7話:タブーがひとつ、秘め事もひとつ
夜も明け外の景色にも朝日がかかっている早朝。廃病院の一室にて相談事の真っ最中。
「コトノッッ!!」
「うわっ!……びっくりした、急にでっかい声出すんじゃねえよ心臓に悪……ってなんでアルラがここにいんの……!?」
勢いよく扉が開いたかと思うと、飛び込んできていたのは昨晩逃げたはずのアルラ。
リアクションをとれるほどの間髪も入れず、勢いよく詩音を指差してくる。
「残念でしたー!昨日のデートは途中で中断したからノーカウントよ!!『組織』の話を聞きたいならもう一度初めからやり直しでーす!!」
「……!??」
詩音の驚愕はアルラの言葉に向けたものでは無い。彼女が廃病院に戻ってきたという衝撃を未だ受け止められなかったが故のものである。
何しろアルラはミアとニーナの熱烈な支持により拷問される寸前だったのだ。帰ってこればすぐ拷問と予定まで決められていたのだ。己の身をほんの少しでも案じるのなら、一度自由の身になれば廃病院は近づかず行方を眩ませるのが普通。
つまりこれは、命の危険を冒してまで詩音を殺したいということなのだろうか。
一体どこからそんなモチベーションが湧いてくるのか不思議でならないし、できることなら頭の中を覗いてみたい気分である。
が、しかし。
「……別にいいよもう」
「……え?」
「別口の情報源が見つかった。今後はそっちを頼ることにしたからアルラが口を割る必要は一切無し。拷問もしないってのにミアもニーナも合意したから、晴れて無罪放免自由の身だ。どこにでも好きなとこ行けばいいさ」
「えっ」
「ああ、でも1つ忠告するなら、その『組織』は1週間もかからずに解体されるから今のうちから縁は切っとけ。売る相手がいなくなるんだから人を攫うメリットも無し、俺も含めてな。しばらくどっかに身を潜めて大人しくしてるだけでおしまいだ」
「えっえっ」
「そんなわけで、じゃあな、バイバイ、お元気で」
「……っ……ああああ゛ああああああああーッッ!!」
扉が再びドカンと開かれ、勢いよく外へ飛び出していくアルラ。
部屋の外を段々と遠ざかっていく絶叫。
「…………なんで叫ぶんだよあいつ。怖ぁ……」
「アルラと長い時間を過ごした先人として意見させてもらうとね、『わけわかんないのは放っておこう』だよ、コトノ。それより話を元に戻そう」
「ギルドが既に『組織』の情報を掴んでいる。だから内部に取り入って捜査に加わるという話でしたよね」
相談相手はニーナとミアの2人。
相談内容は情報の共有。『組織』の特定からヴェートの打倒まで当面の目標を共にする者同士、最低限の報告は欠かさないでおこうというわけだ。
「そ。既に協力の申し出も受け入れて貰った。勿論ヴェート関連の話は伏せておいたから、ギルドとは『組織』を潰すまでの付き合いになるだろうけどな」
おぼつかない口調で『おー!いいぞいいぞ大丈夫大丈夫まかせとけー!』とか抜かしていたキルの姿を思い出す。
あんなチョロいのが働いていてギルドは大丈夫なのだろうか、詐欺師に狙われたらひとたまりもないのでは、等々疑念はあるものの今回はそれが好都合。
黒樹がいつ動き出すか分からない以上、可能な限り手早く事を進めたい立場からすればありがたいの一言である。
「その後は捕まえた構成員の中からこっそりヴェートの連絡係を捜して脅すって形になるだろうけど、何か質問は?」
「えっ拷問するの!?いいの!??」
椅子に腰掛けて脚を振るニーナから飛んでくるのは、語勢の強い感嘆文。
土産のガトーショコラを削るように少しずつ食べる彼女の目はキラキラと希望に輝いている。
「……できるだけ全力で控えような?あくまでどうしようもなくなった時の最終手段で、タオル被せて水垂らすのが限度だからな?そんな目輝かせるようなものじゃないんだぞ?」
