5話:襲撃者は語る
勝った。
「…………あの、すいませんでした。完璧に俺の不注意でした。言い訳のしようもありません……」
「おっ、おぅ……まあそこまで気にしてないからそろそろそれやめねえ?こっちの心が痛くなってくるんだけども」
「いやもうすいませんでした……ほんまに……」
顔面蒼白、冷や汗をだらだら垂れ流して這いつくばる『子供』の体勢は、それはもう100点満点の綺麗な土下座であった。
あの後勝負は一瞬でついた。
迫り来る襲撃者の振るった大斧を屈んで躱し、顎を小突くと小さく呻いて失神した。
見事なまでのワンパンKO。0.2秒の瞬殺劇。
当然、見知らぬ男子児童からふっかけられた喧嘩に勝って『やった~!勝ったぜぇ~!』なんて喜ぶ狂気は持ち合わせておらず、様々な困惑が詩音の脳内を廻る。
『よっわ……!ざっこ!!こんなのでよく喧嘩売れたなこいつッ!!』だとか。
『それでなんでいきなり殺しに来るんだよ……!恨みを買った覚えは無いっていうか、そもそも出会った覚えすらないぞ……!?』だとか。
『というか俺は子供をどうすりゃいいんだ……?日本なら警察に突き出せばいいんだろうけど、異世界での気絶させた子供の取り扱いなんて知らねえよ……』だとか、色々な葛藤が混ざりに混ざり、最終的には『子供』の目覚めを待つことに決めた。
ちなみにアルラは襲撃と同時に逃げた。今もカフェテリア内に彼女の姿は無い。
まあ、彼女に詩音の身を案じる理由は無いし、それ以前に子供の発言に相当怯えていたようだったし、立場を考えれば彼の敵意が彼女自身に向けられていると勘違いしてしまっても無理は無いだろう、気持ちは分かる。
アルラの情報が必要とはいえ、居場所は『叡智』でいつでも補足できるし、差し迫った問題ではない以上、今は放っておくことにした。
単純に嫌いな奴と一緒にいるのが嫌になっただけかもしれないし。
物音を聞きつけてきた店主に事情を説明したり、残った紅茶を啜ったりして時間を潰す。
5分ほどして目覚める『子供』。回りを見回し詩音の姿を見つけるや否や、再び表情に敵意を宿し、『……ッッ!クソがッッ!!バケモノめ今度こそぶっ殺してやッ……って、あれ、なんで寝てた俺殺さなかったん……?』となり、ちょっとした話し合いを経て、仲良く1つのテーブルを囲む現在へと至る。
なんとか言い聞かせて土下座だけはやめさせたものの、『子供』は未だに血の気が戻らずガクブルでなのである。
「…………すいませんでした。一瞬ほんまに殺そうとしました。あなたが強くて助かりました。あとバケモンって呼んだのもすいませんでした。この短時間に色々と多種多様なご無礼を働いてしまい、愚劣な私めは断腸の思いです……」
「……ああうん、気にすんな。やっちゃたもんは仕方ねえから切り替えていこう」
「ですので……これからどうにかして……しかるべき責任を……」
「取らなくていい取らなくていい。深く反省した後次に活かそう」
震える『子供』の言葉は萎縮して錯綜しているが、どうやら詩音が襲われた理由は狙いの『バケモン』と勘違いされたからであるらしい。
端的に言えば人違い。正直、客観的に見て間抜けにも程がある動機である。
青くなって小刻みに震えているのも納得だ。無実の人間をうっかりで殺そうとしちゃった彼の心境は察するに余りある。若くしてトラウマ背負ったこのお子様の明日はどっちだ。
「……!いえ……そういうわけには……!」
……少し気の毒になってきた。
「じゃあ、とりあえず事情を話してくれよ。わけもわからないのに何度も謝られても正直困る。納得がいくまでの説明を求めたいってのが要求かな」
「……っ」
瞬間明らかな躊躇いを見せる『子供』の様子に軽い違和感。
「……まずは自己紹介からだよな、俺はコトノ。好きな飲料は砂糖の入ってない紅茶。はい」と返答を促すと、戸惑いながらも口を開いた。
