8話:認識外の刃
応接室から歩くこと数分、連れてこられた別室の扉の前でまたも立ち呆けしている詩音。
あの『妊婦』曰く、『試験』はこの部屋の中で行うらしく、準備が終わるまで待っていてくださいとのこと。
外から観察する限りではさっきの部屋よりだいぶ広そうで、わざわざ場所を移したのもこの広さが『試験』に必要だからなのだろう。
「試験、試験って、そんなざっくり言われてもさぁ……内容は具体的に言ってくれないと心の準備ってもんがさぁ……」
高鳴る心臓が痛いほどだった。
だって試験といっても、絶対に詩音をギルドに加入させたくないらしい、あの『妊婦』が行う試験。どうやらキルよりも上の立場にいるらしいし、詩音の合否だって裁量は殆ど彼女に委ねられていると見ていいだろう。
試験官に嫌われまくった上で受けるテストに気が乗るわけがない。自信満々な奴がいるとしたらそいつは間違い無しに異常者である。そして生憎、志無崎詩音は掛け値無しの一般人。近い未来押しつけられるだろう役立たずの烙印を前にして、やっぱり心がへし折れそうな今日この頃である。
――で、こんな状況下で俺に勝機があるとすれば……やっぱ"S"の討伐経験だよな。
先日、この街を訪れてすぐ受けた依頼で戦った"S"ランク、敏捷性マックスの集団ゾンビを思い出す。
ニーナによれば『厄災』とまで称されていたアレ。相性とか運とかが重なって死にそうになりながら偶然倒した魔物だけれど、そんなことギルドの連中には分からない。
であるならば、いざというタイミング『俺はSランクを討伐した英雄様だぞッッ!敬えッッ!』を丁寧な物腰で吹聴すれば、多少なりとも悪印象を誤魔化すことができるかもしれない。
『妊婦』が詩音を拒む理由の一つは実力面の疑いであるようだし、やはり詩音にとっての切り札はあのゾンビ。
――とは言っても、結局は試験の内容次第なんだよなぁ……荒事任せられる仕事なんだしバトル系のテストだろ?普通にボコられてからだと『俺はSランク倒したんだぞ!!強いんだぞ!!』って主張が無意味になるから困るんだよなぁ……
志無崎詩音はチートが無しならクソ雑魚ナメクジ。魔法の調整にもまだ少しだけ不安があるし、どうにか実力を偽らなければ仲間にする価値も無いゴミクズであるところが悲しいところである。
……と、そんなことまで考えたところで、「お入りください」と、扉の向こうから声がする。
どうやら妄想に耽っていられる時間もこれまでのようである。
――さぁて、鬼が出るか蛇が出るか……!!
更に強まりうねる心臓を深呼吸して抑えながら、ゆっくりゆっくり、扉を開く――――!
と、目に入ったのは、椅子。
「……え」
何度見直しても椅子だ。
部屋の真ん中に、ぽつんと寂しく椅子が置いてあった。
「どうぞ、おかけください」
声の元へちょっと視線を動かすと、少し離れて向かい合う形で配置されている長机。
『子供』と『従者』の影は無く、見知らぬ2人の老人老婆、それとあの『妊婦』が並んで座っている。
彼女の発言は、詩音にこの椅子に座れと言うことだろうか。
「……あっ、ああ……はい」
混乱に目を回しながらも、とりあえず指し示された通りに腰を下ろす詩音。
対面、横並びな3人の真ん中に座る『妊婦』が、何やらふて腐れたような顔つきで沈黙していて、対称的に両脇の老人はえらくにこやかであった。
「どうも始めまして、こんにちは。自己紹介もまだだったそうだね、こちらのピリピリしてる女性はリアセドというんだ。普段はギルドの実務を纏めてるんだが、今日は諸事情あって気が立ってる。どうか彼女を許してやってくれ、代わりに私が先の無礼を詫びるよ。君は大変申し訳無いことをした」
「すまなかった。私達2人は事務を纏めてる老いぼれさ。これから試験を行うという話だったが、今から君にいくつか質問をさせてもらうから、そう気張らず、素直に答えてくれると嬉しいかな」
「えっ……わっ、わかりました」
詩音の返答に、2人の老人はもの凄く優しい笑みを浮かべている。
なんだこれ。
「それじゃあまず、君の名前を聞かせて貰えるかな?」
「……コトノです」
「ほう、コトノ君。君はギルドへの加入を希望してるという話だったけれど、魔物の討伐等なら一般にも協力を募ってる。それじゃあ駄目と考える理由、いわゆる志望動機というのを聞かせてほしい」
「……ギルドに勤めてる友人が今ギルドは大変な問題に取り組んでるってのを零してたんで、友人として協力したいなと」
「ほぅぅ……!なるほどなるほど、それはとても感心な心がけだ……!それじゃあ次は……」
頷きながらも質問を続ける老人2人。
リアセドと呼ばれた例の『妊婦』は未だに口出しする様子ひとつ無い……と、ここまでくれば、現在何が起こってるのか、詩音のお粗末な脳味噌でもはっきりと分かった。
――面接だこれ!!
