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9話:力に溺れた年嵩の醜


 ギルドの屋上、頭上の空と同じくらい晴れやかに笑うキル。


「それじゃあお前の合格祝いだ、どこがいい?どうしてもって頼まれるんなら、祝いの場くらいは俺が奢ってやっても――――」

「まだ午前ですよ。規定時間内まではしっかり働いてください」


 その言を遮るのは、いつの間にか屋上の扉を開いていた『妊婦(リアセド)』の声。

 ……改めて考えると初見の勘違いのまま彼女を『妊婦』と呼称し続けるのは筋違いなのだが、とにかく、振り返った先にいたのはあの面接官。


「げっ」


 思わず詩音(じぶん)の喉から漏れる呻き声。

 面接のトラウマが未だ新鮮であるというのも理由のひとつだが、それを抜いてもこのタイミングの彼女の出現は非常に不味い。


 キルは本来不合格の詩音(じぶん)をゴネて無理やりねじ込んだと言っていた。

 ならば、彼女がわざわざここまで足を運んできた理由は、『やっぱさっきのナシ!ご縁がなかったということで此度の採用は見送らせていただきます!死ね!』なんてお祈りメールを送りに来たと考えるしかないのではないかという算段がいとも容易く組み立てられ――――――


「貴方もですコトノ。これからすぐ業務に参加してもらうので、合格祝いは後にしてください」

「――――えっマジで合格ですか!?いいの!?了解ですボス!!若輩者ですが全力を尽くします馬車馬の如くこきつかってください人類繁栄の礎となるのが下賤な私めの最大の幸せでございます!」

「…………やる気があるのはいいことですね。貴方に任せる仕事は全て伝えてあるので、彼女の指示どおりに動いてください」

「了解しました!我が命に代えても任務を遂行することをここに誓――――彼女?」


 とりあえず今後の為に行っていた詩音(じぶん)のモチベーションアピールが、不可解な単語にぶつりと途切れる。

 そんな詩音の様子を見て、振り返って後ろを示す『妊婦(リアセド)』。


「…………あぁ、なるほど、わかりました」


 『彼女』の指すところを理解し首を縦に振る。

 『妊婦』の後ろ、扉の影に隠れて、あの『従者』がこちらを窺っていた。


「…………」


 歳はおそらく詩音の肉体年齢(じゅうご)より少し上くらいで、金髪碧眼。そんな特徴だけを抜き出せばこの世界の基準的にほぼほぼ平均的な容姿なのだろうが、圧倒的な低身長が彼女の印象を平凡とかけ離れたところへ吹っ飛ばしている。遠目でも『童女』と並んでもそれほど差がつかないのがはっきりと分かるくらいに小さい。そんな彼女が物陰に隠れ、これまでと違うところなく沈黙を貫いている。