「……キルといいます。ギルドの関係者です。好きな飲み物は濃いめのコーヒーです」
「……ギルド?……ああうん、美味いよなコーヒー。俺も好きだぞコーヒー。無糖が美味いよなコーヒーは」
適当な相槌を打ちつつ、キルと名乗った子供から出てきた意外な単語に首を捻る。
『ギルド』。異世界初心者の詩音には『魔物狩りの依頼が張ってある場所』くらいの認識しか無いが、それでもわかるくらい不自然な名詞。
魔物狩りをやってるところが何をどう間違えれば人間を殺るという結論に至るのか。
「……関係者っていうと、キルの親類がギルドのお偉いさんだったり?」
「いえ、一応幹部に知人はいますが、どっちかというと職員寄りの」
「……!?嘘だろギルドって子供働かせてんの!?俺を襲ったってことは事務専門じゃなくて、こういう荒事にも参加してるってことだよな!?もしかして年が見た目通りじゃなかったり……!?」
「…………先週16になりました。一応、事務とかはやらずに荒事を専門にやってます。普段の仕事は魔物狩りです」
「……16!??見えねえ!!ああでもよかったやっぱり見た目だけ若いパターンか、びっくりしたてっきり10かそこらが兵役に出てると思っ…………たんだけど結局ヤバいことに変わりねえな。人違いだっただけで、人殺し自体は仕事のうちってことだもんな……」
中学生を兵士に仕立て上げ、白昼堂々街中で人殺しさせる民間企業。
字面に示せば倫理もへったくれもない蛮行を前に、労基に潰されそうな系の闇を垣間見た気がして戦慄する詩音。
が、
「……いえ、その、俺に任せられたのは本来は目標の『特定』までで、殺そうとしたのは勢いというか、勇み足というか……、バケモノを見つけたと思ったら頭が真っ白に……」
「……おおぅなるほどぉ……やっちまったなお前……」
「うぅう゛すいません……」
彼の表情がいっそう曇るも、若干緊張が緩んだらしい口は滞りなく回り出した。
「現在この街に起こっている異常についてご存じですよね」
「……昨日暴れ回ってそこらじゅうぶっ壊したあの草のことだろ?知ってる知ってる俺も襲われたし」
「ギルドはそれを人為的なものとして調査しています。……口外は堪忍してほしいんですけど、小さな事件は前々から起きてて、調査が始まったのも1月前のことなんですよ。裏で糸を引いてるであろう組織の足取りも、ぼんやりとですが掴めてるんです」
ほんの僅かに詩音の肩が跳ねた。
『組織』。
「………………へぇ。……つまるところ俺が組織の一員だと思ったってことか?それこそなんでだよ、俺ただのんびりお茶してただけだぞ?」
「……近日わかった一番の懸念事項は、その組織の一員が膨大な魔力を有していると推測できることです」
「……ほう?」
『魔力』。『推測』。
「そいつの特定が唯一マナが見える俺に回ってきて。最近の日課の見回りの最中に、異常な濃度の魔力が見えて。人の輪郭がわからないくらい真っ黒で」
「ほうほう」
『マナが見える』。『濃度』。『真っ黒』。
「…………そんな感じで、あなたを見た瞬間、ああこいつが敵の主力かバケモノめぶっ殺してやると息巻いてしまい、現在に至るという次第です……すいませんでした……」
「ふむふむ……へぇ……」
出てきた単語の数々に湧き上がる疑問を一端飲み込み、萎びる『子供』に首肯を返す。
「…………なるほどなぁ……」
志無崎詩音は頭脳派転生者。
感情に縛られず理性に依って己を律せるIQ4万の怪物なのである。情動を内面に留めるなど知的活動の基礎の基礎。情報が錯綜する現在も極めて冷静に想いを巡らせ、クールに1つ溜息をつく。
現在時刻は大体午後九時。
星がはっきり散らばっている深夜の空を眺めながら、卓上の紅茶を静かに啜った。
――ヤバい!!