呼び出された部屋の配置、一つ置かれた椅子に座らされ、横並びになった質問者。
これこそまさに噂に聞く『面接』。就職活動のメインコンテンツ、職を求める若者達が競い合う自己アピールの祭典。実際にやったことはないけど、話に聞く限りの特徴は目の前で進行してるのとそっくりそのまま一致している。
――嘘だろ試験って面接なの!?強さが問われる仕事なんだから試すなら普通バトル系じゃねえの!?
予想外の衝撃に震える身体。
どことなく不服そうな『妊婦』の様子とさっきまでの会話を鑑みるに、この面接は彼女の意図するところではないのだろう。おそらく話を聞いた老人2人に『若者をそんな虐めるものじゃないだろう……!』的なお叱りを受け、今回の試験の指揮を奪われたのだ。
『少し話したくらいで人格は判断できない』という彼女の言とも矛盾するし、『面接』は100%老人達のアイデア。
「…………ッッ!」
よくよく考えるまでもなく、願ってもいない好機がやってきていた。
――いける。……いけるぞッッ!面接ってことは実力を測るには過去の実績を見るしか無い!!『Sランク討伐』って肩書きだけをみれば、俺は厄災級を一人で倒したチート級大型新人だ!!
実際は柴犬3匹程度の戦闘能力でも、入ってさえしまえば問題は無い。ギルドに用があるのは多く見積もっても1週間。クビになる前に目的達成してトンズラすればいいだけの話!
――それに老人2人は何故か異様に好意的だ!『妊婦』は依然苛ついてるけど、おそらく老人のほうが立場が上!!ならもう負ける要素は無い!あとは適切なタイミングでSランクを明かすだけで俺の勝利は確
「それじゃあ次は、学歴を教えてくれるかい?」
「――――っ、あ?」
「学歴だよ、学歴。君が最後に卒業した教育機関を教えて欲しい」
「…………が、がく……??」
思考に割り込んできた場違いな単語。脳随が止まる。
老人は一体何を言ってるのだ。
――学歴、って、なんで……?ギルドって魔物狩りするところだよな、学歴全く意味ねえだろ……?そもそもここは異世界だろ……?
沈黙する詩音だったが、「……どうかしたの?」と覗き込んでくる老婆の姿で正気に戻る。
そうだ、理解できない問だとしても今は面接の真っ最中。返答は迅速に成さねばなるまい。
――えっと……俺が異世界来たのは中三の夏で……もちろん卒業証書なんて受け取ってるわけがないんだから……
ということは、結論をいうと。
「…………小卒です」
「……えっ?」「ほぅ?」「んん?」
詩音の呟いた単語に同時多発に浮かぶ疑問詞。こちらを眺める3人の様子はさながら豆鉄砲を食らった鳩のようで、あの『妊婦』までもが馬鹿みたいにこっちを見つめ、ぽかんと呆けて固まっていた。
「…………あぁ、ええと、すまないね。私達には馴染み無い単語だったもので、その『ショウソツ』というのは一体……」
「…………故郷では計九年の教育を義務づけられていたのですが僕はその半分しかやり遂げることができませんでした」
「!??」「!??」「!??」
仲良く目を剥く面接官3人。ざわっ……!と波紋が刹那に広がる。
慌てた心境を隠しきれず、小声でこそこそ話を始めた彼らのざわめきは、どう見てもマイナス方向の驚愕に満ち溢れている。
なんだろう、急に凄い嫌な予感がしてきた。
滲み出してきた変な汗が背筋のほうを伝っていく。
「……っっ、あ、あぁ、すまないね取り乱して。次の質問に行こうか」「じゃあ、学業を途中でやめた理由……というより、その後君が何をしていたか教えてくれるかな?家業を継いだとか、どこかに働きに出てたとか」
「……え。…………は、働いてません。僕は学校をやめた後、何もしていませんでした……」
「!??」「!??」「!??」
例によって『この世界に召喚されて魔王的なのと戦ってたんです!』なんて言えるわけもなく、『働いてはいない』という純然たる事実を抽出し伝えたところ、またもや面接官達が驚きに跳ねる。
なんだこれ。
******
そんなこんなで時は過ぎ、面接官の質問も38問目。
「……そっ、それじゃあ確認するわね」
すっかり引きつった表情の老婆が震えた声色で尋ねてくる。
「はい……!」
詩音の返答も震えている。
半壊した自尊心が故の切ない響きは、既にあらゆる苦痛を限界まで詰め込んだが如き悲哀を帯び始めており、哀れとしか名状できない同情を請うに特化したその様は、詩音の物乞いの才能を確信させるに至るほどであった。
簡潔に言えば、そんな情けない精神が漏れ出てくるくらいギリギリ限界の精神状態であり、そんな中であってもこの面接官どもは無慈悲に問を吐き続けてくるのである。
こいつらもしかして悪魔なのだろうか。