「おぉぉ……!それでいいよやろうやろう!!そりゃあ目も輝くって、どうでもいい他人が苦しむのを安全圏で眺めるのは心地が良いよ!」
「…………悪魔かよお前……」
いひひと幸せそうに笑って応えるニーナは、フォークの先のガトーショコラを振りながら「でも」と小さく呟いた。
「そうなってくるとボクは留守番ってことでいいんだよね?ギルドとは別口で調べるとしても他の捜索員と鉢合わせるのが怖いし、廃病院で寝てるのが一番効率的だし」
「ああ、まあ、そうなるな。賢いなぁニーナは」
「そうなんだよ賢いんだよボクは!……って、そんな一般常識は置いておいておくとしても、ミアはどうするの?見た目は誤魔化せそうだけどコトノについてくの?『はいはい私コトノの仲間でーす!一緒にギル活させてくださーい!猫っぽいけどそういう体質でーすよろしくお願いしまーす!』って素知らぬ感じで」
向けられた問にミアの尻尾がゆらりと揺れる。
ニーナと同じように椅子に腰掛けているが、座り方が行儀良い猫の少女。
「……私はそれとは別の理由で駄目ですね。獣を模した姿は目立ち過ぎます。大雑把な特徴の噂でもヴェートの耳に入れば終わりと考えれば、人前に出るのを最も避けるべきは私でしょう」
「ああそっか。言われてみればその通りだね。なるほどなるほど、ミアも中々賢いね、褒めてつかわす」
「……どうも」
軽く会釈するミア。冷めた対応にいじけるニーナ。
「……ミアの『叡智』で見た目変えたりできないの?」「無理ですよ」と呑気な彼女らの会話を傍目にして、裏切り者が素知らぬ顔で談笑に浸る姿に思うところが無いわけでは無いのだが、まあ、やるべきことは1つ。
「ってわけで、ギルドに関わりを持てるのは俺1人。今からギルドのお偉いさん方と顔合わせの予定が入ってる。ニーナもミアもしばらく暇になると思うけど、1週間で済むはずだから我慢してくれ」
立ち上がると、ニーナのほうから飛んでくる探るような視線。
「……コトノ、わかってると思うけど」
「…………『あくまでもこちらは騙してる立場です。仲間というわけではありません。素性を隠しつつ信頼を得るにはそれだけの努力が必要です。最低限裏があることを気取られないように努めましょう』ってことだろ?わかってるわかってる。策はちゃんと用意してある」
「――――策!?」
驚きを露わにする少女。
まあ、"策"というには少し大袈裟かもしれないが、普通なら極まりない要求を99%の勝率に変える一手であることには違いない。
「今からの談合、例のキルにずっと同席してもらう手はずになってる。普通にやって無理でも、知人に常にサポート入れられ続けた交渉ならどうにかなるだろ」
「………………すごい!!用意周到にも程があるよ!?もしかしてコトノは天才なの!?……いや思いつかないよそんなこと普通は!!天才だよ天才!!どうやったらそんな結論にたどり着けるの!??すごすぎるッッ!!」
「……はぁ?」
突然過剰な大騒ぎを始めたニーナ。詩音の胸に走る若干の戸惑い。
一瞬『詐欺でも企んでんの?』なんて不信感が湧き上がるも、彼女が自分を騙して何か得があるかと言われると思い至る点があるわけでもなく、つまり、これは彼女の本心からの言葉ということなのだろうか。
「……………………はぁ」
わけがわからないが故、混乱のため息。
思考の整理がつかないままに半開きの扉に手をかける。
やれやれ、全く迷惑な話である。
ただでさえ詩音は忙しい身であるというのに、これ以上余計な考え事を増やさないで頂きたい。