そう、動揺は内に押さえている。
押さえているということはつまり、取り繕った外面と対極の内心。あまりの衝撃に高鳴る心臓が張り裂けそうということなのである。
白鳥の水面下のように、胃の中のもの全て吐き出してしまいそうな衝動を必死に押さえつけている現在なのである。
――なんで!?嘘だろ!?罠か!?こんな都合のいい展開あるわけねえだろ教えてくれ誰か!!
突然降って沸いた幸運に頭がおかしくなりそうなのである。
不明瞭な点が多い子供の説明だったが、
①詩音達と同じく、ギルドも『組織』を追っている。
②ギルドは『組織』の手がかりを掴んでいる。
③『子供』の知人がギルドの重鎮。
と、明確に提示されたこれだけでもうわかる。
今自分に降りかかっているのは意味が分からないくらいの未曾有の僥倖だ。
――だって、つまるところキルを適当な言葉で懐柔するだけで全てが解決ってことだろ……!?嘘かもしれないアルラの話なんか聞かなくても『組織』まで余裕で一直線、ついでにギルドの協力を得られる可能性だってある……!
①②まではギリギリ分かる。ギルドが魔物狩りに限らない治安維持全体を請け負う機関だったなら『組織』の捜査も仕事の内だろうし、まあ不自然ではない話だ。
しかし、ギルドの手先が偶々間違って詩音に目を付け、偶々そいつが上層部へのコネ持ちであるなんて、そんな奇跡が起こるものだろうか。
「…………ふぅ」
状況を再確認してさらに大きく荒れ狂う心臓を押さえる為、眼前の子供に悟られぬようにこっそり深呼吸。
ゆっくり空気を吐き出し、頭が冷静さを取り戻すにつれて、『動揺』は静かな『歓喜』へと変わっていく。
信じられなくても理不尽であっても幸運であることに変わりはない。この状況を最大限利用させて貰うことにしよう。
眼の前にいるのは中坊のクソガキ。志無崎詩音も一般的に言えばクソガキだろうが、それでも人生経験全て合わせれば高等教育3回生分。この場に限り相対的に見れば、酸いも甘いもかみ分けるアダルトダンディであることは確かな真実。
――そうと決まれば話は早い!話術でキルを洗脳する……!!理想は唯一無二の親友ポジションにまで滑り込んで、ギルドと直接のコネを作りあげてやる!!
何も難しい話では無い。
前々世に数人友人はいる。経験値がゼロというわけでは無い以上、クソガキ1人丸め込むなんて造作も無い話。
それも罪悪感抱えて憔悴したお可愛いお子様なんて、とてもとても。
――いくぞッッ!!
だからこれは『心理戦』ではない。公平な勝負が成立するほど精神年齢は拮抗していないのだ。
今から始まるのは、一方的な、『蹂躙』だ。
「…………あっあっあっ、あのっ!……えっと!」
「…………はい?」
「……あっ、違っ……!えっと、えっと……その……っ!」
「……コトノさん?」
「…………っっ、…………っ!」
「…………ど、どないしたんですか?急に黙って口をぱくぱくさせて……」
「…………!!!!」
どうしたかと問われれば簡単だ。急に声が出てこなくなった。
背中の火傷が疼き、思い出してしまったのだ。
アルラの時はどうだったか、と。
――あっ無理だぁ!俺が人に信用されることなんてあるわけねえだろ!?どうせまた嫌われて死ねって言われんのがオチだよアハハ!
志無崎詩音はIQ5万の軍師系転生者。過去の経験から起こりうる出来事を予測し、常人をはるかに上回る速度で絶望に落ちることが可能なのである。
もう駄目だ。なにもかもおしまいだ。
きっとこのまま事が進めば、詩音はいつもの通りに裏切られ、ゴミのようにそのへんに捨てられて野犬の餌になって残骸を清掃員が嫌な顔して片付けるのだ。
世界は滅ぶのだ。
「……………………」
「……………………」
けれど、何もできなければもっと早くに世界は滅び、多分懐柔が一番勝率が高い。
「…………っっ、君よく見るとカッコいいねぇ!この後暇!?おじさんと一緒にお茶しないカナッッ!???」
「…………えぇぇ……?」
ヤケクソな言葉に、キルは少々困惑気味であった。
正直自分もどうかと思う。