 先刻もソファーに隠れて口論を覗き見していたし、『引っ込み思案』とか、『人見知り』とか、『恥ずかしがり屋』とか、そういう類いで分類される性分なのかもしれない。

 性格の子細までは自信が無いが、とにかく『従者』が当面の詩音の教育係なのだろう。


 できることなら予想通りのシャイガールを期待したいものである。

 任務遂行の迅速加減に世界の存亡がかかっている以上、関わる相手が与しやすいに越したことはないのだから。


「わたくしは別件で忙しいので同席はできません。時間になったら様子を見に来ますので、それまでのことは全て彼女に任せます」

「よーしそれなら俺もコトノに付くしかないなぁ!この業界のなんたるかをたたき込んでやるのが先人としての勤めというもの!!」

「キルはわたくしと同行です。時間が押してますから急ぎますよ」

「えっ」


 絶句する『子供(キル)』の背中が『妊婦(リアセド)』に押され、階下の階段へと追いやられ、屋上に詩音(じぶん)と『従者』の2人を残し扉は閉まる。


 刹那、弾けるように『従者』は動いた。


 小さな左腕は滑らかな動きで上昇し、瞬き一つも挟む間も無く閉まった扉へ――おそらくは、扉の向こうの『妊婦(リアセド)』と『子供(キル)』へ向かう。


 彼女は一切の迷い無く、薄らと誇らしげな笑みすら浮かべて中指を立てていた。


「……!??なぜ!?」

「…………はっ!?……あぁあぁ、混乱させちゃったよねごめんね!!どうしても衝動を抑えきれなかったんだ許して許して!」


 あわあわと手を振って一通り慌てぶりを見せる『従者』は、すーはーすーはー深呼吸して、「……コホン」と一つ咳払いをした。

 仕切り直しを図ることにしたのだろうか。


「……これまでも何度か顔合わせの機会はあったな。儂はホロ=レタリアト。リアセドからお前の指導を任されている者じゃ。よろしく頼むよ」

「…………よろしく」


 正直な感想は『唐突に威厳ある老人キャラ演出されても反応に困るんだけど』なのだが、志無崎詩音は頭脳派転生者。動揺など一切表に出すことはなく、至極冷静に言葉を紡ぐ。


「……なんていうか、その、凄く個性的な一人称ですね。チャーミングで凄く素敵だと思います」

「…………!!」


 バレバレのゴマすりの効果は即座に現れる。

 ホロと名乗ったその『従者』が繕う無表情がぱあっと晴れた。「ほう……!」と呟いて、明確に目に輝かせる少女の興奮。


 まさかこいつもチョロいのか。チョロいのばっかで大丈夫なのかこのギルド。


「……ふむ、なるほどなるほど。凡百には理解されづらい儂の口癖に理解を示すとは思ってたより中々見る目があるようだが、お前の言には訂正するところが一つあるな」

「……訂正?なんですか?」

「『よろしく』ではなく『よろしくお願いします』だ。これからは一時たりとも先輩への敬意を忘れないように。1度目は見逃すが次からは体罰で対応する」

「…………!?」


 聞き間違いかと思い慌てて『従者』を見直すが、やっぱり眼前の小さな少女は目をキラキラさせ、心底幸せそうに胸を張っている。

 露骨なご機嫌取りに気を損ねてしまったということはなく、むしろゴマすり自体は好意的に受け取られたご様子。


 つまるところ、一時の悪感情なしの、完璧な『素』で今の台詞を吐いたということか。


「いいか?今日のギルドがあるのも、先輩方の血の滲むような努力があってこそ。後乗りする新人にはそれを心根敬う姿勢が求められる。よって我がギルドでは後輩へのパワハラモアハラ等々全て黙認されている」

「…………な!??」

「先輩の要求に全て応えるのは常識と思え。言葉の端から常に尊敬の意を漂わせろ。儂の喉が渇いたと察すれば自費でジュースを買ってくるべし。仕事を手伝えと言われれば自分の作業を放り出してでも駆けつけるのだ。なぁに、遅れた仕事は自主的な残業で片が付くのであれば問題は無い。徹夜してもどうにもならなくなったら、それはお前の努力不足というものだろう。そうだろう?」

「…………ひっ……!」

「返事は?」

「……了解しました!!崇高な理念を耳にした若輩はただ感動に震えるのみでございます!!」

「ふふん、よろしい。ついてこい」


 意気揚々と階下への扉を押す『従者』の後ろを追いかけ、『就職先間違えたか……!?』なんて動悸を押し殺して階段を降り、ギルドの廊下を小走りに歩く。


 面接部屋と同じく一般には開放されていない場所を進んでいるようで、ここからでも微かに聞こえるエントランスの騒がしさとは対称的に、進む廊下ですれ違う人は1人としていない。


「……その、先輩、ギルドって所属人数どれくらいなんですか?他の先輩方にも自主的に挨拶回りしといた方がいいですかね?」

「ああ、最近出入りしてないから事務のほうは知らんが、実務はお前を合わせた4人で全部だ。2人は忙しい敬意は儂に集中させておけばいい」

「…………3人っていうのは、もしかして独創的なジョークだったりしますか?」

「不敬なニュアンスを感じるが、そう言いたくなる気持ちは分からんでもないのでまあ許そう。考えてもみろ、ギルドの仕事は大半が魔物狩りだぞ?『叡智』とかいう胡散臭いオカルトを武器にバケモノ駆除して日銭を稼ぐ生き方はまともな神経では選ばない。進んでやるのは頭をやられた復讐者か命を賭けて加虐趣味に溺れる気狂いばかりで、協調性があるやつは少数派さ」


 喋りながらも『従者』の歩みのテンポは緩まること無く、何をそんなに急いでいるのかと疑問が湧いてくる程の早足であった。

 彼女の歩幅の小ささ故、歩いても普通に付いていける速度なので、別に文句は無いのだが。


「まあ、そんなキチガイどもでも、どうにか働かせないと人手は足りない。かと言って放っておけば、噂になった魔物に群がって暴れるだけ。それで勝てればまだいいが、手が付けられないと有名な魔物に俺ならいけると次々突っ込み死体の山が餌になる始末だ」

「…………うえぇ」

「だからこそ、『兵隊が必要な地区から金を徴収、馬鹿でもわかるよう具体的な特徴と難易度と合わせ依頼を提示、一般希望者を戦地に送り込む』なんて今のシステムに落ち着いたわけなのだよ。事務はそういう面倒な雑務を片付けるのが仕事で、馬鹿に任せられない強さのバケモノをどうにかするのが実務の仕事だ」


 脚を止めた『従者』が扉を押す――と、視界いっぱいに映る紙束の山。

 これまで受けてきたような依頼の紙がそこら中に乱雑に積まれており、詩音の視界を白一色に染めあげている。


 『従者』は部屋の中へ踏み入り紙束の山を漁り回っているが、床一面が紙だらけでどこを踏めば良いのか分からない詩音には、その様子を外から眺めていることしかできなかった。