「やれやれ……十分な準備期間を与えられた上での話なんだから、確実な勝算を用意して挑もうというのは普通の感覚だろ……?別に大騒ぎする程のことじゃないと思うんだが。ま、強いて言葉にするなら、『将を射んとせば先ず馬を射よ』……ってとこかな」
「うわっ、かっ、かっこいい……ッ!!」
「……やれやれ。じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい!!」
******
ぱたんと綺麗に閉まった扉、遠ざかって行く廊下を歩くシオンの足音。
「……あの」
ニーナと一緒に部屋に残ったミアが、重たい口を珍しく開く。
「……どうしたの?」
「彼の言ってた策のことなんですが……あれ、効果がないとは言いませんが、正直ただの伝手にしか思えません。天才って本気で言ってるんですか?」
「ああ、そんなわけないじゃん、コトノのストレス解消になればいいなーって適当におだててみただけ」
「…………なるほど」
「ボクの見立てではね、コトノは馬鹿になりたがりなの。きっと心痛の捌け口を捜しまわってるからだろうね、狂えるだけの餌を撒けば多少あからさまでも食いついちゃう。ミアも今度参考にするといいよ。賢いボクの啓蒙活動だ」
「…………」
またもや沈黙するミア。彼女はあまりお喋りな方ではないらしく、打倒ヴェートの同盟を結んだ後も口数は増えない。前世のコトノの仲間と聞いて仲良くやっていけるかと思ったのに、なんともつまらないものである。
しかし、そんなもの静かな様子とは対照的に、黒い尻尾はくるくると回っていて、それがなんだか可笑しかった。
感情が表に出にくいタイプということなのだろうか。
「……………………」
「……………………」
「…………もしかして彼のこと嫌いなんですか?」
「――――!??はぁ!?何がどうなったらそう思うの!??」
「……いえ、誤解ならいいんです。『馬鹿になりたがってる』とか『餌に食いつく』とか、全体的な物言いに侮蔑するような雰囲気があって……」
「ッッ!!語感なんかどうでもいいでしょ!?なりふり構わず友人のメンタルケアに重きを置きたいボクの友愛がわかんないかなぁ!??終わりなき友情の尊き発露に外野が口を挟まないで頂きたいね非常に不愉快だぶっ殺すぞ!???」
「……すみません、失言でした」
******
――クソが!適当言いやがってぶっ飛ばすぞニーナッッ!!
現在ギルドの最上階。窓の硝子から伺える絶景を他所に、志無崎詩音の心境は怒髪天である。
原因は単純明快。話を通されていた職員に案内されて歩く先、ギルドの裏側の最奥部。
眼前佇む応接室の扉、その向こう側から聞こえる会話である。
「貴方、自分で何を言ってるか分かってますか……?分からないなら教えてあげます、『部外者を私情で捜査に加わらせる、素性も知らない相手だけど安心しろ』ですよ?今回ばかりは話になりません。自分自身でおかしいとは思わなかったのですか……?」
「だからコトノは信用できる奴だって何度も何度も言ってるだろ……!?お前も直接話してから判断すればいいとも言った。話が通じないのはどっちなんやろうなぁ一体……!」
「少し話したくらいで判断のつけられる問題ではないということです。むしろ数時間の会話でそれほど肩入れしてしまう貴方が軽率なんですよ」
ひとつは子供の、もうひとつは女の声。2つの刺々しい高音が混ざって響く。
もはや『会話』というより『口論』といった方が正しい、一触即発直前のぴりぴりした空気が眼前の部屋で漂ってるのである。
つまるところ簡潔に状況を纏めれば、キルの説得も虚しく、部屋の中で待ってるお偉いさんはコトノを完璧に拒絶するつもりらしい。
帰りたくなってきた。
――全然駄目じゃねえかコネ作戦……!天才って太鼓判はなんだったんだニーナ……!
