しているのである。


 ――ふぅ。落ち着け落ち着け。この状態のリアセド(こいつ)の言いそうなことはわかっている、『こんな大事な時にサボりですか……?(怒り)』みたいな感じだろう、ワンパターンなんだよワーカーホリックめ……!


 しかし爆発寸前の上司の状態は折り込み済み。無策でキレかけのお偉方に中指立てるほどホロ=レタリアトは馬鹿ではない。

 心配そうにこちらを見るコトノへ軽く目配せし『安心しろ』とのサインを送る。後輩への気配りまでできるくらい余裕綽々の老獪ぷり。


 対策はちゃんと用意してある。


「……こんな大事な」

「おおっと待て待て。小言を言いたくなる気持ちは分かるが、せめて事情は聞いてからにしてもらいたいものだな」


 言葉を遮って手に取るは、先程受け取った依頼書の束。

 厚みのある重たい束をリアの顔先で振ると、彼女の冷たい表情がきょとんとしたものに変わった。


「…………??…………貴方がため込んでる依頼(クエスト)でしょう。それがどうかしたのですか?」

「察しが悪いな。全部片付けたということだ。()()()()()()()()()()

「――――――は」


 一瞬、リアセドの動きが完全に止まった。


「――――!?冗談でしょう!?……貴方が!?コトノと!?協力して!?一体どういう風の吹き回しですか!??」

「なに、驚くことはない。儂は今日から『先輩』なのだからな、後輩の模範となるよう振る舞うのは至極当然のことだ」

「――!?」

「わかりやすく言おう。目覚めちゃったのさ。『先輩としての自覚』とやらに、な」

「――――!??」


 言葉にならない声をあげて驚愕するリアセドの瞳には、既に一片の怒りすらも残っていなかった。

 やれやれ、これこそまさに『計画通り』というやつではないか。思い通りすぎて失笑ものである。


 ――ま、それも仕方なかろう。コトノの手柄は()()()()()()()十分に偉業。隙間時間をゲームで埋めた程度で英雄様に口出しできるはずもあるまい。


 心の内に留めて笑う。


 そう、この成功が意味するところは、今回のサボりが見逃されたというだけの話ではない。

 『コトノの仕事』を『コトノとホロ(じぶん)の仕事』として虚偽報告する……この手法に使用制限はないのである。


 自分の代わりに働いてくれて、今後のサボりを合法にしてくれて、ゲームの対戦相手にもなってくれる。そんな後輩を、1人の先輩として、心の底から愛おしく思う。


 ――しかし、『虚偽報告』というのは言い過ぎかな?後輩が魔物を狩れたのも『先輩の存在』という精神的支柱があってこその話だろうし、それを『協力』と呼称するのはそんなに不自然な話でもあるまい。


 つまり、嘘はついていないということか。

 自分は全く悪くなくて、魔物の大量撃破に貢献した英雄の一人ということか。


 なるほどよかった。世界は今日もつつがなく廻っている。

 いつものとおり、極めて平和に、くるくるくるくるくるくると。










「……えっ?それって俺一人でやった依頼じゃなかったでしたっけ?」

「――――ッッ!?!?!?ッッ馬鹿!!何を口走ってるんだ後輩ッッ!!」

「え……?いやだって、それってさっき渡した………………あっ」

「『あっ』じゃないんだよ殴られたいのか!?リアセドは何も知らないんだから失態を自覚した瞬間なら『最初から冗談言ってましたー』って方向性に誤魔化せただろうがッ!!なんだなんだ、感情のままピーチク鳴き声をあげることしかできないのか!?社会人をなんだと思ってるんだ辞めちまえこのクソガ……」


 がしり。横から伸びてきた手に腕を掴まれる。


「…………あ」


 震えて腕の先を目で追うと、じっとこちらを見つめるリアセドと目が合った。


 汚物を見るような濁った瞳である。


「……まあまあ、落ち着けリア。これには深い事情があってな。長い話になるが辛抱して聞いてく……あっやめて引っ張らないで!外に連れ出して何する気なの!?なんでそんな怖い顔して黙ってるの!?一言でいいから返事くらいしてよ!……あっ後輩!見てないで助けて!!リアが怖いの!!後輩!!助けて!!怖いよ!!ああああああああああ――ッッ!!」


 閉まりゆく扉の向こうに見えた後輩(コトノ)の最後の姿は、連れ去られるホロ(じぶん)を引き気味に見送る薄情な棒立ち。

 なんて恩知らずな奴なのだろうか。あんなによくしてあげたのに。


 不条理への嘆きを頭の片隅に浮かべつつ、強い力に引っ張られ、ずるずるずるずる引きずられていく。


「――――リっ、リアっ、私も本当は悪いと思ってたの、良心の呵責は確かにあったの!!今ではちゃんと反省してるっ、これからはちゃんと働くと誓う!!約束するからっ!!」

「…………その台詞を聞いたのは4回目です。貴方の罰は纏まった時間と設備を用意できてからにします」

「設備!?設備って何!?罰を与えるのに道具がいるの!?一体この先何されるの私!?」


 黙して進むリアセドに連れ込まれた先は人気(ひとけ)の無い倉庫。

 立ち入った瞬間に背中を押され、慌てて振り返ると、扉にもたれたかかるリアセドが唯一の出入り口を塞いだ。


 なんだこれは。『逃がさぬ』という意思表示か。


 表情さえ見えない薄暗さの中だけど、彼女は確かにこちらを見ている。







「……あの新人、どう思いますか」

「……あー、うん、それね。ギリギリアウトかな。明日の朝にでもやっちゃおう」


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