「君は17歳。15歳で『チュウガッコウ』から中退、他人に養われながら職に就くこともない生活を続け、つい先日とうとう追い出され、保護者とは縁を切られて連絡することができない、と」
「はい……!何一つ訂正できる点はございません……!」
裏切られたとか異世界召喚とか色々注釈を付けられる点はあるけれど、何も間違った点は無い。
この世界の知識を持たない詩音にとって、信憑性のある嘘を紡げるジャンルには限りがある。
『大企業の役員でした!!』とか言ったとしても『へぇ、それってどんな会社なの?』と問われた時に誤魔化すだけの素養が無い以上は逆効果。どういう印象を与えるかわかってはいても、正直に自分のクソみてえな半生を暴露するしかなかったのである。
「…………」「…………」「…………」
あえなく沈黙する3人。……いや、4人。
この状況で意気揚々と自己アピールを試みることができる詩音では無い。
外で小鳥が鳴いている。
誰一人として言葉を発そうとしないこの部屋には、そんな微音に救いを求めたくなってしまうほどに、最悪最低ゴミのような空気が漂っている。
「……」「……」「……」「……」
静かだ。
静かで、不快な沈黙だ。
おそらく老人2人はストレスで寿命が十日ほど縮んでいるだろう。本当心底申し訳無い。訪れた志望者がもう少しまともな人間性を有しておれば、彼らも迷惑は被らなかっただろうに。
泣きたくなってきた。
「……ふぅ」と『妊婦』の溜息が響く。
「……ひとまず面談は終わりにしましょうか。コトノさん、一度退室して待機をお願いします」
「えっ。えっ。……ええっと、ああいやその、これはなにかの間違いっていうか、間違ってないけどここでしくじったら世界がヤバいっていうか、死力を尽くしてでもお役に立つのでお慈悲をくださいというか……あっそうだ俺Sランク」
「退室を」
「了解です。口答えしてすいませんでした」
一つお辞儀をして部屋を出る。
声はしないのに、『礼儀だけはしっかりしてんなぁあいつ』なんて嘲笑われてるような気がして、逃げる様に、音も立てずに、扉を閉じた。
******
「――――違うだろ!?どう考えても学歴とか経歴より戦闘力のほうが大事だろうが何面接で決めてんだ頭おかしいんじゃねえのか!??魔物との戦闘で九九を披露して何になるってんだ!?ドラゴンに食べられそうになっても作者の気持ち考えてどうにかするんだろうな馬鹿どもがッッ……あ゛あ゛あ゛ッもうっなんなんだよどいつもこいつもおおおおおッッ!!」
クエストを受けていたギルドの最上階、そこから裏口にあった階段を上った先にあった屋上にて、志無崎詩音の慟哭が響く。
今日の天気は雲一つない晴天。天蓋は憎々しいほどに真っ青で、詩音の心境とあまりに正反対で、『無機物まで俺を馬鹿にするのか……!?』みたいな感情が湧き出てくる。そう、これは、行きすぎた学歴社会が産んだ精神病の末期症状。頭がおかしくなりそうである。
「…………う゛ああ゛ああ゛あ……」
呻く。
もうだめだ。何もかもおしまいだ。
学歴云々で煽られたのは『突発的な召喚なんだし仕方ねえだろ』と諦めるとしても、それでギルドに入れなかったのは痛すぎる。
世界は詩音の学歴のせいで滅ぶのだ。
抜けていく身体の力に従い、屋上を囲む手すりにぼんやりもたれかかると、ずっと下、地上の街道に2人の子供が見えた。キャッキャ笑いながら走ってる。姉弟だろうか。
「…………今死んだら新しくチート持ち転生してくるとかねえの……?」
適当な思いつきを口にしつつ、そのまま地上を眺めていた。
純白の街中、色々な人が行き交っているのを、ぼーっとしながら眺めていた。
「――――コトノッッ!!」
「うわっびっくりした急にでかい声出すんじゃねえよ心臓に悪い!!」
扉を開け放って屋上に入ってきた『子供』は、またも詩音と真逆な満面の笑みで近づいてきて、
「合格や!!祝いにどっか飯食いに行こう!!」
「――――!??はぁっ!?なんで!??あの反応で受かるわけないだろ、俺がどんな面接乗り超えたか知ってんのか!??」
「ああうん、知らないけども、不合格っぽい雰囲気やったからあいつが納得するまでゴネて暴れた!!」
「ッッ!???」
発言とそぐわぬ清々しい笑顔を保ったまま「飯食いに行こう!!」と繰り返すキル。
「……!?……!??」
『お前仕事をなんだと思ってるんだ……?』とか、『お前やっぱり見た目通りの10歳じゃねえの……?』とか、色々と思うところはあるのだが、とりあえず最優先のお気持ちを一つ。
「…………お前は神か……!?」
「ふふん、そうや、それでいいそのまま心の限りに感謝しろ……!!これが権力の力や……!」
結論。面接に必要なのは、実力でも学力でもなくコネであるらしい。
今日の異世界は薄汚かった。