そうだ、全部ニーナが悪いのではないだろうか。
彼女の過度に誇張された賛辞が無ければ詩音はもっと気を引き締めて現状に至れただろうし、落胆も今よりは少なかっただろう。加えて言うなら、お偉いさん方の態度もずっと柔和だったかもしれないし、裏切り者達の心に多少の罪悪感が芽生えていたかもしれないし、なんか奇跡が起きてどっか遠くで黒樹が死んで世界が平和になっていた可能性だって無きにしも非ず。
おのれニーナ。許すまじ。
――なんて現実逃避は置いとくとして。え、俺って今からこの空気の中突撃すんの?『はいは~い!僕が噂のコトノで~す!仲良くしてね、ピースピースッ!』って?
感想としては、『地獄かよ』である。
志無崎詩音はクソ雑魚ナメクジ。お偉いさんに『テメェなんて要らねえんだよ死ね』と言われれば先ず間違い無くメンタルが崩壊する。自立歩行が不可能になるくらいのトラウマが期待される。
想像するだけで辛くなってきた。こんなにキツい精神状態で頑張ってるんだから今日はもうこの辺で帰ってもいいんじゃないだろうか。
「仮に信頼に足る人間だったとして、今の今まで表に出てこなかった者に手を借りるに足る実力が備わっているかは甚だ疑問です。はっきり言って邪魔なんです。仕事を増やさないでほしいものですね」
「実力なら証明されてる。殺しに来た俺を一発で……」
「貴方はそこまで強くありません。率直に言いましょう弱いのです。貴方の意見はあてにできません」
「……ッ」
「何か反論がありますか?」
……しかし、時間の経過と共にヒートアップしている諍いを聞くに、場が落ち着くまでここで待っているのは逆に不味いのではないかという気がしてきた。
むしろ決定的に話が拗れていない今がこの場に顔を出す最後のチャンスだったりするのかもしれない。彼らも部外者の前で言い争いはしづらいだろうし。
つまりは、今すぐこのドアノブを捻り応接室へ侵入、お怒りのお偉いさんへ爽やかな挨拶をキメるのが最善手というわけなのだが、どうしよう、志無崎詩音は現在進行形ですごく帰りたい。
「…………ままならねえなぁ、もう」
そんなわけで、帰宅を諦め、大きく一つの深呼吸。
黄金色のドアノブへと手をかけゆっくり押すと、軋んだ音に引き寄せられた中の視線が一身に集まる。
「……っ、こんにちは、失礼しまぁす……」
「ああコトノ!!来たか!!」
挨拶に返された言葉は一つ、部屋の視線の数は三つ。
詩音の身体が軽く跳ねたのは、心底意外なことに、その場にいる全員に覚えがあったからである。
一つは当然件の子供、キル。昨晩の酔いはすっかり醒めたようで、キラキラした視線を詩音に寄越して手を振っている。
一つは詩音と同年代くらいの『従者』。一言も聞こえなかったので扉の外からは3人目がいること自体気づけなかったのだが、魔物狩りの時馬車を操縦し送迎を担当してくれていた少女が、ソファーの向こうに隠れながらも、探るような目で詩音のことを眺めている。扉を開けた瞬間から隠れてたので、激化する2人の口論を遠巻きに静閑していたということなのだろうか。
そして、最後の一つは昨日の『妊婦』。アルラの飼い猫を預かってくれていたあの女が、押し黙りつつ、詩音を刺し殺すような鋭い視線を向けてきている。
思い返してみれば、扉の向こうから聞こえてきた女の声はどこか聞き覚えがあった感じが……
――で、合ってるんだよな……?ほんとにあの『妊婦』と同一人物って見なしてもいいんだよな……?
混乱する詩音。
声と姿は記憶と一緒なのに、纏う雰囲気が全く違うのだ。
緩みきった表情で猫を愛でていた『妊婦』と、露骨に敵意を含め睨んでくる目の前の女。正反対とも言える態度の変化は、双子か二重人格と言われたほうが納得がいくほどに急激で――――
「試験をします」
思考を遮るように、唐突に、やはり刺々しい口調で『妊婦』は言った。
「……試験?」
「貴方がギルドにどう貢献できるのか、それを証明してもらうということです」