「うわぁ……」

「"B"から"S"に分類される依頼は殆どこの部屋に集められてる。この数を減らすのが儂らの仕事だな」

「つまりこの紙分の魔物が討伐されないまま放置されてるってことですよね。想像したくねえ…………って、()()?馬鹿には任せられないのに全部じゃないんですか?」

「言ったじゃろ?この業界はキチガイの巣窟だ。始めたばかりの頃、露骨に強いの隠してたら『魔物を匿う異常者どもめ』とギルドに火をつけられた」

「うえぇ……」

「発言からすると復讐者タイプのゴミだろうな。奴らが一番厄介だ。正しいことをしているつもりだから偉そうで攻撃的、Sランクを狙う雑魚を窘めたら激高し火球を飛ばしてきた覚えがある」

「うえぇぇ……」

「そもそも恨んでいる魔物は依頼のとは別物だろうに、わざわざ魔物とひとくくりにしてまで空虚な復讐に身を委ねられる知性は羨ましい限りじゃな。頭蓋には脳味噌の代わりに糞が詰まっているに違いない。そいつらの目を誤魔化す為、『達成不可能』と『優先度低』は表に出してある」

「げえぇえぇ……」


 『達成不可能』。つまり討伐を諦め野放しにされてる高ランクまでいるということか。

 死体の山だの放火だの、さっきから出てくる単語の刺激が強過ぎる。頭がおかしくなりそうだ。


 しかしながら、それらに心を痛めている余裕は無い。

 志無崎詩音は異世界召喚されて魔王と戦う感じのチート系。己の振るまい一つで世界の人命の末路が決まるのである。

 過去の事件を悼むより前に己の使命を思い出せ。

 当面の目的はあの『組織』の打倒。脇目も振らずそれを成すことこそが、巡り巡って世界を救い人的被害を最小に抑えることへ繋がるのだ……と……


「…………あれ?『組織』は?」

「ああ、あれは後回しだ」

「――――はい!??後回しですか!?そこら一帯ぶっ壊したテロ組織を!??」

「とは言っても優先度は低いじゃろ。あんな草何匹生やしてもリアセドに秒で対応されるというのはここらの住民なら誰でも知っている。実際のところ死者はゼロで収まった。今のところ彼女はあの件を『嫌がらせ』と見なしている」

「『嫌がらせ』……って、アレがでございますか……!?街に魔物を解き放っておいて……!?」

「アレがだ。別に脅威でも何でもないからな。キルの証言だけが気がかりだが、怪物を匿ってるなら『草』を使う必要はないという理由から、訳あって動けないか、キルの勘違いのどちらかと結論が出された。その時あいつは寝起きだったと聞くし、後者が本命だな。どちらにせよ『組織』の話は後回しだ。流通止めてるABランクは山ほどいる」


 部屋から出てきた小柄がいつの間にか小脇に抱えているのは一つの紙束。


「これがお前の担当分、受けた依頼の中でも急を要するものだ」


 突き出された紙片の束を受け取ると、両腕の腕にかかるずしりとした重量感。


「それを全て片付けてこい。何ヶ月かかってもいいが、時間が経てば経つほど己の無能を晒してしまうことを覚えておけ。わからないことがあっても質問に来てはならぬ自分で考えろ。それで何か問題が起きたら自己責任、怪我した時も自己責任だ。自費で適当な医療機関を頼るといい。そのとき絶対に儂の名前は出すんじゃないぞ、いいな??」

「……!!了解しました……!」

「うむうむ。物わかりのいい後輩で助かるよ」


 にんまり微笑み満足げに頷く『従者』。


 冗談じゃない。

 呼吸するように繰り返されるパワハラは『そういうもんなの……?』で置いておくとしても、『組織』の摘発が後回しなのはヤバい。


 『組織』を倒せば終わりじゃないのにヴェートの捕獲の目処さえ立てられていないのが現状で、『黒樹』がいつ活動を始めるかわからないのだ。


 モタモタしてれば世界が滅ぶ。


「……さっきの話からすると、急務の仕事が全て片付いたなら『組織』の捜査が始まるってことでいいんですよね」

「……まあ、そうだな。どれだけ先の話かは知らないが。あと質問するなと言っただろう、社会人としての自覚がないのか?恥を知れ恥を」


 理不尽に毒づきながらも歩き出す『従者』。


「儂は忙しいから、あとは頑張れ」


 手を振って去る彼女の背中が廊下の曲がり角で見えなくなった後、紙束の側面を指の腹でなぞってみると、正確な枚数は348。


「……………………きっつ」


 現在時刻は10時半くらいだろうか。

 近場に時計が置いて無いので、正確なところは分からないけど。


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